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第五章 4



『シメオン、私の剣に神の祝福を!』


 修道士役の生徒が銀色の護符を取り出し、ランスロットが持つ剣に当てる。

 すると銅色だった剣がみるみる金色へと様変わりし、観客席からはまたも『おおーーっ!』という感嘆の声が上がった。どうやら単純な変化魔法のようだが、工夫次第でこんな風にも使えるのかとリタはひとり感心する。


(それに……ここだけすごく忠実だわ)


 史実として残っているおかげだろうか。実際の戦闘でもヴィクトリアとディミトリが冥王の体力を削っていき、最終的に魔法で動きを封じた。その隙をついてシメオンが神に祈りを捧げた聖なる剣を使い、ディミトリがトドメを刺したのだ。

 まるで過去がそのまま再現されているかのような光景にリタの胸がわずかに痛む。


(そう、私たちはやっとの思いで冥王を倒した。それなのに――)


 アレクシスのどこか寂しそうな笑顔が脳裏をよぎる。

 ランスロットは金色になった剣を振り上げ、見事冥王役の生徒を打ち倒した。そのまま剣を頭上へ掲げ、よく通る大きな声で高らかに宣言する。


『ついに……ついに冥王を倒したぞ!』


 観客席から自然と大きな拍手が巻き起こる。すぐに場面転換の幕が下がり、担当者がほぼ涙目で舞台上の二人に駆け寄った。


「二人ともよかったよー! 特にリタさん、魔法と動きが完全にシンクロしてた!」

「あ、ありがとうございます……」

「魔法演出の子にもあとでお礼を言いにいかないとね。リハの時は今の三分の一? 四分の一くらいだったから、今日の本番に合わせてすっごく練習してくれたのかな」

「ソ、ソウデスネ……」


 気まずさからリタはさりげなく目をそらす。そこにはまたもじいっと見下ろしてくるランスロットがおり、リタは肉食獣に補足された小動物のような気持ちで彼を見上げた。


「な、なに……?」

「い、いや、別に」


 さっと視線をそらされ、リタはいぶかしむように眉根を寄せる。やがて舞台背景の入れ替えが終わり、担当者が二人の前で力強く拳を握りしめた。


「二人とも! これでラストだからね! 頑張って‼」

(ひ、ひいいい……)


 もうどうにでもなれ、という気持ちでリタは暗転状態の舞台の中央に立つ。ランスロットもすぐ隣に並んだものの、いつの間にか修道士役の生徒はいなくなっていた。

 そこでようやくリタが「あれ?」と首をかしげる。


(ラストって言ってたけど、この脚本の最後ってたしか……)


 何かが引っかかり、リタは必死に記憶の糸を手繰り寄せようとする。そういえばエドワードたちと事前に見学に来た際、独自の解釈がどうとか言っていたような――。


(……あっ‼)


 それを思い出した瞬間、リタの頭上にある照明がパッと灯った。今までの青みがかった光ではなく、どこか暖かさを感じる優しい色合いだ。


(は、始まっちゃった……!)


 リタは助けを乞うように舞台袖に目を向ける。そこでは担当者が台詞を書いたノートを興奮気味に振りかざしており、とても止めたいと言える雰囲気ではない。ええいままよ、とリタは書かれていた台詞を口にした。


「よ……『ようやく旅が終わりましたね』」

『ああ。君には本当に助けてもらった。ありがとう』

「も、『もうこれでお別れね』」

『……君はこれから、どこに行くんだい?』

「……『森に帰るわ。冥王を倒したと言っても、しょせん私はみんなから忌み嫌われる魔女だもの。短い間だけど、あなたたちと旅が出来て本当に楽しかった』

(この台詞……)


 ただ文字を読み上げているだけなのに、まるで自分の言葉のように体に馴染む。きっとあの頃の自分も同じようなことを考えていたのだろう。


『私たちは冥王がいなければ、きっと一生出会うことはなかった。だから最初に戻るだけ。……さようなら、ディミト――』

「行くな‼」

「――⁉」


 その瞬間、突然ランスロットがリタの手首を強く摑んだ。

 客席から先ほどより大きな「きゃああっ」というざわめきが起きたのに対し、リタと担当者、そして脚本を知っている人間がいっせいに緊張する。


(こんな台詞……あったっけ⁉)


 観客に気づかれないよう、リタが視線だけで彼に間違いを伝える。ランスロットはその視線を真っ向から受け止めていたが、しばらくしてようやく自分のミスに気づいたのか、顔を真っ赤にしながら慌てて手を離した。


「……っ、『ヴィクトリア、君のおかげでこの世界が救われたよ。最後にもう一つだけ、君に助けてもらいたいものがある』」

「わ、『私に? これ以上、何を助けてほしいというの』」

「……『私の心だ。ともに戦う中で、私は君から目が離せなくなってしまった』

(ああああ……‼)


 ついに来てしまった、とリタは思わず身構える。どうしよう。お芝居とはいえよりにもよってランスロットから告白されるなんて。


(ど、動揺しちゃだめよ。冷静に。次の台詞のことだけを考えて――)


 小さく息を吐き出し、覚悟を決めてランスロットの方を向く。だが彼の顔を見た途端、リタは言葉を失ってしまった。


(ランスロット……?)


 まだ舞台が終わっていないというのに、彼は今にも泣きそうな顔で立っていた。

 冷静沈着で、自信家で、なんでも簡単にこなしてしまう。彼のそんな不安そうな表情を見るのは初めてで、リタはさっきまでとは違う動揺に全身を揺さぶられた。

 ランスロットは小さく唇を噛みしめると、そのままそっと手を差し出す。


「――もし、俺が」

「……?」

「本当のことを言ったら、同じように……いなくなるのか」


 明らかに台詞ではない言葉が聞こえ、リタは思わず彼を見つめる。

 その視線に気づいたのか、ランスロットはすぐさま普段の顔つきに戻った。


「……『愛しています、ヴィクトリ――』」

「――きゃあああああ‼」


 ラストシーンの途中、講堂内に突如甲高い女性の絶叫が響き渡った。

 ランスロットの言葉を掻き消すように、客席の後方から大きな悲鳴が上がる。舞台上にいたリタとランスロットが振り向くと、さらに右側、左側からも声が聞こえた。


「お、おい! しっかりしろ!」

「あなた⁉ あなたどうしたの⁉」

(な、何が起こったの⁉)


 どさっ、どさっとあちこちで倒れ込む物音がし、異変を察した観客たちがいっせいにその場で立ち上がる。ランスロットがすぐに舞台から飛び降り、倒れた男性のもとへと駆け寄った。


「大丈夫ですか、何があったんですか」

「あなた……あなた……!」


 遅れてリタもその場に合流する。そこで我が目を疑った。


(これって……瘴気⁉)


 意識を失って倒れている男性の鼻や口から黒い靄が立ち上っていた。それは冥獣たちが発していたものによく似ており、リタはすぐさまランスロットに指示を出す。


「ランスロット! その黒いの吸っちゃだめ!」

「‼」


 ランスロットが自身の口元を手の甲で塞ぎ、男性の傍らにいた妻らしき女性を引き離す。

 リタは杖を構えると「風の精霊よ!」と二人に瘴気よけの魔法を放った。同時に自身にも施し、あらためて男性の容体を確認する。


(やっぱり瘴気だわ。でもどうして? まさか冥王教がここに――)


 またも別のところで悲鳴が上がる。とりあえずこのままではまずい、とリタは出来る限りの大声を張り上げた。


「皆さん! 倒れた人に近づかないで! 扉を開けて換気を――」


 だがすでに出入り口には逃げようとする観客たちが押し寄せていた。なんとかドアは開いたものの怒涛のごとく押し寄せる人の波に吞み込まれ、小さな女性や子どもたちがあちこちで悲鳴を上げている。


「落ち着いてください! ゆっくりと外に――」


 喧騒をなだめつつ、リタは男性から瘴気を取り除けないか試みる。だがどうやら吸い込んだわけではなく男性の体内から溢れ出しているようだ。焦燥する気持ちを抑え、ランスロットの傍にいる女性に尋ねる。


「あの、この方何か口にしましたか? 例えば飴玉とか」

「と、特には……あ、でも何か飲み物を貰っていた気がします」

「飲み物?」


 頭の中にある屋台のリストをめくる。飲み物を取り扱っている店舗はいくつかあり、リタは必死に原因となった飲み物を推測した。


(アルコール? でもそれらしき匂いはしない。それに……貰っていた?)


 リタの脳裏に回廊での光景が甦る。そういえば魔女科の有志が色の変わるウェルカムドリンクを配布していたはずだ。


「そこの人! 回廊のところに行って配っている飲み物をすぐに回収してください。配布は即刻中止させて。あと職員室と実行委員の誰かに今の状況を!」

「わ、分かった!」


 観客の一人が駆け出したのを見て、リタはあらためて倒れた男性の方を振り返る。

 その直後、ドン、と足元が大きく揺れた。


(――地震⁉)


 よりにもよってこのタイミングで、とリタは床に手をつく。激しい揺れにより講堂の上側にある壁が崩れ始めたのを見て、すぐに詠唱を開始した。


「土の精霊よ、我らを守る盾となれ」


 外壁の一部が目まぐるしく変化し、落下してくる瓦礫から客席全体を守る。上部にぽっかりと空いた穴を見ていたリタは、そこから這い出してきたものを見て絶句した。


(あれは――)


 それは以前、王宮を襲った黒い植物だった。

 大量の瘴気を生み出せるよう白の魔女シャーロットが開発・研究させられたもので、あの事件の時にすべて始末したと思っていたのに。


(まだ残っていた? でもどうしてそれが学園に――)


 黒い蔓がずるりずるりと粘菌のように講堂の内壁を這い下りてくる。リタは振り返って出入り口の方を見るが、まだ全員の避難が完了していない。


「……っ、炎の精霊アルバンテールよ、我が声を聞き、我が願いに応じよ」


 杖の先を床に叩きつけ、高々と片腕を上げる。直後、杖を中心としたリタの足元に深紅の魔法陣が浮かび上がった。


「真に猛き炎の力、我が手に宿れ――」


 燃え盛る火炎がリタの手のひらに生じ、やがて細長く伸長する。先端は鋭く尖り、あっという間に巨大な炎の槍が出来上がった。以前、冥獣が王宮を襲撃した時にエヴァンシーが生み出した魔法に似ているが、大きさがあの時の倍以上はある。


「――熱熾(ねっし)繚乱(りょうらん)っ!」


 石突に当たる部分が爆発し、その勢いで炎の槍が撃ち出される。講堂に侵入してきた植物に槍頭が刺さり、そこを基点に炎が燃え広がった。


(とりあえずこれで時間を稼ぐ! 早くここから避難しないと――)


 いつの間にか講堂内はリタと倒れた人たちだけになっており、全員の誘導を終えたランスロットがこちらに駆け寄ってくる。


「リタ、大丈夫か⁉ 言われた通り、無事な奴は全員外に出したが――」

「……?」


 ランスロットの険しい表情に言いようのない不安を覚えながらも、リタは倒れた人たちを風の魔法で外へと運び出す。そうして自分たちも講堂を出たところで――まるで悪夢を見ているかのような錯覚に陥った。


(何これ……どういうこと?)


 上を見ると、空一面を覆い尽くす鳥型の冥獣。講堂を出てすぐの庭先では狼型の冥獣が跋扈しており、参加者たちが悲鳴とともに逃げ回っている。


「いつの間にかこの有様だ。医務室はすでに処理能力の限界(キャパオーバー)、あの黒い靄を吸い込んで倒れる二次被害も起きてる」

「そんな……」


 ふたりは冥獣たちを退けながら、いったん回廊の方へと移動する。

 そこでは件のドリンクを飲んだのであろう、年齢性別ともにバラバラな人たちがそこら中に倒れていた。みな一様に全身から黒い靄を立ち上らせており、おそらくこれでも被害者のごく一部に過ぎないのだろう。


(……以前アニスが持っていた飴玉。多分、あれが飲み物に入っていたんだわ。ええと、あの時はローラが食べて暴走して――たしか、ランスロットが胃の中のものを吐かせたら元に戻った気がするんだけど……)


 するとそこに護衛騎士を伴ってエドワードが駆け寄ってきた。


「リタ、ランスロット、大丈夫かい⁉」

「エドワード殿下! 良かった、ご無事で……」

「ああ。だがジョシュア兄上の姿が見えない。それから倒れた人を介抱しようとした護衛の一人が昏倒してね。まさか毒でも撒かれたのかい?」

「毒……というか、瘴気と呼ばれるもので吸い込むと非常に危険です。一刻も早く体内の洗浄を行わないと――」



 

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