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第五章 2



「ごめんなさいお母様。エヴァがどうしても行きたいと言い出しまして」

「ど、どうして」

「多分、お母様とお祭りを歩いてみたかったからかと……」

(ああーっごめんー‼)


 彼女たちと暮らしていた時はすでに隠居中の身だったので、みなでお祭りに行こうという発想すらなかった。寂しい思いをさせてごめんね……と心の中のヴィクトリアが謝っていると、背後にあった扉からまたもノックの音がする。


「遅くなりました。騎士科二年ランスロット、失礼いたしま――」


 だが入ってきて早々ランスロットが硬直する。エドワード、ジョシュア、三賢人と一通り眺めたところでリタにたどり着き、そのまま勢いよく顔をそらした。

 その反応を見て、リタの心臓がか細い悲鳴を上げる。


(完全に……嫌われている……)


 燃え尽きた灰になりたいリタをよそに、エドワードがすっくと立ち上がった。


「よし、これで揃ったね。それじゃあ行こうか!」

「どちらを見学されたいんです」

「屋台……と言いたいところだけど、食事は済ませてしまったからなあ。とりあえず適当に各クラスを回ってみたいな」

「分かりま――」


 するとランスロットが返事をするより早く、エドワードがリタの手を取って先に歩き出した。リタが慌てて顔を上げると、エドワードが真面目な顔で囁く。


「大丈夫?」

「えっ?」

「なにかショックを受けているように見えたからさ。もしかしてあいつが原因?」

「そ、それは……」


 エドワードがちらりと振り返り、後ろから憤怒の顔つきで歩いてくるランスロットを見る。

 どうして分かったのだろうかと驚きつつ、リタは慌てて首を左右に振った。


「ち、違います! ちょっと忙しくてぼーっとしただけで、あはは」

「……そっか。ならいいんだけど」


 すぐにいつもの人懐っこい笑みに代わり、リタは少しだけ面食らう。以前にも感じたことがあったが、彼は相手のちょっとした表情の変化にとても聡い。ディミトリはどちらかというと鈍感な方だったので、おそらくそこは遺伝しなかったのだろう。

 初恋の人によく似た彼の顔をぼんやりと見つめていると、エドワードがワクワクを抑え切れないとばかりに目を輝かせた。


「まずはリタのクラスの展示を見たいな。それから騎士科二年の――」

「は、はいっ!」


 たくさんの護衛騎士と三賢人、そして苛ついた顔のランスロットを引き連れ、リタはエドワードを案内する。

 魔女科二年の教室ではエドワードの訪問に気づいた女子たちが黄色い悲鳴を上げてしまい、大急ぎで逃亡するはめになった。また、すでに本戦が始まっていた騎士科二年の剣術大会に乱入しようとして止められ、唇を尖らせながら観戦に興じていた。

 移動中も呼びかけられれば返事をしている姿を見て、リタはあらためて感心する。


「エドワード殿下ってお知り合いの方が多いですよね」

「んー? まあ王子といっても二番目だし、政治的な利権とかにも全然関係ないからかな。ジョシュア兄上が優秀だから、楽させてもらっているよ」


 そんな話をしている合間にも、在学中に知り合ったらしき上級生がエドワードに声をかけてくる。気さくに応じるその姿を見て、リタは「ふむ」と思案した。


(たしかにジョシュア王太子殿下はしっかりした方だと思うけど、エドワード殿下は自然と人を惹き付ける魅力があるっていうか……。以前、自分はお兄様の補佐役をとおっしゃっていたけど、それより――って、そう単純な話じゃないわよね……)


 すると前を歩いていたエドワードが振り返り、繋いでいたリタの手を突然強く引っ張った。とっさに踏みとどまることが出来ず、リタは彼の腕の中に飛び込んでしまう。


「な、何するんですか!」

「あははごめん。ねえ、前に言ってた話、考えてくれた?」

「えっ?」


 すぐ目の前にエドワードの花貌が迫り、リタの思考は一瞬停止する。


「ほら、卒業したら王宮に来てほしいってやつ」

「わ、私まだ二年なので卒業までだいぶありますし……。そもそもちゃんと卒業出来るかも分からないっていうか――」

「来ることに否定はしないんだね。嬉しいな」

「い、いえ、そういうわけでは」

「――エドワード殿下」


 ドスの聞いた声が背後から聞こえ、リタとエドワードが揃って振り返る。

 そこには今しがた闇の精霊と契約を済ませてきたかのようなランスロットが据わった目でこちらを見ていた。顔が良いせいか迫力が半端ない。


「もうほとんどのところは見学されたと思いますが」

「あれ? そうだったっけ」

「は、はい。あとはまもなく講堂で演劇が始まるくらいで」

「おっと、それは見に行かないとね」


 そこでふと護衛の数が減っていることに気づき、エドワードが首をかしげた。


「あれ、ジョシュア兄上は?」

「別に見たいところがあるとおっしゃられて、今は別行動中です。エドワード殿下に伝えますかと申し上げましたが、楽しそうだから自由にさせてやってほしいと」

「なんだ。言ってくださればよかったのに」


 やや不満げに唇を尖らせていたエドワードだったが、すぐに気を取り直すとリタの手をぎゅっと握りしめた。


「それじゃあ行こうか!」


 もはや不機嫌を隠しきれていないランスロットの前を、リタと手を繋いだエドワードが楽しそうに歩いていく。講堂の前はすでに人だかりが出来ており、リタたちは他の参加者とは別のルートで中へと入った。

 関係者用の階段を上がると、来賓用に準備された中二階の席に繋がっている。少し高い位置からステージ全体を見渡せる特等席だ。


「まもなく開演となりますのでこちらでお待ちください」

「うん。ありがとう」


 ようやく案内を終え、リタはほっと胸を撫で下ろす。

 だが予定時刻となってもいっこうに舞台が始まる様子がなく、しびれを切らした一階の客席がにわかにざわつき始めた。何かトラブルがあったのだろうか、とリタはエドワードとランスロットの方を向き直る。


「私、ちょっと様子を見てきますね」


 上ってきた階段を慌ただしく駆け下り舞台袖へ向かう。そこにはきらびやかな衣装を着た生徒たちが集まっていたが、どういうわけか全員顔つきが険しい。リタは以前話をした演劇担当者を見つけ出し「あのー」と声をかけた。


「すみません、もう開演時間を過ぎているんですが……」

「ああっ、実行委員の人!」


 リタの声を聞き、担当者が勢いよく振り返った。その両目にはうっすらと涙が浮かんでおり、リタは思わずぎょっとする。


「な、何かあったんですか?」

「実はその……ディミトリ役とヴィクトリア役の生徒が突然倒れてしまって……」

「だ、大丈夫なんですか⁉」

「医務室に運んだから大丈夫と思うんだけど、よりにもよって主役の二人が舞台に立てないとなると……」

「そ、それは……」


 普通に考えれば、主役の二人が揃っていない時点で中止にするのが妥当だろう。事実、ここにいる面々もそれを決断するために集まっているようだった。しかし――。


(毎日あんなに頑張っていたのに……)


 実行委員として夜遅くまで働いていた頃、たびたび講堂に灯りがついているのを目撃した。夜闇の中に浮かぶぼんやりとしたあの光に何度救われ、励まされてきたことだろう。それに学園祭は三年に一度。この機会を逃せば二度と演じるチャンスはない。

 誰もが沈黙を続けるなか、覚悟を決めた担当者がぐっと唇を噛みしめた。


「……さすがに待たせるのも限界だ。残念だけど――」

「あ、あの! ……私で何か役に立てることはありませんか⁉」


 突然協力を申し出たリタを、担当者をはじめとした生徒たちが驚いた顔で見つめていた。だがすぐに担当者が「ありがとう」と疲れた笑みを浮かべる。


「気を遣わせて悪かったね。でも……気持ちだけいただこうかな」

「気持ちだけ……」

「君が入ってくれてもまだ人数が足りないし、なにより勇者役が――」

「それなら、俺も手を貸そう」


 突然割り込んできた声に、リタは弾かれたように顔を上げる。そこにはランスロットが立っており、手にした台本をパラパラとめくりながら近づいてきた。


「ラ、ランスロット君、どうして……」

「さっさと判断しろ。やるのか、やらないのか」

「え、えーーっと……」


 ランスロットに睨みつけられ、担当者がなかばやけくそのように叫んだ。


「や、やります!」

「! オレ、準備してきます」

「わたしも!」


 裏方の生徒たちがいっせいに動き出す。なおも台本をめくり続けるランスロットとリタを前に、担当者がこわごわと口を開いた。


「えーっと……それではその、大変申し訳ないのですが、おふたりにはディミトリとヴィクトリアの役をお願いしたく……」

「しゅ、主役⁉ もっと脇役とかは」

「さ、さっきも話し合ったんですが、みんな演じる勇気がないと……。だ、大丈夫! 必要なことはぼくが舞台袖から指示します。なのでそれを読み上げてくれたら――」

「俺は必要ない」


 えっ? と目をしばたたかせるリタと担当者をよそに、ランスロットは最後まで読み終えた台本をとさっと近くの台に置いた。


「全部覚えた。俺はいいからこいつのフォローに徹してくれ」

「ぜ、全部って……」

「ほら、早くしないと観客が帰ってしまうぞ」

「は、はいっ‼」


 再びランスロットからひと睨みされ、担当者はばひゅんとその場からいなくなる。慌ただしく舞台の準備が進められるなか、ふたりだけがぽつんとその場に取り残された。


(ど、どうして……)


 気まずい沈黙に耐え切れず、リタは隣に立つランスロットをそろそろと見上げた。


「エ、エドワード殿下は大丈夫なの?」

「護衛は俺以外にも腐るほどいる。居場所も分かっているし問題ない」

「そ、そっか……」


 相変わらず見えない壁を感じるが、普通に話をしてくれたことにじんわりと感動する。

 しかしどうしてランスロットまで手伝うなんて言い出したのだろうか。どちらかというと目立つことは苦手そうなイメージだったが。


(もしかして実は舞台役者に興味があったとか? ……いや、単に実行委員の仕事と捉えているのかも……)


 あらためてランスロットの様子を確認しようとするが、明後日の方を向いていてどんな顔をしているのかよく分からない。するとリタのもとに衣装係らしき女子生徒が駆け寄ってきた。


「あの、ヴィクトリアの衣装合わせをしたいんですけど……」

「え? あ、はい‼」


 どちらの名前で呼ばれているのか分からず、リタは一瞬パニックになる。だがすぐに唇を引き結ぶと、衣装係とともに慌ただしく控室へと向かうのだった。



 

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