第三章 4
「ようこそお越しくださいました。それではまずこちらを」
「えっ、あの、私」
挙動不審になるリタをよそに、片方の女性がうやうやしく上着の襟元に手をかける。おさがりの制服はすぐに剥ぎ取られ、代わりに新品の制服を着せられた。
「魔法を使われるとのことでしたので、袖の長さはもう少し短めにいたしましょうか」
「スカート丈は最近ひざ丈が流行りですのよ」
「実技で使うローブもご用意させていただきますね」
「リボンはどの素材にいたします? シルク、サテン、ビロード……こういったところに気を遣うのが本当のおしゃれというものですわ」
(わーーっ⁉)
次から次へと話しかけられ、リタは完全にパニックになる。
とりあえず言われるままに足を出し、腕を伸ばし、肩をすくめ、一回転したところで、試着室の鏡の前に完璧な制服姿の自身が映り込んだ。
その瞬間、背後のカーテンがシャッと開き、真後ろにいたランスロットと鏡越しに目が合う。
「…………」
「あ、あのう……」
一気に恥ずかしくなり、リタはおそるおそる振り返る。
だが彼は特段感想もなく、淡々と近くにいた店員に告げた。
「これでいい。出来上がったら学園に送ってくれ。ついでに似合いそうなドレスも十着ほど」
「かしこまりました」
「あ、あの、これはいったい……」
「時間がない。次に行くぞ」
すぐに試着室のカーテンが締まり、リタは慌ただしく元の制服に着替える。
麗しいスタッフたちに見送られて洋服店を出たところで、先に通りに出ていたランスロットがまたもずんずんと歩き出した。
「次は杖か。もたもたするな」
「は、はい!」
続いて連れてこられたのは、魔女が使う道具の専門店。
薄暗い店内には、大量の薬草や鉱石がところ狭しと並んでいた。
そのうえなかなか手に入らない貴重な素材なども、鍵付きの棚に整然と収められている。もちろん値札には目が飛び出るような金額が書かれていたが。
(すごい……今はこんなお店があるのね……)
魔法に使うものはすべて自分で集め、自分で育て、自分で作るのが当たり前だったリタからすると、魔女の存在がここまで世間に浸透したのかという驚きと感慨が込み上げてくる。便利な時代になったものだ。
ランスロットはまたもすたすたと奥に進むと、店主らしき魔女に話しかけた。
「失礼、彼女の杖を見繕っていただきたい」
「はいはい、ではまずは魔力の質を見せてもらいましょうかね」
ランスロットに押し出されるような形で、リタは店主の前に歩み出る。なみなみと水をたたえた水盆が差し出され、その上に手をかざすよう指示された。
「杖を作るには、どういった魔力を持っているかを知る必要がありますのでな。心を穏やかにして、自身の持つ魔力のすべてを手のひらに集めるように――」
(もしかしてこれ、この前本で読んだエル・カルディアルの魔力識別法⁉ 昔は師匠がその子の資質を見極めたり、本人が試行錯誤しながら適性を掴んでいたりしたから、こうやって視覚的に分かるのは画期的よね……‼)
学園のスカウト時に受けたのも似たような測定法だったが、今回のはかなり精密に調べられるものだと聞いている。
リタは「いったいどんな結果が」とはやる気持ちを抑えるようにして、そっと片手をかざした。
(ええと、普通にすればいいのかな……)
ゆっくりと手のひらに意識を集中させる。
だがほんのわずかに魔力を生み出したところで、水盆に入っていた水がみるみる溢れ出した。
「えっ⁉」
それどころか水の色が赤から青、緑から黄色と様々な色合いに変化していく。
水盆を押さえていた店主の魔女は慌てて自身の杖を取り出し、商品が浸水する前にそれらをふわん、と空中へ浮き上がらせた。
「なんと……たいした魔力量じゃ」
「へ?」
「それに適性がどれも異常なまでに高い。まるで、ありとあらゆる精霊から愛されているかのような――」
(ぜ、全然魔力込めてないままだけど、大丈夫かな……)
店主の魔女はひとしきり「ふむう」「なんと……」と首を傾げていたが、やがて奥にいたランスロットに向かって説明した。
「これには少々、時間がかかるやもしれません。普通の杖とは違う作り方といいますか、中に入れる素材も少々高額になりますが……」
「金はいくらかかってもいい。こいつに合うものを作ってくれ」
「ランスロット⁉」
「承知いたしました……」
聞き捨てならない言葉をさらりと流し、ランスロットは「行くぞ」とまたもリタを促した。もう少し店内を見てみたい、と後ろ髪を引かれつつ、リタは前を歩いていくランスロットに尋ねる。
「あの、さっきお金がすごくかかるって言われたんですけど」
「それがどうした?」
「い、いえ、私あんまりお金を持っていないので、それなら今借りてるのもあるし、無理に新しいのを作る必要はないかなーと……。さっきの制服もですけど……」
するとランスロットが、くるりとこちらを振り返った。
「費用はすべて俺が負担する。お前が心配する必要はない」
「す、すべてって……」
「何度も言うが、お前は俺のパートナーなんだ。そんな奴がボロボロの制服を着て、杖も練習用の量産品だなんて許されると思うか?」
「うっ……」
「分かったらとっとと歩け。日が暮れるぞ」
そう言うとランスロットは再び前を向き、勇ましく通りを歩き始めた。
リタは反論する余地も与えられぬまま、大急ぎで彼のあとを追う。
(なんていうか……すごい……)
その後、乱れまくっていた髪を美容院で丁寧に切りそろえられ、その足で向かいにあった化粧品店に連れ込まれた。化粧なんてしないと断ったものの「学内行事で使うこともあるだろう」とばっさり一刀両断され、片っ端からお買い上げとなった。
「次はあそこの店だ」
「は、はいいっ!」
こうしてあれやこれやと連れ回され、最後に訪れたのは看板のない店だった。白を基調とした店内は殺風景で、病院で使うような消毒液の匂いが漂っている。
「あのーここは……」
「少し前に出来た、治癒魔法の店だ」
「治癒魔法……」
ランスロットが受付に声をかけると、奥から純白のローブに身を包んだ女性が現れる。女性はリタを店奥の椅子に座らせると、正面にあった鏡越しに話しかけた。
「それでは始めさせていただきますね」
「は、始めるって何を」
内容を確認する間もなく、女性はリタの顔から眼鏡を外すと、手ぬぐいほどの長さの布をそこにあてがった。一気に視界が閉ざされ、リタはたまらず身を強張らせる。
すると眉間のあたりに、何やら冷たい鉱石を押し当てられた。
そのまま耳元で小さく呪文が紡がれる。
「――いと尊き白の魔女。その叡智をわが手に、彼のものの光を正し、あるべき姿を映すように」(……!)
両目の奥に、強い魔力の流れを感じとる。
鉱石という媒体を介してはいるが、これは――誰かの『魔法』だ。
(えっ、すごいすごいすごい‼ 魔法を無機物に固定するのは私も出来るけど、それを他の魔女が発動できるってこと⁉ こんな複雑で繊細な魔法、いったい誰が……)
すぐに魔力は霧散し、覆っていた布が外れる。
目を開けた途端、鏡に映った自身の姿が『眼鏡なし』ではっきりと確認できた。
「視力が……治ってる……」
「はい。数年前に『白の魔女』様が生み出された治癒魔法でございます」
「白の魔女?」
興味津々に尋ねてくるリタを前に、女性は不思議そうに首を傾げる。
「ご存じありませんか? あの有名な『三賢人』のお一人ではありませんか」
「三賢人……」
「森にお隠れになった伝説の魔女様に代わり、この国をお守りくださっている、三人の偉大な魔女様ですわ。武に長けた『赤の魔女』様、大陸一の頭脳と名高い『青の魔女』様、そしてあらゆる病を癒すと言われる『白の魔女』様のことです」
ふふっと得意げに語られ、リタはへえーっと感心する。
(私がちょっと寝ている間に、そんなに優秀な魔女が現れたのね……)
すっかり老眼が矯正され、リタがしげしげと自身の顔を眺めていると、施術を見守っていたランスロットがようやく声をかけた。