プロローグ 最下位の私が、なぜか一位の騎士様に選ばれまして
「それではこれより、パートナー選考を開始する。ランスロット、前へ」
「はっ!」
名前を呼ばれた青年が、堂々とした足取りで進み出た。
太陽の輝きを受けた銀髪はキラキラと輝いており、瞳はサファイアを思わせる深い青色。切れ長の瞳とまっすぐ通った鼻筋を見れば、あまり人の美醜に関心がないリタであっても、人並み以上の美形であると識別できる。
彼が歩み出した瞬間、列を作っていた女子たちが一斉に色めきだった。
「見て! ランスロット様よ‼」
「本物ですわ……なんてカッコいいのかしら」
「しかも公爵令息なんでしょ? 見初められたい~!」
「ああ……一度でいいから、あの青い瞳で微笑みかけてくださらないかしら……」
「入試の成績、学科も実技も満点だったんですって。学園始まって以来の天才だと、先生方が驚いているそうよ」
「さすがですわ。わたくしをパートナーに選んでくださらないかしら……」
「無理よ。だって毎年、それぞれの科の一位同士がペアを組むのが慣例なんでしょ?」
「ではやはり、魔女科一位のリーディア様がパートナーに……」
憧れ、羨望、好意。
さまざまな思惑が入り混じるそれを聞きながら、リタはぼんやりと空を見上げる。
今日も雲一つない快晴だ。
(……早く終わらないかな……)
ここはオルドリッジ王立学園。
優れた『騎士』と『魔女』を養成するための場所だ。
緑豊かで広大な敷地には、全四棟からなる立派な学び舎。それらを繋ぐように回廊があり、今いるのはその中央にある巨大な中庭である。
さきほど講堂での入学式を終え、騎士候補がパートナーとなる魔女候補を指名するという行事のため、入試成績順に並んでいるところだ。
その最後尾――つまり最下位のリタは、ふわあとあくびを噛み潰す。
(うーん、眠たい……)
ボリュームのある茶色の髪はどんなにくしけずってもまとまってくれず、目はありふれた緑色。顔立ちだって平凡で、身長も体重も平均以下しかない。
眼鏡の下でしょぼしょぼになっている目を、ごしごしと無造作にこすった。
(パートナーを選ぶ……っていっても、どうせ私は最後の方だろうし……)
ぼーっとした頭のまま、自身が並んでいる列の前方に目を向ける。
美しい水色の髪をきっちり巻いた令嬢を先頭に、みな良家の出を思わせる女子たちが、ランスロットを前にどこかそわそわとした様子で立っていた。
リタの隣にいる背の高い赤毛の女子も、ひどく緊張した様子で唇を噛みしめている。
(やっぱりちょっと夜更かししすぎたかな……。でもアインシュヴァルの最新魔法理論が面白すぎて……あの術式、もう少し書き換えたらきっと――)
図書館でたまたま発見し、ついつい閉館間際まで読み込んでしまった魔法書を思い出し、リタは下を向くと、うふふと口元をほころばせる。
するとその足元に突然、一回り大きな影が落ちてきた。
慌てて顔を上げると、そこには先ほどの銀髪の青年が立っている。
「…………」
「あ、あの?」
目の前に立ったまま睨みつけてくるランスロットを前に、リタははてと首を傾げる。
すると彼はようやく、その形の良い口を開いた。
「リタ・カルヴァン。君をパートナーに指名したい」
「えっ?」
リタは最初、言われた言葉が理解できなかった。
一方、周囲にははっきりと聞こえていたらしく、女子たちが口々に絶叫する。
「ど、どういうことですの⁉ どうしてそんな、最下位の子に⁉」
「まさかランスロット様の知り合い? そんなはずないわよね。あんなみすぼらしい格好で」
「嘘ですわ、信じられませんわ、きっとこれは悪い夢ですわ!」
「ランスロット様~! どうか思いとどまってくださいませ~‼」
「どうして一位のランスロット様が、ビリの魔女候補なんかに――」
(ひ、ひいいい……⁉)
堪え切れない怒りの丈をぶちまける者、目が合うだけで殺されそうな視線を送ってくる者、シルクのハンカチを噛みしめる者など――静寂に満たされていた中庭が、一瞬で阿鼻叫喚の地獄に変わる。
反対側に並んでいた男子生徒たちも意外だったらしく、あちこちから「嘘だろ?」「普通は一位を選ぶもんじゃね?」という疑問とも動揺ともとれる声が聞こえてきた。
(なんで⁉ どうして⁉)
周囲から向けられる、痛いほどの視線と言外の圧力。
一気に注目の的となってしまったリタは言葉を失い、全身からだらだらと嫌な汗をかく。
すると返事がないことを不思議に思ったのか、ランスロットが再度問いかけた。
「おい、聞こえなかったのか?」
「えっ⁉ い、いえ! でもあの、どうして……」
「この学園では、騎士科の成績上位者から優先的に、自分のパートナーとなる『魔女』を指名できる。だから君を選んだ。それだけだが?」
「そ、それは知ってます。でもどうして……」
もごもごと口ごもるリタの様子に、ランスロットはわずかに眉根を寄せた。
ぐっと距離を詰めると、上から見下ろすようにリタをねめつける。
「悪いが君に拒否権はない。騎士側の指名は絶対だ」
「え、えええ……」
「さっさと答えろ。イエスか、はいか」
(せ、選択肢になってませんけど⁉)
だがランスロットの圧はすさまじく――リタは抵抗を諦めると、こくこくっと小動物のように頷いた。その瞬間、再び周囲に悲嘆とも嫉妬ともとれる女子たちのざわめきが巻き起こり、リタは心の中で絶望する。
(ど、どうしてこんなことに……)
こちとら学科も実技も文句なしの最下位。
着ている制服は卒業生が置いていったボロボロのおさがり。
使っている杖だって、先生から借りたレンタル品だ。
(私はただ、静かな学園生活を送りたかっただけなのに……!)
こわごわとランスロットの方を見上げる。
彼はリタの視線に気づくとわずかに目を眇め――そのままふいっとよそを向いた。
(ぜ、絶対無理……。仲良くなれる人種じゃない……)
リタはどんよりとした顔つきで、思わずその場にうなだれる。
こうして、リタ・カルヴァンの穏やかな学園生活は終わりを告げたのだった。
久しぶりの新連載です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。