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短編集

図書室の先輩

作者: ガネコ

 千川先輩はいつも私に興味がなさそうである。本日もこちらを向くこともなく、読書に熱中している。

 そんな時でもなにかしら話しかければ答えてくれるのだが。


「あ、そうだ」


 ふと思いついた。


「実は千川先輩にお伝えしたいことがありまして」

「へぇ、何だろう?」

「あー、そのですね……」


 いざ言い出したものの、言葉に詰まる。さすがにこれは口にしづらい。

 だが、今を逃せばまたいつ言えるか分からない。勇気を振り絞って言った。


「実は……先輩のことが好きだって人がいたんですよ!」

「ああ、そうなんだ」


 千川先輩はなんでもないような感じで答えると、再び読書に戻ってしまった。あれ?


「……それだけですか?」

「ん、他に何かあるの?」

「いえ、ただ、その、千川先輩ってモテるんだなぁって」

「んー。別に僕から何もしてないし、相手も誰だか分からないしでコメントのしようがないからね」


 いや、してる。超してる。主に私に、だけど。あなたを好きという人間は私でございます、先輩。


 昼休みになると図書室の一角に陣取って、読書に熱中しているのにもかかわらず、同じく図書室に毎日やってくる私へ話しかけてくれた。

 話しかける前は鈍いと評されがちな私にも見えるくらい「話しかけるな」オーラが出てたのに。私が邪魔しないように足音を消してそろりと移動していたのが気になったらしく声をかけてきた。


 いざ話してみると毎回人づきあいが苦手な私でも話しやすくて、取っつきにくそうな初見での印象を徐々に変えた。話せば話すほどこの人、本当はかなり優しいのでは……なんて思うほど。


「それで、どうなんですか?」

「どうとは?」

「その、自分が好きとか言われて、迷惑だと思わないのかなって」

「全然」


 即答だった。意外だ。だって千川先輩ってこういうのめんどくさがりそうだから。話題になるのが嫌なタイプじゃなかったっけ?

 嫌でも目立つ綺麗な外見と学年ダントツ一位の頭脳で持ち上げられそうになるたびプチ失踪しては問題を起こす変人、いや繊細な人なのに。

 先輩はさらりと続きを話す。視線は本に落としたままだ。


「僕は本を読む方が好きだからね。そういうことは手間だし出来ればしないで欲しいとは思っているけど。まぁ僕に直接言いに来たならともかく、周りに言うくらい別に迷惑じゃないよ」


 多分それは迷惑だと思っているのと変わらないのでは……? ただ、それでも結果としては迷惑だと思わない。そう即答するのだから優しい……?

 しかし、私はこの人が真の本好きなのだと再認識させられた。人より本ってことだもんね。そういうところも好きなんだよなー。

 そりゃ仮に先輩が私を好きなら嬉しいけど、本をないがしろにされたら好きな相手(つまり私)でも許さない……そんな人であってほしいし多分そうだろう。


「じゃあ、もし告白されたら付き合ったりするんですか?」

「付き合わない」


 これもまた即答である。気持ちがいいくらいだ。半分私がフラれたような瞬間なのに。


「そ、それは、どうしてです?」

「僕には好きな人がいるからね」

「えっ!?」


 半分どころじゃない、予想外の答えに思わず声を上げてしまう。誰だそのおめでたいハッピー野郎は! さっき本読む方が好きって言ってたじゃん!

 てか、本当に誰? そんな相手がいるなんてちっとも……はっ、まさか。まさかの?


「そ、それってもしかして、わ、私とか……?」

「違うよ」


 速攻否定されてしまった。そりゃそうだよね。そんなわけがないよね。自分でも分かるくらい露骨にガッカリしてしまった。図書室から出たら泣きそう。

 すると、千川先輩がこう付け足した。


「まぁ……でも、君ならいいかもしれないね」

「へっ?」

「僕のことが好きなんでしょ?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 何を言い出すのだこの人は! ああ、そうだよ! 大正解! そうだけどさ、なんで今ここで!


「わ、わ、私が先輩のことを好きだなんて、一体どこから出てきたんですか?」

「違った?」

「違います!」

「そうなの? ……それならごめんね。勝手に勘違いしていたみたいだ」


 絶対分かって言っているだろう。さっき露骨にガッカリしちゃったもんな、私。

 にしても私ならいいってどういうこと? 好きな人は他にいるのに?

 突然のことに混乱しているせいか、私まで即答してしまった。しかも真逆の意味の答えを。


 カーッと全身が熱くなってくる。顔も赤くなっているはずだ。我ながら分かりやすい。

 気づくと千川先輩は本から顔を上げてこちらを見つめていた。微笑んでいる。そして目が合う。

 こんな時に本から視線離さないでよ。私の本心が丸裸じゃないか!


「うう、違わないけど、違うというか……ていうか私が好きじゃないのにいいとか、わけわかんないというか」

「ん? なに?」

「……せ、先輩のバーカ!」


 勝手に追い詰められた私はその場から逃げ出した。よっわい悪態を置いて。

 今日はもう戻る気になれなかった。なんかもう、耐えられない。明日はどうしよう。覚悟を決めていくべきか。


 先輩の好きな人って誰なのか。それだけはなんにせよ聞いてしまいたい。聞かないままでは死ねない。ああ、そういや私でもいいならそれでいいのか、やめといた方がいいのか。その返事もしないといけない……?

 頭はとにかく千川先輩のことでいっぱいだ。……ぐう、やはり明日も図書室へ行くしかないのだろう。







「バカとは酷いなぁ」


 後田ちゃんは走り去って行ってしまった。僕はとっくに読み終えていたのに、照れ隠しのため持っていた本を閉じる。思わずため息もこぼれた。

 まさか急に、今日このタイミングで、告白じみた質問をされるとは思わなかったのだ。

 でもまぁ、なんだかんだ予想通りでもある。こうなってほしいと思っていた展開かもしれない。


 これまでとは違う気持ちにさせてくれる、彼女だけは特別だった。

 最初はにじみ出る害のなさそうな雰囲気と、それなのに自分に怯えてそろそろと歩いている後輩への憐れみから珍しく話しかけてしまった。

 しかし今はポジティブな感情も、陰鬱な感情も深く彼女に抱いている。基本的に他の人には全く興味を持てないのに、彼女のことだけは常に気にしてしまう。

 それが恋なのだと自覚したのはつい最近だ。


「それにしても……」


 さっき彼女が口にした言葉を思い出す。そしてあの動揺と表情。

 僕が誰かと付き合ってしまうんじゃないかという不安でもあったのだろうか。そしてそれを嫌だと思ってくれているのだろうか。

 だとしたらとても嬉しい。僕だって彼女と付き合いたいと思っているのだから。


 ただ、問題はどうやってその関係に進むかだ。

 いきなり告白したところで、僕じゃ変な言い方になったり、答え次第じゃプレッシャーでどこかへ逃げたくなるので難しいと思っていた。ならば少しずつ距離を縮めていけばいいのだが、それもなかなか難しい。


 まず僕自身がどうにも人づきあいを苦手としている。それがいけない。どうしても人と接する時に緊張してしまい、上手く話すことができない。

 相手が気さくなタイプであれば問題ないのだが、そうでない場合は大抵話せば話すほど気まずくなっていく。

 ひどい時は思っていることと真逆のことすら口に出る。彼女もおそらくそういうタイプだろう。僕は緊張しても顔に出ないし、彼女は何でも顔に出る違いはあるけど、何故だか不思議と仲良くなれた。


 ああ、それももう終わりかもしれない。さっきのことで嫌われてしまった可能性は高い。

 こういう展開を妄想していたくせに、好きな人なのに後田ちゃんは違うだなんだとこの口が即答してしまった。本当に悔やまれる。素直で分かりやすい彼女が羨ましい。


 こうなったのは何故だろう。意地なのかプライドなのか、彼女が好いてくれそうな風に振る舞うようしていたからか。

 ああ、そうだ。年上の余裕とやらを出そうとしたせいだ。天邪鬼め。思っているのとは逆のことが出てくる己の口が憎い。嘘で取り繕えば取り繕うほど、中身は空っぽなのが浮き彫りになるだけだ。そんなもの、どこにもないというのに。

 現に今の僕は彼女を追いかけることすらできない。甲斐性なしな僕にできることはやはり1つしかない。


「うん、明日だ。明日こそ……」


 自分を励ますために呟いた。

 明日もここで彼女を待とう。それでもし、彼女がまた来てくれたら今度こそ本に頼らず自分で彼女と真正面から向き合おう。

 本は彼女との出会いも、経過も、今日も助けてくれたけど、それじゃ駄目なんだ。僕自身がいかないと。


 来るに違いない。彼女はいつもここに来て、僕が話しかけてもちゃんと答えてくれる。彼女からも話しかけてくれる。今日だってそうだった。またここで待っていれば、後田ちゃんにきっと会えるはず。

 無理やりそう思い込むと少しだけ安心できた。

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