始まり
俺の攻勢によって敵の動きが明らかに遅くなったことで、こちらは瞬時に戦い方を変えた。防御から攻撃に――呼吸を整えた後、思考と体の動きを変える。守る剣と攻めの剣とでは筋肉の動かし方も違う。それを一呼吸の内に行うことで、敵に悟られることなく次の一手に出る。
同時に少しだけ剣へ魔力を流した。手先から放たれたそれは刀身にまとわりつくと、剣の先端をわずかに伸ばし光の剣を形作る。これはあくまでリーチを伸ばすだけのもの。切れ味は何一つ変わらず、魔物を斬っているのは俺の剣術と膂力だけだ。
剣を振る。次の瞬間、目前にいた個体は全て等しく首が飛んだ。さらに薙ぎ払うようにして斬ると、奥にいた個体も……足を前に出す。魔物は俺を狙い真っ直ぐ突き進んでくる。先ほど動きが鈍くなったが、勢いを取り戻してなお向かってくる。
近くにいる敵を最優先で狙う傾向があるのだろう。一瞬フリーズしたのは指示された想定を超えて魔物が減ったためか。ともあれ、こちらとしては好都合。俺を避けて町を狙うような動きをされたら再び守る剣に変更する必要性があったけれど、問題なさそうだ。
俺は剣を握り直して敵を倒し続ける……まだ、本格的に魔力を使って倒すレベルには至っていないが、手を抜いているわけではない。世界を蹂躙できる魔王さえも打倒できるだけの力はあるが、弱点があるためそれを踏まえた動きをしているのだ。
その弱点とは、魔力量が少ないこと。といっても、常人と比べても平均くらいはあるのだが、相手が竜や魔族である場合は、人間の魔力量など高が知れている。長時間戦えるようにするためには、節制が必要だった。
目前にいる魔物……後続からなおも来ていることから、どれだけの時間戦い続ける必要があるのかわからない。最初から魔力を十全に使って倒すのは、後に強敵が現れたらまずいことになる。相手の能力を見極め、適切な力によって打倒する……三日三晩戦った最後の魔王も、仲間の支援と必要な時に力を使うという技術があってこそ。それは目の前の状況でも変わらない――
少しして、魔物が周囲からいなくなった……が、後続からやってくる魔物と再度交戦を開始する。けれど今までと変わらない能力で……ひとまず、全滅させることはできそうだった。
広範囲に魔物を倒せる技を使っても問題なさそうだが、目に見えない所に魔物がいる可能性も否定できない。よって、魔力を節制しつつ戦おうと決める。
そうして剣を振り続け――目の前から魔物がいなくなったのは一時間後。騎士や冒険者も最初は驚いたがやがて支援に加わり、町へ進もうとする魔物の進路を塞いでいた。
それが功を奏し、俺が来て以降は建物に被害もなく、怪我人もゼロ……ひとまず、大事には至らず良かった。
そこで、町に常駐する騎士が近づいてくる。こちらが剣を収めていると、窺うように尋ねてくる。
「助かりました……あの、名前を聞いても?」
――千年前と同じように、町を救った……この戦いぶりは、間違いなく話題に上るだろう。
同じような形で名を売ったのは、何かの思し召しか、それとも偶然か。
「……ジーク=ウィステン」
こちらは名を告げ、改めて思う……ここから、新たな始まりだ、と――
町を救ってくれたお礼として、報奨金を結構な額もらった。冒険者ギルドなら証書を使って各支部でおろせるようになるらしく、多くはギルドへ預けることに。当面の資金は確保できたので、目的のために動くことができそうだ。
次に町の騎士と懇意になったので、魔王との戦いについての情報を聞く……今回出現した魔物についてはまったくの予想外であり、騎士達も困惑していた。もしかすると、今後このように魔物が出るかもしれない……不安げな様子ではあったが、対策は講じるとして国へ報告するべく既に連絡役は飛び出したとのこと。まあ後は国側に任せるとしよう。
「それで、あなたは……これからどうするんですか?」
騎士の詰め所で一通り話を聞いた後、騎士は尋ねてきた。
「魔物の襲撃があったことから、数日以内にこの地方は厳戒態勢が敷かれるでしょうし、もう助けを借りることはないと思いますが……」
「俺は元々、調べ物をするためにこの大陸を訪れたからな……そちらを優先したいんだけど」
ここで俺は騎士へ問い掛ける。
「心当たりがある、というレベルでもいいから教えて欲しいんだけど、オルバシア帝国のことに詳しい人とか知らないか?」
「帝国、ですか……さすがに千年も前の話では歴史家か考古学者でなければ難しいと思いますよ」
それもそうだ。今回の出来事を利用し国と接触を図る……というのも一つだが、魔物襲撃を踏まえると国側も戦時下に入ることだろう。交渉しても情報を得るのは後、とかになりそう。
ならば……根本的な解決策を図るしかない。つまり、魔王を直接倒しにいく。それには実力などを把握する必要があるけれど――
「なら別のことを。魔王が二体出現したらしいけど、その詳細とかは?」
こちらの質問に騎士は驚いた。まさか戦うのかと――
「戦いに参加……魔王を打倒するために動くと?」
「この町で魔物を倒してみせたけど、さすがに魔王を倒せるなんて思ってないよ。俺は山奥にある遺跡とかを巡っているわけだが、魔王とか魔族はそういう場所を根城にするケースがあるだろ? 活動の詳細を知っておかないと魔族とかに鉢合わせになりそうだから、調べておいた方がいいと思って」
「なるほど……とはいえ、ここは魔王の出現位置から離れていますし、情報といっても国が公的に流したものしかありませんよ。わかっているのは魔王の名前と居場所だけです」
俺は目線で続きを語るよう促すと、騎士は話し始めた。
「まず、旺盛に活動している魔王はレゼッドという名です。自分こそ世界を滅ぼす存在だと宣言して、まずはこの国を蹂躙するべく動いています」
「その実力とかは?」
「不明ですが、つい最近配下の魔族と国が交戦をしたようです。その際は撃退したらしいですが」
魔族側が単なる威力偵察なのか、それとも全力で戦ってそれなのか……現地に行って確認しないとどうとも言えないな。
「ただ、エリュテ王国も黙ってはいない……選りすぐりの精鋭部隊に加えて勇者の称号を持つ者達を編成し、決戦を仕掛けるとのこと」
「量よりも質で攻撃をするってことか」
「はい」
勝算があってのことか? それとも、騎士達の実力を勘案してのことか?
この場所に情報が回っているということは、既に戦いが始まっているかもしれないな……ふむ、この辺りも現地で情報収集だな。
「もう一体の魔王は?」
さらに俺は問い掛けると、騎士はどこか困惑した表情で、
「こちらはほとんど動いていないため、現在エリュテ王国は放置しています。魔王レゼッドを倒した後に、討伐ということでしょう。元々、その場所には封印されていた魔王がいるのはわかっていました。しかし人間が容易にたどり着ける場所ではないため、放置されていたのですが……」
「放置、ね」
帝国崩壊以後、何か騒動があって魔王を人間が封印したと? そんな風に考えた時、
「ただ、文献にも記されている魔王です……名はティウェンナール。女性魔王のようで、エリュテ王国が建国するより前に、封印されていた存在が確認できていました。今回復活したのは、魔王レゼッドが封印を解いたからなどと言われています」
――その名を聞いて、俺は内心驚いた。なぜなら名を知っていたからだ。
それは……オルバシア帝国が世界を統一するべく戦っていた時、俺達の仲間として共に行動していた魔族の名であった。