帝国の情報
未来へ飛ばされた初日は町で宿をとって一泊し、翌日から本格的に行動を開始した。店が開き始める時刻でまずは旅に必要な道具を揃える。これについては滞りなく完了し、次に書店へ目を付けた。
オルバシア帝国に関連する書籍はすぐに見つかり、いくらかページをめくって確認した後に数点購入。一度宿に戻ってそれらを読み始める。
その結果、わかったこととしては……、
「無茶苦茶やってるな、これは……」
――千年も前の出来事であるため、間違いなく脚色なども加えられているはず。ただ、世界を統一した後の出来事は、俺が想像していたよりも遙かに激動だった。
まずアゼル皇帝は、秩序維持に奔走した。帝国を守る軍隊は強力で、反乱を起こした存在を完膚なきまでにたたきのめしたらしい。そこには俺と共に戦った仲間も含まれているだろう……帝都を離れる際に別れた仲間を思い出す。
俺と同い年でありながら騎士団長まで上り詰めた天才騎士。圧倒的な功績で世界統一の戦いに参戦し、俺も剣の手ほどきを受けた老齢な勇者。さらには帝国の方針に同意し、共に魔王と戦ったエルフや竜……さらに言えば、元魔王もいた。ありとあらゆる種族がオルバシア帝国の下で戦い、世界統一を成し遂げた。
俺のことは記載されていないだろうか、などと思ったが歴史書においては世界統一を成し遂げたアゼル皇帝の名前しか記されていない。まあこれは予想できた。歴史は戦いの経過ではなく政治の流れを記すものだ。俺を含め前線で戦った人間は、それこそ政治家にでもならなければ、歴史に名を刻むことはない。
まあ、もっと詳しい歴史書なら俺の名前だって記載されているかもしれないけど……正直自分自身のことはどうでもいい。ただ、歴史上に存在している名前と同姓同名ではないか、などと指摘してくる人間が出るかもしれないが――
「考慮の必要はないか」
そもそも千年前の人間だとは思わないし、もし名を知って調べようとする存在がいれば……それは帝国のことを知る人物か、千年前の俺を直に見たエルフや竜だろう。そうした者に会えれば俺としても助かるし、偽名など名乗る必要性はないな。
結論を出しつつ本を読み進める。アゼル皇帝は秩序維持のために軍の戦力強化を行ったが、それ自体どうやら異常だったようだ。ある時、皇帝はさらなる研究開発を言い渡した。それは世界全土で行われ、各地で兵器開発競争が繰り広げられたらしい。
なぜそこまで――と疑問に思うところだ。反乱などが起きるケースはあったにしろ、オルバシア帝国は世界全てを平定した以上、国全体で研究なんてする必要はなかったはず。
ただ、アゼル皇帝がある予測をしていたのならば変わってくる。すなわち、いずれオルバシア帝国が脅威に晒される……俺はあの人のことを良く知っている。幼い頃から大望を秘め、それを見事実現して皇帝となった……理想を語る情熱もあるが、世界を平定する上で必要なのは、地に足が着いた確固たる戦略と政策。
荒唐無稽だと思うことを言いながら、実際に行った戦略はとても堅実で、また同時に現実的だった。少年であった時に百戦錬磨の政治家でさえ舌を巻くような数々の政策を繰り出していたことから、彼は圧倒的な支持を得られたのだ。それを考慮すれば、何かがあるからこそ兵器開発を指示したのは間違いない。
そしてそれは――現実のものとなる。アゼル皇帝が崩御した後、三代目――つまり彼の孫が統治していた時に、突如帝都を攻撃する存在が現れた。それは世界を統一して、百年経った時の出来事らしい。
「それが、帝国崩壊の原因……」
その攻撃によって、帝都は崩壊。政治中枢が麻痺したため秩序維持もままならなくなり、結果として各大陸を統治していた諸侯などは相次いで自らが王として統治を開始した……分裂、と表現してもいいだろう。皇帝という絶対的な存在がなくなったことで、彼らは自分の領地を自分の力で守らなければならなくなった。それを考慮すれば、これは当然の選択だ。
帝国の結末は残念だが……問題は、帝都を壊滅させたものが何なのか。それについて調べてみると、
「魔王……?」
本によれば、魔王の出現によって崩壊したらしい。ただその詳細については何も書かれていない……千年前の出来事だから、と言われてしまえばそれまでだけど、どうやらそれだけが理由ではないみたいだ。
「何が起こったのか、検証すらできていないって感じだな……」
世界を統一した以降の話は詳細に語られているし、帝国が崩壊した後の出来事も、分裂した過程がちゃんと記述されている。しかし、帝国崩壊の原因となった魔王襲来について……これについては推測しかできていないらしく、どういう経緯で出現したのか。あるいは、どんな力を持っていたのか。その全てが不明らしい。
「正体不明の魔王……か。人間に対抗する魔王が出現して帝都を襲撃したにしろ、防備が崩れるとは到底思えないな……」
アゼルが崩御し次代に移ったとしても、帝都は間違いなく世界で最も堅牢な場所であったはずだ。アゼル自身、政治中枢を担う場所はもっとも重要な所だとして、相当な防備を固めると語っていたし。
世界各地で軍事に関する研究を続けていたことから、帝都に防備は必要ないとして手薄になったとは、正直考えにくい。よほど魔王が強力だったのか、それとも内部から切り崩されたのか――
「にしても、ここだけ情報が少なすぎる……ということは、証人とかもいないのか」
異常な出来事が起こった、というのは間違いなさそうだ……元の時代に戻ったら、この詳細をアゼルに伝えれば回避できるのだろうか?
「何はともあれ、まずは帝国に関する情報集め……そして帰る手段の確保だな」
今後のやることは決定した。とはいえどうやって目標を達成するか正直わからない。そもそも俺は帰れるのか?
まあ、やってみないことにはわからないな……ではどうするのか。帝国に関する情報は歴史を研究する人に当たらないと駄目だし、過去へいく魔法もそうした研究をしていないと無理だろう。
よって、学者とか研究者を訪ねて回る……とはいえ、何の実績もない人間が突然来訪して教えてくれと言われても、拒否するだろう。よって、まずは実績を積んで世間から評価をもらう。名声などを高めて国などと関われるようになれば、情報も集めやすくなるだろう。
魔王との戦いに参加するのが一番近道だろうか? 戦いを通して俺の剣が千年後の世界でどこまで通用するのか検証するのもよさそうだ。
うん、どう立ち回っていくかの方針はこれでよい。ただ、その前に一つ調べなければいけない場所がある。
「あの研究所に戻るか……」
千年経過しているので、さすがに資料が残っているとは思えないが……あの場所で俺は千年後に来てしまった。よって、あの場所に一番のヒントがあるはず……まあ、正直望みは薄いと思うけど。
あと、世界の実情については知っておかないといけない……というわけで、それに関する書物などを読むことにする。夕食時に酒場へ赴き、近隣の情勢を調べれば完璧だろう。今日のところは情報収集に費やし、明日から行動開始と決める。まずはいくつか仕事をして活動資金を確保したら、魔王がいる場所へ進路を向けるのがよさそうだ。
同じ世界だが、まるで別世界へ辿り着いてしまったような気分……こんな状況だが、心のどこかでワクワクしている自分がいるのを自覚する。何も知らない、どんな敵がいるかもわからない世界……天上神や、魔王との死闘に類するような出来事があるのだろうか――色々と思考を巡らせながら、俺は購入した書物を読み続けたのだった。