新たな旅
そこからはまさしく電光石火のごとき動きだった。研究所の中で発生した終焉の魔王……その力を目の当たりにした者は多く、あれが暴れれば帝都は崩壊していた。しかし、未然に俺――ジークが防いだという形になった。
ティナなんかは研究所の周囲を固めて被害の拡大を防いでいたようだ。で、アゼルは研究の凍結を指示し、研究内容そのものも破棄を命じた。
「世界を統一し、秩序維持のために策を講じなければいけないのは事実だ。しかし、制御できない強大な力を扱うわけにはいかない。それは帝国の寿命を縮める結果となる」
――研究者の多くはそれに賛同した。中には「続ければ制御法を確立できる」と主張する者もいたが、さすがにあまりに危険かつ、下手すれば帝都が崩壊していた可能性もあったことから、結局は皇帝の意思に従った。
結果として研究資料は全て破棄され、終焉の魔王……その力に対する戦いは本当に終わりを告げた、と考えてよさそうだった。
「とりあえず、回避はしたかな?」
数日後、俺はティナと朝食をとりつつ話をする。
「少なくとも終焉の魔王による力で、帝国が崩壊することはなくなった」
「私はそう考えていいと思う……でも」
「わかっているさ。帝国そのものが存続できるかどうかはわからない。俺達はあくまで、終焉の魔王に関する帝国崩壊のシナリオを潰しただけだ」
――今回はアゼルが説得により研究破棄を命じた。しかし、今後似たような研究を続ける人間が現れないとも限らないし、未来にそういう人間が生まれる危険性だって考えられる。千年後……未来がどうなっているのか、予想もつかない。
「……ジークは、これからどうするの?」
ティナがふいに問い掛ける。俺は彼女を見返しつつ、
「そうだな……以前の俺は、世界が統一された以上大丈夫だと思って旅に出た。けれど俺は知ってしまった……帝国が終わりを迎える火種は、至る所に存在していると」
「それを消すために動く?」
「とはいえ、だ。それが本当に帝国の脅威になるのかは未知数だ。この状態でもう一度千年後へ飛んで確認するのなら話は別だけど……さすがに二度もやりたくはないな」
「そうだね」
苦笑するティナ……俺は彼女に釣られて笑いつつ、
「ただ、帝都に残って仕事をするというのはさすがにナシだから……今日にでも、身の振り方をアゼルに伝えるさ」
「わかった」
「ティナの方はどうするつもりだ?」
「私は……元々、帝都に残るつもりでいたし、無茶苦茶な研究をさせないよう、色々動き回った方がいいだろうね」
「前みたいなことにはならないでくれよ」
「わかってる……でも、今のジークなら助けてくれるよね?」
「……ま、何かあればすぐに駆けつけるさ」
今度はもう、未来へ飛ぶなんてことはしないしな……そう胸中で呟きつつ、朝の時間は穏やかに過ぎていった。
食事を終え、俺はアゼルの部屋へと赴く。執務の時間はまだらしく、彼はゆっくりと準備をしていた。
「決めたのか?」
「ああ」
アゼルの言葉に俺は頷いた。
「どちらにせよ、帝都の外には出るつもりだ……けれど、俺の剣は様々な可能性……帝国の終わりを迎える可能性があるものを摘み取るためにあると思う」
「旅をしながら、そういったことを探るということか」
「ああ。もっとも、俺は人間だ。そうである以上、いずれ限界が来るだろうけど」
「……ジークが剣を置いて腰を落ち着ける状況になる時までに、何かしら方策を考えておくさ」
そうアゼルは言う……そんなものがあるのかと思うが、アゼルは俺と比べて遙かに頭もいい。きっと今度こそ、帝国を崩壊させるようなきっかけは作らないはずだ。
「だがジーク、いいのか? 旅に出るにしたって、一度目の時とは違う……目的を携えたものだ。それはジークの望むものなのか?」
「もちろん、以前と比べ窮屈な旅になるのは間違いないだろう。でも、千年後の未来へ飛ばされて……その結果を知ってしまった人間からすれば、放置はできないって感想だ」
「……そうか」
アゼルは俺の言葉を受けて嬉しそうに笑った。
「ならば、帝国が秩序を維持する術……それを得るまで、頼みたい」
「わかった。何かあればアゼルに報告する……とはいえ、これがいつまで続けられるか」
「不安はある……世界統一という難事業を終え、新たな難題が突きつけられている」
そう語るアゼルではあったが、表情は決してネガティブなものではなく……晴れ晴れとしていた。
「だが、不可能だと言われ続けたことを成しえたのだ。さらなる不可能があったとしても、跳ね返してみせるさ」
「その意気だ……頼むぞ、皇帝」
アゼルは再び笑う――こうして、俺は新たな旅を始めることとなった。
そして俺は帝都を出る。ティナは都で、俺は世界各地を回り……千年後の世界へ飛ばされて奇妙な状況になってしまったが、見かけ上は前と何も変わっていない。
けれど、大きく違うのは俺の心境……今度は帝国のために、旅をする。
「さて、どうなるかな」
大変そうではあるが、やりがいはあるだろう……俺はそう思いながら、帝都の城門を出たのだった。




