果てしない偉業
アゼルによって方針は決まったが、研究失敗を演出するにしても準備は必要となる。なおかつ、傍からすれば自分が指示していた研究を自らの手で潰すことになる……秘密裏に行う必要性もあるため、かなり大変だ。
けれどアゼルは信頼できる人員を集め、準備を始めた。その間に俺とティナは研究内容について詳しく調べることに……しかし俺の方は研究、といってもまったくわからないため、その役目はもっぱらティナがやることに。
それじゃあ俺はどうするのか……部屋でゴロゴロしてもいいのだが、とりあえず鍛錬をしつつ、騎士や戦友が情報を持っていないか確かめることにする。
「――世界統一を成し遂げたのに、それでも剣を振り続けるか」
朝食後、城内にある訓練場で剣を振っていると戦友の一人が声を掛けてきた。同じような感想を抱いたのか、戦友の声を聞いた騎士などが小さく頷くのも視界に捉える。
「剣の鍛錬は世界が平和になったからといって終わるものじゃない」
それに対する俺の返答はこう。すると戦友は笑い始めた。
「なるほど、陛下のために剣を振るっていたが、ここからは自分のために剣を振るということか」
「わかっているじゃないか」
「まだ見ぬ強敵を求めて、といったところか……その向上心は恐れ入る」
――もし、終焉の魔王と死闘を繰り広げていたら、最強の存在であるのにという言葉もついただろう。あるいは、最後の敵が拍子抜けするほどの敵だったから、俺自身不満を持っているとか考えているのだろうか。
「まあいいさ……それで、何か悩み事か? 剣を振る力がいつものとは違うみたいだが」
そして戦友の鋭さにはこっちが驚く。なるほど、剣の振り方で身が入っているのか瞬時にわかるのか。
「あー……考え事をしながら振っていたからな」
「身の振り方でも考えていたのか?」
「残念ながら違う……なあ、世界を統一したオルバシア帝国の敵になる存在が現れるとしたら、それはどこからだと思う?」
「当然内側だろう。外敵が存在しないのだから」
「……ありがちな話だと、魔法技術などを研究していて、それが暴走してとかかな」
「小説の読み過ぎだな……いや、あながち否定できないのが怖いところだが」
「どういうことだ?」
「陛下は世界を統一しても魔法などの研究はすると表明している。内側に出現する敵に対抗するため、権力によらない力が必要だと考えてのだろう。しかし、他ならぬその研究の力こそ、危険かもしれない」
すごい洞察力だと考えてしまうところだが……こういう風に思う人間が、そこかしこにいるんだろうな。むしろ俺が能天気すぎたのかもしれない。
「実際、研究機関で色々と開発しているようだからな」
「……あまり危ないようなら、陛下が止めそうな気がするけどな」
「そう思いたいが」
俺はここで、周囲に目を向ける。騎士が幾人か揃って訓練を始める光景などもあるわけだが……世界を統一したというのに、ここでは厳格な雰囲気と武器を振る声がしかと聞こえてくる。
「オルバシア帝国は、これまで成し遂げたことなどない偉業を達成した」
そして戦友はさらに語る。
「だからこそ、これからの歴史は誰も見たことがないものだが……その苦難は、想像を絶するだろう。果たして、どれだけ帝国を維持することができるのか」
「もしもの話だけど、この繁栄が何百年と続いたら……」
「まさしく、歴史上二度と見ることができない偉業ということになるだろうな」
果てしない偉業、か……それを理解しているからこそ、アゼルは終焉の魔王……その力を手にしようと考えた。結果としてはそれは帝国の崩壊を自発的なものにしてしまう要因となったわけだが……世界を統一したからこそ、不安を抱く者が既にいる。
「……俺は」
戦友へ目を向ける。俺はどうすればいいのか……そう問い掛けそうになったが、言葉が止まる。
「いや、何でもない」
「相談くらいは乗ってやるぞ? ジークがどうすべきなのか……最終的な答えはジークが決めるものだが、助言くらいはしてやれる」
「なら尋ねるが、俺はどうすべきだと思う?」
「騎士になるなんてのが無茶だというのは自覚しているだろう? 城勤めをしてもあまり意味はない……」
ここで、戦友は俺を見ながら笑った。
「てっきり旅にでも出るつもりなのかと思っていたが、違うみたいだな」
「最初はそうしようと思っていた。でも……」
「心変わりしたか」
「……色々話を聞いて、世界を統一したからといって平和になるわけじゃない、ということはわかった。なら俺にできることはあるのか……アゼルと共に戦ってきたからこそ、自分にできることがあるんじゃないかと――」
そう告げた時、俺の頭に浮かぶものがあった。それは果たして正解なのかはわからないが、
「……自分なりに、アゼルへ答えようと思う」
「ああ、それがいい。陛下はどんな答えでも尊重するだろう……とはいえ、俺は帝国の繁栄が続けば良いと思っている人間だからこう言わせてもらう。ジークもまた、帝国の繁栄を維持するための礎になってもらいたいものだ――」




