説得
「……俺がここへ来たのには、力のことを尋ねる以外にもある」
それで……ティナは何をするのか理解したらしい。明らかに気配が変わったのだが、俺を止めることはしないようだった。
「アゼル、俺は最後に戦った魔王……あの魔王と二度戦った」
「……二度?」
「そうだ、二度。俺は、未来から過去へ戻り二度目で魔王を瞬殺した」
アゼルは俺と視線を重ね、その色を興味へと変えた。どうやら、多少なりとも信じてくれるらしい。
「なるほど、強大な力……それがわかっていたからこそ、容易に倒すことができたというわけか」
「信じるんだな?」
「余はジークのように、心を読めるわけではない。だが、世界統一を成し遂げようと決意した後、数え切れないほどの人間を見てきた……その観察眼により、嘘を言っているのかくらいはすぐにわかる」
そう答えると同時、アゼルは小さく息をついた。
「能力を解析した上での瞬殺か……そうであれば納得はいく。そうなると、もうこの力は使えないな」
「研究を止める気はないと?」
「力が必要なのは確実だ。帝国を維持するためにはより大きな力がいる」
「その力がきっかけとなって、帝国が崩壊するとしても?」
ここでアゼルは沈黙した。自分の手で生み出した力によって帝国が終わる……それは予想できないはずがなかったわけだが、
「アゼル、研究により確かに力……帝国を守るかもしれない大きな力は生み出されるだろう。だが、オルバシア帝国の技術力があったとしても、永遠の繁栄をもたらす巨大な力なんてものは、存在しえないし存在できないと俺は思う」
「……必要なのは、大きな力ではないと?」
「その巨大な力が帝国そのものに牙を剥いた……だからこそ、帝国は崩壊した。アゼルを始め、統一戦争を戦った者達がいなくなり……その後、力が暴走を果たした。アゼル、大きな力ではなく、統一戦争のように……あらゆる種族が手を取り合うことで、秩序を維持していくべきだ」
「それができればオルバシア帝国は未曾有の繁栄を遂げるだろう」
皇帝の言葉は、まるでそうした未来が絶対に来ないと確信しているようだった。
「だがジーク、そんな理想の未来が来ることはない……これから帝国は、果てしない権力争いが始まるのだから」
「……領土や権益を求め、あらゆる存在が動くってことか」
「戦争をしていたからこそ止まっていた利権争いが動き始める……ジーク達が帰ってくるまでの間にも、既に数え切れないほどの報告が上がっている」
皇帝であるアゼルだからこそ、見える崩壊の未来……だからこそ、皇帝という権力に頼らず帝国を維持できる何かが必要だったということか。
「ジークはこう言うのだろう? 魔王を倒すために様々な種族が手を組んだ。その意思があれば、帝国は繁栄できると……だがそれは幻想だ。強権的な力をもっていても、圧倒的な軍事力を持っていても、内側から腐敗すれば意味はない」
「アゼル……」
「とはいえ、余の思惑は再考する必要性があるのだろう……ジーク、事の一切を教えてくれ。一体、帝国に何があった?」
そこから俺とティナは説明を始め――深夜に到達した段階で、どうにか簡潔ながら話し終えることができた。
「余の手紙はおそらく、強大な力を制御できないと悟ったが故のことだろう」
手紙についてはそうアゼルは見解を述べた。それと共に、自分のやったことが一度は失敗していることに、ショックを受けている様子だ。
「間違いは間違いであると認めなければならない……千年という歳月を超えて見知ったジークの言葉だ。金言としよう」
「信用してもらえてありがとう……アゼル、今後はどうするつもりだ?」
「既に色々と帝国崩壊の兆候は見えている。とはいえ、強大な力がなくとも余が生きている間、帝国を維持することはできたようだ……ならば、様々な人間から話を聞き、帝国を変えていくために歩を進めるしかない」
「ああ、それがいい……そういう方法しか、ないんだろうな」
「ジークはどうするんだ?」
「俺は……正直、旅をするなんて気も失せたのは事実だが、かといってこのまま城に留まり役職を得て……なんて役目を担っても、おそらくすぐに潰れるだろうな」
「権力とは無縁の、戦いばかりの人生だからな。たちまち食い物にされて終わるだろう」
アゼルもそういう見解……うん、そこは同意する。
「ティナのことを含め、処遇については考えなければならないだろう……だが、ジークの存在は大変心強い。終焉の魔王……あの力さえも打ち破る剣があれば」
「個の力に頼る、ってことでいいのか?」
「正直、余としても不本意ではあるが……帝国を維持していくのであれば、それしかあるまい」
「なら、俺はそれに手を貸すよ。ただ、そのやり方は工夫がいるだろうけど」
「ならば色々と考えてみよう。ジークも何か案があればここに来て相談して欲しい」
そうは言っても……と内心で呟きつつ、俺はアゼルの言葉に頷いたのだった。




