情報収集
勇者一行と出会った時点で、俺はいくつか情報を得た。まず、言語について。戦士が勇者へ向け叫んでいた時点で、俺は内容をしかと理解できた。話し言葉については、オルバシア帝国と同じで間違いない。
次いで装備。見たところ、帝国で扱われている素材と大差ないように見える……が、衣服の質などは専門家じゃないので微妙なところ。そして最後に勇者という呼称。オルバシア帝国における勇者とは、一種の名誉称号だ。魔物を倒し続けるなど、人々を救い続けた功績によって贈られるか、あるいは人々が功績を称えて呼ばれるようになるか……ただ、目の前にいる勇者の場合はどうか。
「ありがとうございます」
勇者が俺へ礼を述べる。こちらは「どうも」と返しつつ、質問をするべく思考を巡らせる。
まずは情報を取得する必要がある。ここが俺のいた時代からどれだけ離れているのか。
そして、相手の素性をある程度推測した上で、違和感のないように話を……探りながら情報を得るというのは、処世術の一環として戦いの中で俺も少しは学んだ。それを活用して違和感なく対処しよう。
「その様子からすると、魔物討伐に派遣された勇者方か?」
こちらの問い掛けに勇者は小さく頷いた。
「はい……その、あなたは?」
「俺は、この遺跡を調査するために入った人間だよ。魔物がいるって情報はあったけど、単独だし見つからなければ大丈夫だと思って」
「調査……?」
首を傾げる勇者。そこで俺は、
「オルバシア帝国を調査する研究者からの依頼だよ。この遺跡は帝国が世界を統一したのと同時期にあった研究所。帝国に関する情報を調べていて、何かないか漁っていたってわけ」
……相手の反応は、なるほどとどこか納得したものだった。ふむ、帝国の名称についてはどうやらまだ知られている。
というかまだ、帝国は存在しているのか? とはいえそれを質問しても訝しがられるだけだ。怪しまれないよう、慎重に動いた方がいい。
「事情はわかりました……その、ご協力感謝します」
「対象の魔物はさっきの個体だけ?」
「はい。何度か入り込んで徐々に魔物の数を減らして、残った最後の敵……今のがそうです」
結構大変な仕事だな。と、ここで勇者は俺の剣を見据え、
「先ほどの剣……どのように?」
――と、言われても。はっきり言って大したことはしていない。
俺が使う剣は予め魔力が装填されていて、少し力を入れて剣を振ると魔力の刃が飛ぶようになっている。威力は大したことないのだが、魔物の首筋……そこは他の場所と比べ魔力が薄かったので、魔力の刃で切れると判断し、狙って刃を放っただけの話だ。
動作については、個人的な膂力と技術だけで応じ魔法による強化していない。一瞬で剣を鞘から抜き放って斬り、また鞘に収める――動作としてはただそれだけ。それを俺は持ちうる剣術で即座に実行できるだけである。
ただ、相手の様子から異質に見えたかもしれない……というわけで、
「ここからずいぶん離れた場所にある流派の剣術だよ。魔力と組み合わせて魔物を斬る」
「そうなんですか」
「まあ変な剣だなとは言われるな」
実際、俺の剣術は色んな技術の集合体みたいなものであり、騎士などからは異質だとみられる時もあったので、嘘は言っていない。
「ところで……依頼は達成したから君らは帰るのか?」
その指摘に対し、勇者は何かに気付いたように、
「そうですね……あの、お礼を……」
「あー、そうだな……いくつか頼みたいことはあるな。代わりに魔物を倒した報酬ってことで、頼んでもいいか?」
「はい、構いませんよ」
殊勝な勇者だなあ。周りの戦士や魔法使いも勇者の言動に従う様子だし、変に上から物言いをしなければ問題は出ないだろう。
「それじゃあ、君らが拠点にしている町まで一緒に連れてってくれないか? 実は探索中に地図を落っことして、土地勘もないから帰れるか不安なんだよな」
「……この周辺の生まれというわけではなさそうですね」
「異国だな。ついでに、周辺の情勢とかも教えてくれると助かるんだけど」
と、世間話の体で告げると、勇者は「わかりました」と快諾した。
魔物を倒し安全を確保したため、俺達はゆっくりとした足取りで地上へと向かう。その道中で、勇者から色々と話を聞くことに。
まず、俺達がいるのはナレーゼ大陸にあるエリュテ王国とのこと。ナレーゼ、という単語は俺が生きていた時代から存在していたが、王国の名前は初めてだ。そしてどうやら、オルバシア帝国の威光はなくなってしまったらしい。
どれだけ未来なのかを訊きたいが、ここは焦らず……で、今この国では魔物討伐の依頼が増えているとのことで、冒険者や勇者が多数入っているらしい。
「魔王との戦いの準備……後顧の憂いをなくすために、準備をしているとのことです」
俺はその話を聞いて、なるほどと相づちを打つ。それと共に、帝国に従った魔王の子孫が反旗を翻したのだろうか……などと思ったりした。
「まだ戦いは始まっていないんだよな?」
「そうですね……最初、それだけの実力ですし同じように依頼を受けている人かと思ったんですが」
「残念だが、研究者の依頼で国へ入ってきた人間だ。とはいえこれから魔王と戦うのなら、あちこち探索するのはまずいかな?」
「魔王の本拠はここから距離がありますから、大丈夫だとは思いますが」
「そうか……魔王はどんな風に動いているんだ?」
「国内では魔物を多数見かけるようになったため、これは魔王の差し金だと思いますが……魔王自身に目立った動きはないみたいです。ただこの情報も数日前のものなので、変わっているかもしれません」
「そうか」
「あ、それともう一つ重要な話が。魔王は、二体います」
「二体? 魔王って、自分こそ魔族の長だ、と主張して手を組んだりはしないと思うんだが……」
「それぞれ独立して活動しています。最初に出現した魔王は出自不明で、国の西側に拠点となる城塞を生み出し活動しています」
「城塞?」
「突如出現したので、魔法によって生み出された物のようです」
ふむ、魔王は自らの力で建物などを造り出すことは確かにできるけど……そこまでやれる存在は千年前、決して多くなかった。よほどの力を持っていることになる。
「もう一方の魔王は元々と封印されていたのですが、つい最近目覚めたとのこと……廃城を拠点にしているのですが、それ以上の情報はないと」
「なるほど、ありがとう」
とりあえず周辺の情勢くらいは把握できた。他の必要な情報は、俺がどれだけ未来へ飛ばされたか。
これについては、雑談の中で確認するか、町へ行って調べるか……と思っている間に、外へ出た。洞窟の入口周辺は森に囲まれており、遠くからでもここに研究所があるとは到底見えない。
俺がいた時代と比較して、周辺の地形に変化はない。まあ研究所が廃墟になっているわけだし、異界の扉を開こうとしたあの老齢魔法使いがいなくなったら、誰もここには来なくなるか。
さて、それじゃあ町へ……と思った時、俺は周辺に気配を感じ取った。
「……どうしましたか?」
勇者が問う。どうやら彼らはまだ気付いていないらしい。
「魔物がいる。まだ距離はあるけど」
――それを聞いて勇者達は臨戦態勢に入った。同時、遠くから魔物の遠吠えが。
「俺が倒した魔物の子分か子供かな?」
「雰囲気的へここへ来る……ということは、そうかもしれません」
勇者が警戒感を示す中、俺は魔物の数とその動きを把握する。感覚を鋭敏化させて、魔法を使わず察知できた……その一事で、能力的にはそれほど強くないとわかる。
「……ここは俺に任せてもらえないか」
こちらが言及。勇者は少し驚いた様子だったが、
「良いのですか?」
問い掛けに、俺は答えなかった。なぜなら――森の中を駆ける魔物の姿を発見し、そちらへ意識を向けたからだった。