狂気の産物
「二人が来るなんて、珍しいな」
そう言って俺とティナを迎え入れたのは――アゼル。訪れたのは、皇帝の私室であった。
過剰な装飾もなければ、物がまったくないとは言えない、中庸と表現すべき部屋。この場所だけが唯一、体が休まるということで公務が終わった後は部屋に入り翌日まで一人で過ごす。
護衛くらいつけた方がいいのではないかという考えはあるのだが、そもそも城内には至る所に強固な魔法が存在している。ここへ来るまでの警備も厳重であり、だからこそこの部屋には仕掛けなどはない。
だからこそ、密談にも好都合ではあるのだが。
「それで、用とは?」
「ああ。凱旋した時に語っていた……今後どうするかについて、伝えようかと」
「そうか。お茶を用意しようか?」
「いや、大丈夫……ただその前に、確認したいことがあるんだ」
「確認とは?」
問い掛けに対し俺はアゼルと目を合わせ、
「……最後に戦った魔王。あの存在に力を与えたのは、アゼルだな?」
――沈黙が訪れた。アゼルはまず俺のことを見据え……俺の問い掛けが魔王の心を読み取ったことに起因するものだと察してか、誤魔化しはしなかった。
「そうか、見たのか」
「理由を聞かせて欲しい」
「この場で斬って捨てないのが、ジークらしいな」
「……俺は、アゼルの言葉に従いここまで来た」
怒ることもなく、かといって失望することもなく……ただ淡々と俺はアゼルへ言う。
「世界を統一するということ……その偉業をなしえるために邁進し、周囲を巻き込んでいった。そのカリスマ性によって皇帝まで上り詰めた……その目的は本心のものからだと俺は確信している」
俺はアゼルをなおも見据える。心の内を読み取ろうと思えばできる。けれど、心情的にそれはしたくなかったし、今までやったこともない。
「だが、なぜあんな力を与えた? いやそもそも、どういった経緯であんな力を手にした?」
「まず、答えるべきなのはあの力を手にした経緯だな」
アゼルはあっさりと応じる。
「あれは研究により得たものだ。この世界に存在するあらゆる武具、魔石、そして種族……そういった様々なものから得られた魔力を解析し、全てを融合したことによって生まれた『何か』だ」
「……正体不明のものだと言いたいのか」
「分析はしている。研究者はよくやってくれている。その効果を測定するために、色々と行動を起こしたのは事実だ」
「あの力が……帝国を繁栄に導くと?」
「使い方を誤れば、滅びるきっかけになることはわかっている」
アゼルはそう語る……実際、帝国は終焉の魔王が持っていた力――すなわち、オルバシア帝国が研究により手に入れた力によって、滅んだ。それはまさしく、自業自得の極めである。
「だが繁栄のためには、強大な力が必要だ。世界を統一したことで、力は必要ではなくなると思うかもしれないが……それは間違いだ。巨大な帝国である以上、相応の力を持たなければ瓦解する。外に敵がいなくなった以上、今度は内側における戦いが始まる……それを止めるには、帝国はより強大な力を持っていなければならない」
そう語った後、アゼルは俺と視線を重ねた。
「ジークという個の力ではない。帝国が研究により得た力……それこそ、永遠の繁栄へと導くものだ」
「……力の検証のために、魔王へ強大なものを授けた。今回は対処できたから良かったが」
「ということは、まだまだ研究の余地があるということだ」
俺はぞっとなった――アゼルの指示によって生み出された力。であれば当然、アゼルが納得をしなければ事態は解決しない。
何も事情を話していない今の状況では、終焉の魔王が持っていた力は「ジークでも対処できる力」という認定であり、より強大な力の研究を行うだろう。その先に待っているのは、間違いなく帝国の崩壊……それも、前以上の災厄かもしれない。
では、俺が話せば全て解決するのだろうか? そもそも信用してもらえるのかもわからない……もし信用してくれたとして、アゼルは行動を変えるだろうか?
俺はアゼルを見据える。結果から言えば俺達の敵を自分の手で生み出したことになる……けれど、それは決して間違いではないと。そういう目をしている。無茶苦茶ではあるが、帝国の繁栄を望むのであれば、必要なことであったと暗に語っている。
ここで俺は、千年後に読んだ手紙を思い返す。アゼルは強大な終焉の魔王に与えた力を知り、これがいずれ帝国の崩壊をもたらすと確信した。そして未来へ転移した俺にその討伐を託した……おそらく、後悔していたのではないだろうか。
繁栄を求めていたにも関わらず、自らがその繁栄に終止符を打つことになってしまうと理解した……だが目の前にいるアゼルは、まだ研究を続ける気でいる。俺が終焉の魔王を瞬殺したが故に、より強大な力が必要だと考えている。
ならば俺はどうすべきなのか……必死に考える。時間にして一分ほどだろうか。俺は呼吸を整え、皇帝へ向け発言した。




