一瞬の攻防
間近にいる終焉の魔王――その姿を改めて目の当たりにした瞬間、俺は全身の神経が研ぎ澄まされて視界に魔王しか入らなくなった。
それは極限の集中状態によって引き起こされる感覚。まるで時間が遅くなったような錯覚に陥りそうなほど、意識を目の前の存在へ傾ける。
これは前回の戦いにおいても同じだった……が、圧倒的な力を前にしてぶつかった直後に集中は途切れた。今までの相手と違う……そう認識した途端、周辺の魔物も驚異的な動きを見せ、そちらに意識を振り向ける必要があったのだ。
けれど、今の俺はそてを理解している……魔力を解放する。魔王はそれをどのように感じたのか――
『見事だ。洗練された完璧な剣。淀みもなければ隙もない』
そのセリフもまた前と同じ……ここまでは完璧に、前回と同じ流れだ。
『だが……教えてやろう。その力を蹂躙できる存在がいることを』
俺と魔王の剣が放たれる。刹那、双方の剣が激突して……魔力が弾けた。
大気を震わせ、周囲に渦を巻くほどの規模をもたらした……そうした中で俺は、僅かに剣を動かす。魔王の刃に対し真芯をわざと外して受け流そうとする。
『ほう?』
そして魔王は呟いた。発した魔力――それによってこちらが怯むと思っていたのだろう。
それは実際正解で、前回の戦いで俺は目の前の魔王がとんでもない存在だとこの時点で理解した。
だが今は違う。俺は終焉の魔王がどういう存在なのかを知っている……!
剣に込めた魔力は、千年後に飛ばされてから得た技術による特別製――そこに、一度戦った経験が上乗せされる。いける、と内心で確信しながら俺は魔王の剣を一度弾き返す。
魔王は多少なりとも驚いたようだが、それでも態度に変化はない。もしかすると、隠蔽していたはずだが魔力を察知していたのかもしれない――そんな推測をしているのだと俺は理解する。
ここからは完全に前回とは違う展開。あとは、修練してきた剣が通用するかどうかだけ。
「はあっ!」
魔王に再び俺は挑む。戦友達は交戦を開始し、かなり手強いと思ったことだろう。終焉の魔王が持つ力を付与されている以上、その力は凡百の魔物とは一線を画している。
だが、これまで死闘をくぐり抜けてきた仲間達であれば、少なくともやられることはない……そしてティナは俺の周囲に寄ろうとする魔物や魔族を的確に魔法で撃ち抜いていた。まだ修練によって得られた技術を使っているわけではないし、この動きは前回と同様。卓越した能力によって彼女は、前回も敵の攻撃を食い止めることができていた。
『なるほど、相応の準備はしてきたようだな』
現時点で善戦している俺達に対し、魔王はそう判断した。
『とはいえ、それがいつまでもつのか……試してやろう』
魔王が迫る。そこで俺は、刀身に魔力を注いだ。
――ここしかない、と俺は内心で断じる。魔王は油断をしているわけではない。けれど、俺の力を目の当たりにしたら、それこそ全身全霊の力で仲間もろとも消し飛ばす勢いで攻撃を仕掛けてくるだろう。
それをしないのは、周囲に配下がいるため……そうした存在がいることが、魔王の足かせにもなっている。
であれば、魔王がなりふり構わない状況に陥るより先に、決着をつける。俺は剣を振りかぶった。終焉の魔王はそれに応じるべく、剣を振る。
剣閃が放たれたタイミングはまったくの同時だった――その瞬間、俺は魔王の目を見た。この一撃で俺の動きを縫い止め、絶望に叩き落とす、という意思が見え隠れしていた。
だが、そうはならない――確信を持った剣戟が、とうとう魔王の刃と激突する!
直後、響き渡ったのは戦場を切り裂く金属音。次の瞬間には刃がかみ合い……俺の剣が、魔王の刃に食い込んだ。
『な――』
何が起こったのかわからない、というような声が魔王の口から漏れた。刹那、俺の斬撃は魔王の剣を断ち切り、勢いを維持し剣をその体へ叩き込んだ!
『が――』
声を漏らす魔王。だが悲鳴を上げるような無様なことには至らず、すぐさま体勢を立て直す。
俺へ訊きたいことは山ほどあるだろう。今の剣――俺の力をどこまで読み取ったかわからないが、少なくとも自分の力を上回る何かがあることだけはわかったのだ。
俺は足を前に出す。終焉の魔王がどういう体構造をしているのかを含め俺は全てわかっている。ここで決める――そういう意思の下、追撃を加える。
その時、終焉の魔王は俺の姿を見て目を見開いたようだった。おそらく、俺の力がどのようなものかを看破した――が、気付くのが一歩遅い。俺の追い打ちが、魔王の間近へ迫っていた。
転移魔法などで逃れる可能性がゼロではない……が、相手はしなかった。いや、できないと言うべきか。既にティナがそうした魔法を封じている……これも前回の経験だ。相手の動きが分かっているからこそ、事前に対策が打てる。
そして俺の剣が再び魔王の体を抉った……その時、俺は魔王と目が合い、感情とその思考を読み取った。




