過去へ
ノーラッドに言われた一ヶ月間……俺はひたすら剣を振り、旅を通して得た技法の強化に費やした。目指すは千年前、最初に遭遇した時に全てを終わらせること……この修行で可能な限り仕上げるという気概の下、鍛錬し続ける。
そしてティナの方も……意識だけを過去へ戻すというやり方である以上、ここで鍛錬した肉体ではなくなるわけだが……繰り返し繰り返し、それこそ腕が上がらなくなるまで繰り返し剣を振れば記憶によって剣を扱えるようになる。
よって、俺はひたすら修練を繰り返す――ティナもまた、終焉の魔王へ対抗するための手段を構築し、それをひたすら鍛錬する……そうしてあっという間に一ヶ月という時間が流れた。
ノーラッドはその時間で完璧な仕事をした。過去へ戻るという魔法を組み上げ、準備を果たした。そして俺とティナは、いよいよ過去へ向かう日となった。
「……繰り返しますが」
出発する直前、屋敷の庭園に立つノーラッドは俺へと語った。
「終焉の魔王……それを完璧に滅ぼさない限り、おそらく歴史は繰り返される。現在、世界各国の情勢を調べていますが、どうやら本格的に動き出した様子。それを止めるために……完璧に滅ぼすためには、最初の時点で滅さなければ無理でしょう」
「わかっている」
俺とティナは頷いた。そこでノーラッドは笑みを浮かべ、
「終焉の魔王……その決戦前にあなた方二人を戻します。その直後、この世界は変化する……討伐に成功すれば、終焉の魔王に対する暴虐は全て消え去るでしょう」
「ノーラッドについても、変化があるんじゃないか?」
「そうでしょうね。過去を変えることで私の意識も変わる……これが本当に正しいのかもわかりません。アゼル皇帝が残した手紙も、現代に存在する終焉の魔王……それを打倒してくれと語っていたはず」
「性質を考えれば、倒して回ってもおそらく意味はない」
そう俺はノーラッドへ返答する。
「だからこそ、最初の時点で全てを終わらせる……ティナ」
「うん」
「問題はティナが持っている終焉の魔王に関する力だけど……意識だけ戻るのであれば、問題はないのか?」
「うん、そこは検証したから大丈夫」
「わかった。なら行こう」
「お二方、再びあの凄惨の戦いへ挑むというのは心苦しくもありますが」
ふいにノーラッドが語る……凄惨な戦い。確かにそうだろう。
「しかし、お二方にしかできないことでもある……世界を、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
俺の言葉を受け、ノーラッドは魔法を起動する。魔法陣が生まれ、魔力が高まって俺達を光が包み込む。
その直後、奇妙な感覚……何かに引っ張られるような感覚が生まれた。刹那、一瞬意識が途切れた――それはきっと瞬きする程度の時間。次に気付いた時には、ノーラッドの屋敷とは違う場所に立っていた。
「――おいジーク、どうしたんだ?」
問い掛けてきたのは男性。首を向ければ、そこには俺の戦友であり仲間であった戦士がいた。
時刻は夜。天幕の中らしいこの場所に、俺と彼が簡易的な椅子に座って談笑しているようだった。
おそらく相手からしたら突然会話が途切れて俺が放心状態になった……みたいな感じだろう。
「……ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていた」
俺は頭を軽く振りつつ答える。それと共に、目の前の戦友のことを見据え……その人物は最後の戦いにおいて俺を守るために犠牲となった。そのことを思い出して少し感傷的になった。
「いよいよ決戦が近いということで、思うところがあるってことか」
戦友はそう述べると俺へ向け笑顔を見せた。
「ま、心配するな。お前は最後の最後まで戦えるさ……俺達が死んでも守るからな」
その言葉は有言実行された。確かにあの戦いにおいては必要な犠牲だったのかもしれない。
けれど、今の俺ならば……椅子から立ち上がる。そこで戦友は、
「どうした?」
「少し剣を振ってくる」
「……明日からも行軍は続く。ほどほどにしておけよ」
止める気はないらしく、彼はそれだけ言った。俺は小さく頷きながら外へと出た。
そこは渓谷の一角。周囲には野営を行う騎士や戦士の姿があり……俺へと近づいてくる存在が。
「ジーク」
ティナだった。最終決戦――その時の格好をした彼女がいた。
「成功だね」
「……確認だが、終焉の魔王の力はついてこなかったよな?」
「うん、大丈夫。体は未来へ置いてきてしまったからね」
「そっちはどうだ? 魔王に対する措置……対抗手段、使えそうか?」
「いけると思う。ジークは?」
「今から試すよ」
野営地から少し離れ、俺は魔法の明かりを生み出してから剣を振り始める。ティナはそれを眺め佇み……その間に俺は剣の感触を確かめる。
間違いなく体は、最終決戦前のもの……しかしここに終焉の魔王に関する知識を得たことにより、剣に込める魔力が洗練されていたし、何より対策が機能していた。
「いけるな……ティナ、終わらせよう」
「うん」
千年存在し続けた魔王に、終わりを……そう強く決意し、夜は更けていった。