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勇者と魔物

 ――魔王との戦いで、俺は攻撃だけではなく防御に関しても様々な技法を編み出した。ありとあらゆる攻撃を防ぐ魔法結界……それにより数千度の炎も、絶対零度の魔法も、強力な重力魔法も、その全てを防ぎきる。だから今回も俺はノーダメージだったのだが……、


「おいおい……」


 気付けば俺は、闇の中にいた。魔力で体を覆い、大気に触れないように警戒しつつ分析魔法を行使する。

 その結果、普通に呼吸ができる空間であることがわかり、なおかつずいぶんと埃っぽいのがわかった。


「……さっき、未来とか言っていたな」


 その言葉を聞いて、俺は一つ推測した。


 異界に通じる扉を魔法使いは開こうとしていたが、それは失敗しこの世界の未来への扉を開いてしまったのだと……俺は明かりの魔法を生み出す。周囲は瓦礫の山……ただ、室内の構造は先ほどまでいた研究所と似通っていた。


「マジで未来に飛んだのか……」


 まさか戦いが終わった後にこんな騒動に巻き込まれるとは思わなかった。


「まあこれも良い経験……で、さすがに済ませられないな、これ」


 頭をかきつつ、俺はため息をつく。未来――それがどれだけ先なのか不明だが、周囲の壊れ具合からして、数年レベルでは到底収まらないだろう。

 自分が立っている場所を確認。あの魔法陣が起動していた床で間違いない。そこはひび割れ、震脚の一つでも繰り出せばたちまちボロボロになるだろうというくらいには損傷している。


「……ま、とりあえず外に出るか」


 ここに立っていても仕方がない。それに、未来へ……という魔法がある以上、戻る方法だってあるだろう。ひとまずそういうのを探すか……などと思いつつ、歩き出す。

 ――正直、この時点ではさして問題はないと思っていた。というより、俺自身傷を負ったわけではないし、死闘が繰り広げられたわけでもない。だから、調べていれば過去へ帰れる。そんな風に思っていた。


 この推測が合っているのかどうかは……色々と思案しつつ、俺はボロボロになった研究施設の中を、進んでいった。






 移動を開始して五分後だろうか。俺は剣のような武器が放つ特有の金属音と、魔物の声を耳にした。


「誰かがここに入り込んで戦っている……?」


 俺がここにいるタイミングで、と思ったが……むしろそういうタイミングを魔法が自動的に設定したのかもしれない。ともあれ考えても仕方がないことなので、ひとまず音のする方へ足を向けてみる。

 足下はずいぶんと悪く、瓦礫が隙間なく落ちているような状況。戦う場合注意が必要だな、と気に留めつつ音のする方角へ足を向け……やがて、辿り着いた。


「おい勇者! 一度下がれ!」


 男性の声。物陰から観察すると、大きな魔物と相対している人間が四人いた。

 まず剣を握り白銀の鎧に身を包んだ騎士風の男……彼が先ほど言われた勇者のようだ。次いで先ほど叫んだ、戦斧を握り黒い鎧を着込む戦士風の男性。そして神官服っぽい衣装の女性に、茶色いローブを着た魔法使い風の女性。バランスのとれたパーティーだな、と感想を持ちつつ俺は魔物を観察する。


 それは二本の足で立つ大きな魔物。背丈が人間の倍以上はあり、それに準じ横幅も大きい。両者が戦っているのは施設内の広い通路だが、敵にとっては窮屈そうに見える。

 魔物は黒い体毛に覆われ、頭部には角が生えて顔は狼のような動物を連想させる。二本足で立っていることから、巨大な狼人間みたいな風にも見えた。


 ――魔物は、魔族が生み出すタイプは奇っ怪な姿をしているケースもあるが、自然発生する場合は動物の死骸などに魔力が入り込んで誕生する。その場合は動物の見た目をベースにしており、元の動物とさほど姿は変わらないのだが……、


「この施設、魔物を研究しているとか言っていたし……あの見た目は、その影響か?」


 施設が放棄され、それでも研究していた魔物が残り……その子孫みたいなものが、ああして巨大化したとか? 色々推測している間にも戦闘は進む。どうやら人間側は魔物に苦戦している様子だ。


「おい、どうするんだ!?」


 戦士風の男性が叫ぶ。リーダーはどうやら勇者の男性。幾度となく接近して剣を当ててはいるみたいだが、どうやら魔物には大して効いていない。


「……ここは、一度退却を――」


 勇者が声を上げた直後だった。魔物が好機と捉えたか、拳を振りかざし彼へ放つ。するとそれをかばうように戦士が前に出て戦斧を盾にして受けた。

 しかし、完全に衝撃は殺せなかった……戦士の体が吹き飛ばされる。彼はバランスを崩して倒れ伏すだけでなく、わずかに呻いてすぐに起き上がれない。


 すかさず魔物は攻勢に出た――直後、魔法使いが杖をかざして雷撃を放った。暗い通路の中で白い閃光と弾ける落雷音が空間を埋め尽くし……けれど魔物の動きは止まらなかった。

 しかし多少は効いたのか魔物は標的を魔法使いに変え、


「危ない!」


 それを神官が対処した。杖をかざし、結界を構築し……そこへ拳が叩き込まれた。途端、結界は一撃で破壊された。女性達はどうにか後方に逃れることに成功したが、魔物相手に何もできない……というのは認識したようだ。

 残るは勇者だが、この調子だと真正面から相対しても待っているのは死しかないだろう……俺は魔物を見据え、その魔力の多寡を感覚で探ってみる。


 ――確かに、並の戦士や冒険者では太刀打ちできないくらいの能力は持っている。体毛に加え皮膚は硬質で、生半可な一撃では剣や槍は通らないはず。先ほどの魔法が通用していないところを見ると、魔法に対する耐性も十分あるだろう。

 さらに言えば、内に秘める魔力量も結構……と、ここで魔物は勇者へ挑まず首をこちらへ向けた。気付かれたらしい。


 攻撃を防ぐ結界は解いていたので、たぶん匂いとかで気付いたのだろう……咆哮が通路に響き渡った。勇者は魔物の様子に気付いて首をこちらへ向ける。もしや新たな魔物か……などと思ったかもしれない。

 だから俺は、ゆっくりと進み出て勇者へ声を掛けた。


「大丈夫かー?」


 相手は俺の言葉ではなく、その姿に驚いたらしい。なぜ自分達以外に人が――勇者が口を開くより前に、魔物が俺へ向け突撃した。


「あ、危ない!」


 勇者はそれだけしか言えなかった。巨体がズシンズシンと足音を響かせこちらへ迫る。動きは速く、一歩で恐ろしいほど距離を詰めてくる。

 だが、俺は……魔物が拳を振りかぶる。巨体に反し俊敏な動きで、隙がまったくなさそうに見える……のだが、正直俺からしたら振りかぶっている時点で隙だらけである。


 俺は腰に差した剣の柄に手を掛ける。動作は一瞬、剣を抜き放つことは魔物が拳を放つより先にできた。

 シャッ、という刃が鞘を滑る音と共に――ヒュン、と風切り音が鳴った。それで、全てが終わった。魔物の動きが止まる。次の瞬間、拳を放とうとしていた魔物の首から上がズレて、地面へと落ちた。


 頭が地面に落ちると同時に剣を鞘に収めた。キン、という音が生まれて通路にずいぶんと響き……次いで魔物の巨体が倒れ伏した。

 やがて、塵となる……動物由来の魔物ならば肉体も残るが、この魔物は魔族が生み出す魔物と同様に塵となる。施設で形作られた存在をベースにした個体だから、で説明はつく。


 一方で勇者一行は何が起こったのかわからない、という顔をしていた。それに構わず俺は勇者へと近づいて、


「怪我とかは……なさそうだな」


 こちらの言葉に、勇者は目を見開き驚きつつも、小さく頷いたのだった。

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