奇跡の手紙
やがて辿り着いた場所は、庭園も備えた大きな屋敷であった。案内役の男性は俺達を通し、屋敷の中へ。調度品などもあまり置かれていないようなシンプルな内装をしており、この屋敷の主がどういう人物なのかはおぼろげに理解できた。
階段を上がり、辿り着いたのはとある扉の前。男性がノックをすると声がした……どうやら女性らしい。すると男性は扉を開き、
「客人をお連れしました」
そう述べて俺達を中へ通す。俺とティナが部屋に入ると同時に男性は一礼し、扉をしめた。残されたのは俺とティナ……そして屋敷の主。視線を注ぐと……そこには黒髪の女性が一人、椅子に座っていた。
女性の手前には執務机が存在し、その上に様々な資料が置かれている……俺は女性へ視線を注ぐ。切れ目でありながらどこか物腰の落ち着いた雰囲気を持っている女性であり、今いる部屋で仕事をこなす仕事人間、という印象を与えてくる。
そして見覚えだが……まったくない。感じられる魔力は人間のものであるため、当然ながら千年前から生きながらえている人物ではない。
ではなぜ、彼女は……こちらが沈黙していると、女性は顔を上げ俺と視線を合わせた。
「……初めまして、英雄ジーク」
「俺のことは――」
「知っています。この町へ来るまでの功績……いえ、おそらく私が観測し切れていない活躍もしているのでしょう」
そう述べた女性は立ち上がりながら、自身の胸に手を当てた。
「私の名はフェリア=エイベル……どうしてここへ招いたかについては疑問でしょう。そこについては今から説明しますが……まず私の素性を話すべきですね」
女性、フェリアは俺とティナを一瞥。そして、
「私は……オルバシア帝国に繁栄をもたらした皇帝家、その末裔です」
彼女の言葉は、俺とティナを驚愕させるのに十分過ぎるものだった。
その後、フェリアは俺達を客間へと案内した。向かい合うようにソファへ座り、お茶を飲みながら話を始める。
「もはや皇帝家の威光など存在しませんが、その血筋だけは受け継がれてきた……そうして帝都のあったこの町に居を構え、一定の地位を維持しながらこの場所を守ってきた」
「……何か、先祖から指示でも受けていたのか?」
俺の疑問に対し、フェリアは小さく笑みを浮かべる。
「誰かの命令ではありません。ただ自発的と言うにもおかしな話でしょう……この場所を守る。それを責務として私は存在しています」
「それは、何故だ?」
「英雄ジーク、あなたと会うために」
……俺は訝しげにフェリアへ向け視線を送った。
「順を追って説明しましょう。オルバシア帝国が世界を統一し繁栄の道を歩み始めた際、皇帝家は終焉の魔王……世界を滅ぼす存在に対抗するため、様々な技術開発を行った。もちろん、そうした中には失敗した研究も数多くあり……魔術師ティナが巻き込まれた事象もその一つでしょう」
「ずいぶんと、詳しいみたいだけど」
ティナの言及にフェリアは小さく頷く、
「皇帝家が記した歴史……そこに、オルバシア帝国の行く末について記されていますから」
「それじゃあ、帝国が滅びた経緯も――」
「おおよそは。今から語りますが、そこについても資料が読みたければ提供します」
……訊きたいことは山ほどあったが、ぐっと堪えて俺は相手の言葉を待つ。
「終焉の魔王について、アゼル皇帝は再び出現することを予期していたようです。だからこそ打倒するべく研究開発を進めていた……その過程で終焉の魔王に関する力自体の研究もしており、魔術師ティナは実験に巻き込まれた」
そこまで語った後、フェリアは俺と目を合わせた。
「そうした中、皇帝は英雄ジークを招集しようと世界各地に呼び掛けていたようです」
「俺を……?」
「はい、それは魔術師ティナが暴走してから数ヶ月後……自らを封印した彼女を助けるため、という意味合いがあった」
なるほど、な……終焉の魔王由来の力である以上、真正面から戦った俺の力が必要だったと。
「けれど調査の結果、行方不明……英雄ジークは未来へ転移してしまっていた」
「俺も実験に巻き込まれた形だな」
「はい、そこで皇帝アゼルはいずれ転移する英雄ジークのことを考え、様々な物を残した。その一つが」
彼女は俺へ何かを差し出す。それは、手紙のようなものだった。
「これは多重の魔法によって保護された……皇帝アゼルから英雄ジークへ向けられた手紙です」
「俺に……?」
「末裔である私達は、これを守り未来へ転移した英雄ジークに渡すために、ここで待ち続けた……千年という歳月である以上、もはや異常を通り越して奇跡と言うべき話でしょう。けれど私達は待ち続けた。そして時を超えて、ようやく渡すことができた」
俺はフェリアから手紙を受け取る。その瞬間、手紙に付与されていた魔力が切れた。
「英雄ジークの魔力に反応して保護が消える仕組みです」
「千年経っても発動し続けた魔法か……よっぽどのことだな」
俺は手紙を広げる。ティナが横から見ながら文面に目を落とすと――そこには間違いなく、見覚えのある文字が存在していた。




