接触
相手の動きに明らかな変化があったのは、適当な店を数軒回った後のことだった。俺達が単純に観光していると認識したのか、明らかに観察の目が多くなった。
どうやらこちらに声を掛けるタイミングを見計らっている様子だ……俺の方はどうすべきか。ティナへ目を向けると、こちらに小さく頷いた。俺の判断に任せるということか。
なら……と、適当な店に入り食事をする。その間にも視線を感じ取ることができて……ただ、ここしかないと考えたかいよいよ俺達への包囲を狭める。
観察する人間が近くにいることで明瞭となってくるが、敵意などは一切無い。完全に俺達へどう顔を合わせようか迷っている……仕事の依頼という感じだろうな。
やがて店を出た時、とうとう声を掛けてくる人物が……黒い服を着た男性だ。
「すみません、あの」
「はい」
こちらがフレンドリーに応じると、男性は逆に緊張したのか表情が引き締まった。
「……あなた方は――」
そして男性は俺達の名を告げる。リサーチ済みだろうということはわかっていたが、ここまでの活動についておおよそ知っている様子だった。まあさすがに魔王ザロウドなんかを倒した、という事実までは把握していないみたいだけど。
「お二方の技量を見込んで、依頼を……代表者に会わせたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺はここで、周囲から注がれる視線を気にした。それらに敵意がないか確認しているのではなく、単純に視線の数の多さが気になった。
男性は代表者と語った。つまり依頼人は別にいるわけだが……視線の数は十は超えている。それだけの人数の人に指示し俺達を観察していた? どういう人物なのだろうか。
「……いくつか確認したいんだが」
俺は男性へ向け問い掛ける。
「その人物と顔を合わせたら強制的に依頼を受けるということになりはしないか?」
「そこについては大丈夫だと思います。ただ、もし顔を合わせることになれば仕事を受けてくれるだろうとも仰っていましたが」
……どういうことだ? と最初は疑問を抱いたが、もう一つの可能性に行き着いた。すなわち、俺達のことを名声で知っているのではなく、過去に顔を合わせたことがあるということ。
ということは千年前の知り合い……ノーラッドのことがあるためあり得ない話ではない。むしろ、そういう可能性の方がしっくりとくる。
ではその人物は誰なのか……ティナに視線を向けてみるが、首を傾げていた。心当たりはなさそうだ。
「なら、もう一つ質問を。俺達のことを観察していたみたいだが、声を掛けるタイミングを図っていたのか?」
「気付いていましたか。ご不快に思われたのであれば申し訳ありません。私達としては、いずれあなた方が来るとして日夜確認していたのです。正直、本当に来るのかと疑っていたくらいなのですが……」
「俺達が現れて、慌てて動いたと」
「はい、その……話をする前に町を出られてしまうと面倒だったので」
なるほど、な。男性の態度からして、どうして俺やティナに仕事の依頼をするのかと疑問に思っているようだ。
「その依頼を行う人物について詳細を話すことは?」
「そこについてはご本人のお話を聞いてもらえれば」
ふむ、結構な人数に俺達が来ると告げ、連れてくるように頼んでおく……視線を向けてくる彼らの素性については、
「……君達はこの町の住人か?」
「はい、そうです」
「使用人の類い、と言っていいのか?」
男性は押し黙ったが、それで正解らしい。そこで俺は彼らが視線を向けてくる理由をおおよそ理解した。まず依頼主は彼らの主だ。
理由は分からないが、彼らの主は俺達がここへ来ると予見し、連れてくるよう指示を出した。男性達はそれだけ指示をされたため半信半疑ながら町を見ていた……なぜ詳しく語らなかったのかは不明だが、詳細を話せない理由がある――もしかすると、終焉の魔王に関する事柄なのだろうか。
単なる使用人相手なら、魔王なんて単語を出すのも物騒だし説明するようなことはしないだろう……残る疑問は彼らの主が誰なのかということ。
もし俺達の素性を事細かに把握していたのだとしたら、ここへ俺達が来ると確信していた……それはこの町がオルバシア帝国の帝都があった場所であり、一度ここへ来るだろうと予見していたから、ということだろう。
これ以上の考察はさすがにできない。後は、彼らの主に会うしかないが……まあ、彼らの様子から戦闘になるようなことはないだろう。
「……わかった、案内してくれ」
俺の言葉に男性は頷き、先導を始める。俺とティナはその後を追い始め……やがて大通りから路地へ入り、町の奥へと進んでいった。




