視線
――そうして、大陸をさらに渡り俺は戻ってくる。千年前、繁栄を始めたオルバシア帝国……その帝都がある大陸へ。
「気配は、ある」
ティナが言う。幻影はどうやらこの大陸のどこかにいる。
「ただ、まだ距離があるせいで位置までは絞れない」
「わかった。ならまずは敵の位置を特定すべく動く……ただその前に、一度帝都があった場所へ行ってみないか?」
「そうだね」
承諾するティナ。彼女も気になっている、ということだろう。
原因不明の出来事で崩壊したというわけで、崩壊直後は人が寄りつかなかったみたいだが……さすがに千年も経過すると人々からはここがどういう土地だったのかなんて忘れ去られる。
よって、帝都のあった場所には町があるらしい……名はベイテル。一応オルバシア帝国の帝都があった場所、ということで石碑があるらしいのだが、そこに帝都があったことがわかる情報は本当にそのくらいらしい。
俺とティナは逐一敵の居場所を見つけられないか確認しつつ、進んでいく。道中も魔物討伐などを行って名を売っていく。まあ過去へ戻る魔法の情報についてはノーラッドがいるし、別に名声を得てどうにかするという必要性は薄いのだが――そうして適度に仕事をこなし、俺達はやがて――帝都のあった場所へ辿り着いた。
そこは、規模としてはそれなりの町だった。周囲の地形――北に見える山脈などの姿には見覚えはあるけれど、整備された街道などは帝国があった時代とは大きく異なっており、その大半は俺にとって記憶に無い場所に変わっていた。
「まあ当然か……」
千年前の出来事である以上、感傷に浸るというのも変ではあるのだが……俺とティナは町へと入る。
大通りの一角、そこに帝都があったと記された石碑があった。
「……戻って、来たな」
「そうみたいだね」
俺の呟きにティナは応じる。まあ、感慨深いとかそういうわけでもないが――、
「ティナに帝都に顔を出せと言われていたけど、結局千年経ってようやくなんて、笑い話にもならないな」
「それを言うなら私だって、戻って来れなかった……そもそも私もジークも、原因は他者だからね。どうしようもなかったんじゃないかな」
「そうかも、しれないな――」
と、俺が応じた時だった。俺達の後ろ、背中へ向け視線を投げてくる人間がいる。俺やティナは石碑に向かっているため、本来は見えないわけだが……俺は感じ取ることができる。
「ティナ、わかるか?」
「うん、こちらに視線を送ってくる人がいるね。でも魔族じゃない。それに、私達を知っている雰囲気でもない」
では、どういうことなのか――俺は振り返ろうとして、少しだけ待った。俺達が気付いている……その点について相手はわかっているのかどうかを背中越しに確かめる。
けれど、相手は何も反応を示さない……どうやら俺達のことを見ているにしろ、こちらが視線に気付いていることは理解していない。
同時に俺は視線の雰囲気を察する。敵意に満ちているわけではない。あくまでこちらを観察する体であるのは間違いないのだが……、
「ティナ、どう思う? それなりに仕事はやっているにしろ、俺達の姿まで知っている人間はそう多くないと思うんだが」
「そうだね。それにこの町に私達は初めて来た。普通に考えたら何故視線を送ってくるのか理由はわからないけれど……かといって私達の素性を知っていて、仕事を依頼したいという風でもない」
仮にそうであれば、こうやって立ち止まっているタイミングで話し掛けてくるはず。いや、冒険者ギルドにでも入るのを待っているのだろうか?
さて、俺達はどうすべきか……視線の気配からして相手が終焉の魔王に関する力を持っているというわけでもない。疑問ばかりが増える状況だが、ひとまず相手と顔を合わせて話をする必要があるだろう。
「向こうから何かしら干渉してくるかな?」
「大通りで込み入った話はできないし、もし声を掛けるとしたら食事中か宿へ戻った時かな?」
ふむ……とはいえあんまりジロジロ見られるのも面倒だな。俺は少し考え、
「とりあえず町中を歩き回ってみようか。それで相手がどう動くのか見てからどうするか判断しよう」
「わかった」
ティナの同意を得られたので、俺達は歩き始める。すると、明らかに視線が動いた。俺達二人をずっと見据えているような状況だ。
これで石碑を眺める変な冒険者だから眺めていた、というケースはなしになった。間違いなく俺達のことを分かった上で観察している。
では次にどうするのか……観察している人間は一人だが、それが増えるのかそれとも――相手の出方からどうするのかは判断した方がよさそうだ。
おとなしく宿へ入って相手の反応を待つのもありだが、それよりは動き回れる状況を維持した方がよさそうだ。
「さすがに戦闘ということはないだろうけど」
「町中だとさすがにね」
ティナは同意する。まあ、こんな町中でもやりようはあるんだが……とりあえず、怪しまれないようティナと会話をしつつ、俺達は町中を歩き続けた。




