敵の姿
最初、その声を聞いた時俺はまさかと思った。新たな敵の登場――魔王を倒してさらに先があるのかと疑問に思うところだが、候補はいた。それは魔王ザロウドに力を与えた存在だ。
とはいえ、本来ならここにいるはずはないし、ましていたとしても姿を現すはずがないと考えていたが……実際は、俺達に干渉してきた。
これは何を意味するのか……なおかつ、今の今まで俺は気づけなかったという事実も、警戒に値する事実の一つだ。
「ティナ、何か感じたか?」
「何も」
彼女はそう応じた。ティナの魔力探知でもわからない……これは間違いなく、終焉の魔王由来の何かがあるのだと確信できる。
そして目の前――玉座の前に、白いローブかつ、フードを被り顔を隠した人物が立っていた。先ほどの声は、年齢からすると二十代男性といったところ。威厳などはないが、声が俺達の心に侵食してくるような……そんな感覚を受ける、奇妙なものだった。
俺は刀身にある魔力を維持しつつ、突如現れた存在へ問い掛ける。
「お前が、魔王レゼッドや魔王ザロウドへ力を与えた存在か?」
「そうだよ」
あっさりと認める相手……真実なのかは甚だ疑問ではあるが、相手の返事は真実だと強く主張しているような雰囲気があった。
「この力……分け与えた力はさほど多くはないが、魔族が手にすれば強大な力となる……実際、この大陸の国々へ侵攻すればたちまち国は滅びていたはずだ。当初の計画では、その戦いぶりを眺め力の大きさについて検証するはずだった」
――この時点で俺は違和感を覚えた。相手の説明ではない。それは相手の声音。
「けれど、君が現れた。どういう経緯なのかはわからない。だが、どうやら君はこの力を知っていて、なおかつそれを打ち破ることができるらしい」
俺は沈黙する。徐々に身の内に湧き上がった違和感が強くなっていく。
「どうして君のような存在が現れたのか……疑問は多々あったけれど、私は一つ考えた。これは試練だと。この世界を統べるために用意された最後の試練だと」
「お前も、統べるために力を検証しているのか」
その問い掛けに対し相手は「そうだよ」と答える。
「そうだ。ついに得た力……終焉の魔王と呼ばれ、世界を手に入れようとした魔王の力……それを手に入れた以上、引き継ぐのは責務だと思わないか?」
「……お前は」
俺はいよいよ違和感が限界にまで達した。間違いない、目の前にいるのは――
「お前は、何者だ?」
「誰でもない、というのが正解だ」
そう答えながら相手はフードに手を掛ける。
「とはいえ、最後の敵……宿敵となる以上はちゃんと挨拶くらいはしておかないといけないか」
フードを外した。その奥にあったのは、
「……アゼル」
俺に世界を統一する野望――それを惜しげも無く語り、見事達成した親友の顔だった。
相手はアゼル――最初はそう思ったが、それでは理屈が合わないことが多すぎる。ここは彼が存命していた時代ではなく遙か未来だ。俺のような事例……だとしたら、いくらなんでもその記述は歴史書などに記されているはずだ。何せアゼルは世界統一を成し遂げた皇帝……彼の一生については、間違いなく記録されたに違いないから。
そして目の前にいるアゼルの存在は、俺が千年前に感じ取っていた魔力とは明らかに違う。顔だけ似せた別人……そう表現しておかしくない。
だからなのか、俺もティナもさして驚かなかったが……俺の方は不快感が胸の内に生まれた。親友と同じ顔をしている存在が終焉の魔王――つまり、最大の敵の力を持っているだけでなく、それをばらまいている。不快感を抱かない方がおかしい。
「お前は、何者だ?」
だから俺は再度同じ質問をした。すると相手は、
「私の名かい? 名は……アゼルだ」
「お前――」
「その様子だと、この人間が何者なのか知っているようだね」
笑みを浮かべた相手――正直、そう呼称するのも腹が立つが、便宜上アゼルは語る。
「後ろにいる君が教えたのではなさそうだ。どういう経緯かはわからないが、この人間がオルバシア帝国で世界統一を成し遂げた皇帝であると、理解している」
彼の目線は一瞬ティナへ向けられる。あの様子だと、彼女が魔王と呼ばれ封印されていた存在だとわかっている。
「どういう経緯なのかは、まあ別に知らなくてもいい……私がこれからやることに対し不要だからね」
俺は無言で剣を構える……が、それが意味の無いことであると悟る。理由は明白で、目の前にいるアゼルと名乗る人間の存在感が希薄になり始めていたためだ。
どうやら分身を配置して俺達の戦いぶりを眺めていた……こちらが沈黙する間に、彼は語る。
「こうやって姿を現したのは、言わば宣戦布告だ。これから私はこの力……終焉の魔王と呼ばれていた存在の力を利用し、世界へ攻撃する。それに抗うのであれば、来るといい。今回の戦いで君達の能力は理解した。どうにもできない絶望を――しっかり刻み込んであげよう」
その言葉と共に、アゼルと名乗った存在の姿はかき消えた。




