彼の旅路
――俺の身の上話を聞いた老齢の男性は、一つ感想を述べた。
「つまり、さらなる強さを求めて旅を始めたか。世界最強となってなお強さを求めるとは、ずいぶんと無茶苦茶じゃのう」
「いいじゃないか、別に」
老齢の魔法使いに指摘され、俺は不貞腐れるように返答した。
今いる場所は、帝都を離れ大陸すらも違う魔法に関する研究所。洞窟を利用して作られた施設で、そこを管理している老齢の魔法使いへとこれまでの話を行った。
――皇帝となったアゼルに俺は旅に出ると申し出て、それが受理されてここにいる。オルバシア帝国が世界を統一して、一年になろうとしている頃……十九になった俺は、知り合いの紹介で魔法使いと話をしている。
その目的は……強さを得るため。そう、文字通り世界最強になったのに、それでもなお強さを追い求めている。世界にはまだ見たことのない剣術や、魔法技術が眠っている。その全てを手にすることは無理だとしても、さらに強くなるための手段があるはずだ……そう思い、旅を続けている。
「ふむ、とはいえ言葉の重みが他者とは違うのお。普通の人間が最強になりたいと言っても、多くの人は一笑に付すだろうが、他ならぬ最強である貴殿の口から強さを得たいと言われると……」
魔法使いの言葉に俺は小さく肩をすくめる。世界を滅亡に追いやる魔王にすら勝った俺の剣だが、自分自身は共に戦った仲間のおかげであると考えている。支援がなければ、間違いなく負けていた……本当に最強であるなら、滅ぼした魔王相手に単独で下せるだけの力が必要なはずだ。
だからまずはそれを目指そうと考えた……ただ、具体的にどうするのかは色々と悩んでいる最中で、今回この研究所を管理する魔法使いの下を訪れた。
「それで、ここに来れば助けになるかもしれないと聞いて来たんだが……」
俺の言葉に魔法使いは小さく頷く。
「うむ、事前に話を聞いて、思ったことは……強くなるために必要なものが足りていない、ということじゃな」
足りていない――それが何かと問い掛けるより前に、魔法使いは話す。
「それはズバリ、対戦相手じゃ」
……なるほど。平和な世界となった今では、俺が全力で戦える相手はいない、ということか。
正直口に出したことはないし、他者に言うべきことではないけれど……死を賭して戦っている時、俺は心のどこかで楽しんでいた。戦闘狂、などと言われればそれまでかもしれないが、修行によって得た強さを証明できる舞台として、戦いというのは必要だったのかもしれない。
「さらなる強さを得るには、強敵との戦いが必要不可欠じゃろう?」
「まあ……そうだな。あなたが作ってくれたりするのか?」
「ジーク殿を満たす存在を生み出すのは不可能じゃろう。それができたら儂が魔王を倒せる存在になれる」
それもそうか……ではどうするのか。
「端的に言えば、異界より呼び寄せる」
「は?」
「この世界において最強ならば、他の世界から引っ張ってくるしかあるまいて」
「……それ、大丈夫なのか?」
そもそも、できるかどうかもわからない……なんというか、知人の紹介でここに来ているけど、そうじゃなかったら胡散臭くて帰っているところだ。
「安全性の問題とか……俺でも倒せないような敵が出たら、この世界が終わるぞ?」
「そこは問題ないように対処するぞ。具体的には――」
と、ここから説明が入ったのだが、専門用語ばかりでまったく頭に入ってこなかった……わかる範囲でまとめると、色々と魔法を使用してこの研究所から出られないようにする。時間が来たら強制送還する術式にして、もしものことがあっても問題ないようにするといった感じらしい。
俺が戦った終焉の魔王よりも強い存在なら、目の前の魔法使いが用意する対策とかも平然と破ってしまいそうだけど……懸念はあったけれど、俺は止めようと言わなかった。なぜなら――荒唐無稽な説明に対し、心のどこかでワクワクしていたからだ。
そう――危険なことであるという認識はあったし、本当にできるのかという疑いもあったが、心のどこかで期待もあった。まだ見ぬ強敵と出会えるかもしれない……目の前の魔法使いが言ったことは、紛れもない事実だった。強敵との戦いが不可欠……さらなる強さを求める俺にとって、まさしく今求めるものであった。
だから俺は、魔法使いの言葉に同意した。相手は喜び、すぐさま準備を開始する。
「異界、といっても何でもかんでも繋げられるわけではない。まずは、近しい世界で試してみることにしよう」
異界に近いも遠いもあるのかと疑問に思ったが、独り言のようなので俺は何も言わずにおく。
そこから俺は魔法使いの案内に従い、研究室の一角へ連れてこられる。人二人が対峙して戦えるくらいには広い空間。そこで俺は魔法使いの準備を待つ。
「……帝国が世界を統一して以降、ずっとこのように旅をしていたのか?」
作業を進める魔法使いがふいに問い掛けてきた。世間話のつもりだろうと思いつつ、俺は返答を行う。
「ああ……やりたい事って何だろうと考えたら、今以上に強くなりたい、剣を学びたいという欲求が出てきた」
結局、俺の人生は剣しかない……世界最強になって、そういう結論に至ったのだ。
「ふむ、最強になってもそれほどの向上心を持っているのは驚愕するが……帯同する仲間はおらんのか?」
「さすがに、個人的な目的のために同行してもらうなんてできないさ。そのくらいの分別はできる」
帝都を離れる際、死ぬほど勧誘された。騎士になってくれとか、あるいは領地を与えるから自分の所へ来て欲しいとか……あと、求婚までされた。剣を振る姿を見て、ずっと好きだったとか言われたりもした。
けれど、その全てを断って俺は今、ここにいる。旅の途上で不器用な生き方だと言われたこともある。力を求める必要なんてないだろうと諭してくる人間もいた。けれど、生き方を変えることなく――
「準備できたぞ」
魔法使いが告げる。俺が呼吸を整えた時、相手は魔法を発動させた。
次の瞬間、足下にある魔法陣が起動する。複雑な紋様が施されたそれは、バチバチと弾けるような音と共に、部屋をわずかに振動させる。そして俺の真正面、突然空間が歪んで穴のようなものが姿を現した。
「これが異界へ繋がる扉か?」
「そうじゃ。この世界ではないどこか……魔力の高い存在を見つけて、この場に出現させる。時間も空間も関係がない、召喚魔法のようなものじゃ――」
そう魔法使いが応じた瞬間、部屋が一度大きく揺れた。きしむ、という表現が正解かもしれない。視界の端で壁面がわずかにヒビが入るのを見て俺は、
「おい、大丈夫か!?」
「む、これは……」
部屋がさらに振動を始める。魔法陣は起動し続けており、もしこのまま続ければ部屋自体が壊れるのではないか……俺は一度中止すべきかと思った時、魔法使いは何事か呟き始めた。
「これは、異界へ繋いだのではない……!? 術式を間違えたか!? その影響で半ば暴走状態に陥っている……!?」
なんだか不穏な言葉。俺は魔法陣を破壊して対処しようかと思い剣を抜き放った。
けれど、次の瞬間、
「もしやこれは、この世界の未来と――」
その言葉を耳にした直後、俺の真正面にあった空間が一気に広がった。いや、正確には魔法陣が発動している範囲を飲み込んだと言うべきか。それに俺は巻き込まれ――視界が一気に漆黒へと染まった。