憶えのある名前
「……どうしたんだい?」
俺達の様子がおかしいことに気付いたのか、商人は俺とティナの顔を見て訝しげな視線を投げた。
「何か変なこと言ったかい?」
「いや……何でもない」
と、言ったが内心の動揺は消えなかった……先ほど彼の口から出た名前。ノーラッド……その名に聞き覚えがあった。
というか、千年前終焉の魔王との戦いで従軍していたエルフの名だ。当時はまだ少年であり、前線部隊ではなくあくまで後方支援としての役割を担っていた。
彼がまだ生きているのか……年齢的にはこのエルフの里を収めていてもおかしくないと思うのだが、
「……帝国が存在していた時から生きているということは、年齢について千はくだらないだろう?」
その問い掛けに対し商人は、
「ああ、どうして族長をやっていないのか、ということか。簡単な話だ。彼はこの里出身のエルフではないからだよ」
なるほど。ノーラッドは流れ着いてここにいるということか。
「ただ、年齢的に間違いなくこのエルフの里の中で最高齢かつ、実力を持っている存在であるため、族長にはなれないが族長の後見人的な存在ではある」
「もしかして現在の族長も……?」
「ああ、ノーラッドさんからの援助があってらしい」
なるほど、な。
「ただ現在は中立の立場をとっているよ。おそらく下手に動けば騒動の渦中である族長候補からちょっかいを掛けられるかもしれない、と判断してのことだろう」
――ノーラッドは終焉の魔王の力を目の当たりにしている。その魔力を憶えていれば、ツェイルというエルフから感じられる魔力が同質のものであるということは認識できるはずだ。
ともあれ、オルバシア帝国の崩壊に関する情報を含め、ノーラッドに会う必要がありそうだ……このエルフの里において重鎮であることは間違いないが、
「ティナ」
「うん、大丈夫だと思う」
頷くティナ。それで俺は決断する。
「何か決まったのか?」
きょとんとした表情の商人。そんな彼に対し、
「ああ、ありがとう……もし良かったら薬草を見せてもらえないか?」
「お、いいぞ。この大陸では見ない貴重品もある。もしよければ他にも――」
そんなやりとりをしつつも、頭の中では明日以降の算段を整え始めていたのだった。
――翌日、俺とティナは宿屋で聞き込みをした後、ノーラッドが住む場所を訪れた。それは屋敷のような佇まいをしているのだが……庭園とかはなく、一軒家というには大きいが、屋敷と呼ぶには小さいというくらいの外観であった。
騒動もあるし、人間が会うことなどまず不可能だろう……建物の規模から考えて侍女くらいはいそうだし、そうした存在がこちらの話も聞かず門前払いだとやり方を考える必要はあるのだが。
俺はドアノッカーを叩いて反応を待つ。少しすると足音が聞こえてきて、
「……はい」
出てきたのは黒髪のエルフ、かつメイド服を着ている。そして俺達を見るなり明らかに警戒していたのだが、
「すみません、突然で怪しいとは思いますが」
俺はひとまず笑顔で侍女へ話す。
「家主であるノーラッドさんに、ジークウィステンとティナ=エゼングミッドが来たと伝えてください。それで理解されるはずです」
……侍女は最初訝しげな表情を浮かべたが、さすがに扉をすぐに閉めるというわけにもいかない様子。まあ俺達のことをノーラッドの知り合いである可能性はゼロではないし、もし友人とかであったなら門前払いすることが粗相に繋がるわけで。
「……少々お待ちください」
硬質な声と共に侍女は扉を閉めた。とりあえず、伝えてはくれるみたいだな……結果を待つこと数分、扉が開き先ほどの侍女が姿を現した。
「どうぞ、お入りください」
俺達は頷き、無言で案内に従う。屋敷内の廊下はそれほど広くはなく、あっという間に目的地と思しき扉の前へと到達する。
侍女が扉へノックをして、小さな返事が返ってきた後に彼女は扉を開けた。俺とティナは揃って中へと入り……見えたのは、老齢な見た目をした金髪のエルフだった。
「……おお……」
そして俺達を見た瞬間、目を見開き驚嘆する。
「ジーク殿……そしてティナ様……まさかお二人が揃っているとは……」
「ティナのことは把握していたのか?」
俺の問い掛けに、ノーラッドはゆっくりと首肯する。
「はい、けれど私は情報を得ても何もできず……なおかつ、この里における騒動についても調査しなければならなかった故」
と、そこまで語った後ノーラッドは俺と目を合わせ、
「いえ、こちらの説明をする前にジーク殿、あなたは一体……」
「これには色々と理由があって――」
と、言ったところで俺は一つ気付いた。
「……オルバシア帝国が世界統一後、一年経過した時にとある魔法使いの実験によって未来へ飛ばされた……思ったより簡単に説明できたな」
「なんと……内容としては極めてシンプルですが、驚愕する話ですね……」
「千年前、俺が未来へ飛ばなければティナのことだって解決できたかもしれないんだが」
「ジーク殿が全て負う必要性はありませんよ。今このたび、再会できたことを喜びましょう」
「……本題に入る前に確認したいことがある。オルバシア帝国がどうなったのかは調べたんだが、なぜ帝国は崩壊した?」
「すみません、その辺りの情報については私も把握していないのです」
と、彼は申し訳なさそうに返答した。
「帝都が崩壊した時、私は既に都を離れていましたので……わかっていることは、帝都の防備を完全に破壊し尽くし、帝国を滅亡させた魔王がいることだけ」
「それは終焉の魔王の力を持っている……で、いいのか?」
「そこは間違いありません。帝都が崩壊して一度訪れたことがあるのですが、そこには終焉の魔王……その力がわだかまっていましたので」
やはりか……ノーラッドも詳しくは知らないとのことだが、崩壊の原因が終焉の魔王にあるということだけ分かっただけでも収穫か。
「そして現在、族長候補であるツェイルというエルフが、終焉の魔王の力を持っている」
「既に確認していましたか……ええ、その通りです」
「魔王レゼッドについても持っていた。尋問したところによると、何者かから力をもらったらしい」
「ツェイルも同じでしょうね。とはいえ私だけでは対処が難しく、どうすべきかと頭を悩ませていたところなのですが」
「俺がツェイルを斬る」
その言葉にノーラッドは息をのむ。
「それで、いいんだな?」
「……ええ、あの力を放置しておくことはできません」
「とはいえ、問題はその方法だ。力の多寡については大通りで見て確認した。真正面から殴り込んで対処できるとは思うが、それをやったら俺はお尋ね者になる」
「ならば、舞台を用意します。現在私はツェイルの対立候補のエルフと連絡を取り合い里の騒動についてどう対応するか相談しています。そして近々、彼とツェイルが話し合うことになっている」
「もしかするとツェイルは――」
「はい、そこで対立候補を倒す気なのでしょう。そして圧倒的な力によって里を支配する……彼が族長になるには、これしかない」
「そこで俺達が介入して、というわけか」
「私の推薦による用心棒、と説明すれば会議の席に立ち会うことはできるでしょう。後はツェイルの動向次第ですが……」
「後は敵の動きによって立ち回りを変える、だな」
俺の言葉にノーラッドは頷くと、
「……ジーク殿、ご協力感謝します」
「当然だよ。何より仲間が苦労しているんだからな」
その言葉に――ノーラッドは穏やかな笑みを浮かべたのだった。