黒い存在
エルフの里については、建物は白とか橙とか、どちらかというと配色的に明るいものが多いし、森の中ということもあって緑がどこを向いても視界に入るくらいなのだが……そうした中で黒一色の一団というのは、悪い意味で目立っている。
わざわざああいった格好をしているのは、自分達は特別だとか、そういう風に考えてのことだろうか?
「わざと目立つ姿をしているね」
と、俺と同じ見解なのかティナが発言した。
「自分達がこれから支配するんだ、という意思表示かな」
「好戦的だということだけはわかるな」
俺はそう評し、通りの端を歩きながら一団を観察する。やがてその姿をはっきりと捉え、かつどうやら一団の中心にいるエルフが族長候補だろうと直感した時、俺は魔力を感じ取った。
その姿は、漆黒のローブを見にまとう銀髪のエルフ。整った顔立ちと切れ目が特徴的で、部下と思しきエルフ達に囲まれながら通りを進む姿には威圧感がある。
実際、関わり合いになりたくないのか他のエルフ達は彼らから視線を外し嵐が過ぎ去るのを待っている……やがて俺達とすれ違い、彼らは道幅の広めな路地へと入っていった。それを見送っていると他のエルフ達が安堵した表情と共に動き出す。
「恐怖しているね」
ティナが発言。先ほどの長候補に対し、エルフ達が送る眼差しをそう表現した。
「たぶん騒動が起こった段階で派手にやったんじゃないかな」
「だろうな……さて、ティナ。魔力は捕捉できたよな?」
「うん、族長候補と思しきエルフにだけ終焉の魔王……その気配があった」
力を分け与えている存在は魔族だけではなく、エルフも対象というわけだ……もしかすると力を分け与えている存在は、人間とか竜とかにも渡しているかもしれない。
「ひとまず倒すのは確定……なんだけど、問題はどうやって穏当に対処するかだよな」
「住んでいる場所に忍び込んで、とか?」
「暗殺ってことか? 最終手段としてはありかもしれないが、誰かに見つかる可能性を考慮するとあまりやりたくはないな」
今後のことを考えると、可能であれば正当な形で……それができるのかはわからないけど。
「……とりあえず、情報収集をするか」
「そうだね」
「このエルフの里においてあのエルフがどういう立ち位置なのか……恐れられているというのはわかったけど、情勢はどうなのか……政治的な意味合いを含め、調べないといけないな――」
その後、俺とティナは酒場などを回って情報を集める。その結果、終焉の魔王の力を持つエルフの詳細について判明した。
名はツェイル。元々族長の側近として働いていたらしいのだが、今回次代の族長を決めるということで候補になった。ただ、対立候補はエルフの里中から指示を受けている者らしく、候補者が選ばれた時点で勝負は決まっていたも同然だったらしい。
ツェイルとしては族長の下で必死に働いていたし、自分こそが次の長になるのだと自負していた……らしいのだが、結果的に対立候補に水をあけられた状況だったため、それを打開すべく奔走した。結論から言うと、支持を得るために力が必要だと考え、色々と活動し……現在のような力を手にした。
終焉の魔王に関する力を、ツェイルは「研究の成果」だと主張し、対立候補を蹴落とすべく暴れ回っている……というのが今の状況。かくいう対立候補は支援者に守られているようだが、ツェイルの力の大きさから全面戦争となったら間違いなく負ける……と考えている様子。
それは実際正解であり、普通に戦えば終焉の魔王の力には抗えない……ほんの一欠片の力であろうとも、他者を圧倒できるだけの力になる。それは俺達が一番良くわかっている。
「状況は見えてきたけど……もし全面的な戦いとなったら、そこに割り込んで対処するというのもありだが……」
時刻は夕方。酒場で夕食をとっている間に、俺とティナは作戦会議を行う。酒場は人間の商人なども来るためいつもは混雑しているらしいのだが、騒動の影響で今はほとんど客がいない。
「例えばツェイルというエルフを観察し、攻撃を仕掛けるタイミングで対立候補を援護しに行く、と」
「それが無難かなあ……使い魔で観察する?」
ティナの提案に対し、俺は渋い顔をする。
「エルフの里だし、使い魔だと気付く存在は出そうだからなあ……しかも現在ツェイルは警戒しているはずだし、バレる可能性が高いだろ。俺達が争いの火種を作るというのも」
「確かにそうだね。私達がやったとバレたら、他のエルフ達からにらまれるかも」
まあ騒動が巻き起こったら即座に動く……というのが最善手だろうな。
「気になるのは族長の動向についてだな」
ここへ来る前、療養中だという話は聞いていた。現在もそうらしいのだが、負傷してから一度も公の場に出ていないらしく、なんだか嫌な予感がしてくる。
「まさかもう族長は……なんて考えるのは不謹慎か」
「でも、そう考えているエルフもいるみたい。通りを歩いていた時、そういう話をしているのを聞いた」
「そうか……紹介状は現在の族長宛てだから、役には立たないな。そもそも部外者でしかも人間が訪ねても門前払いを食らうだけだ」
騒動が起きた際に動けるようここにずっと張り付いているのも一つの手だが……魔王ザロウドの動向も気になる。それに加え、他に騒動を巻き起こしている存在がいないとも限らない。
さて、どうするべきか……悩んでいると、俺達のテーブルに近づく足音が聞こえてきた。そして、
「冒険者二人組かい?」
男性の声だった。首を向けると、恰幅の良い男性が立っていた。その身なりから見て、俺は予想をつけつつ相手へ言及する。
「ここを訪れた商人、といったところか?」
「正解だ。いやあ、ずいぶんと厄介な時期に来てしまったものだ」
男性は俺達の隣にある席に荷物を置く。
「あっと、人がいるからと思って近寄ってきてしまったんだが……嫌でなければ情報交換をしないか?」
「構わないよ」
「どうも」
返答と共に商人は座る。すぐさま料理の注文だけ済ませて、口を開く
「客はいないわ辛気くさいわで戸惑ってしまったよ。噂には聞いていたが、まさかここまでとは」
「そちらは何を売っているんだ?」
「薬草類を扱う人間だよ。ここのエルフとはよくしてもらっているんだが……騒動を巻き起こしているエルフは、近寄るのも危険そうだな」
はあ、とため息をつく商人。この様子だと、商売の結果は芳しくないようだ。
「そちらの二人はどういう仕事を?」
「エリュテ王国の紹介状を持って、族長に会いに来た」
「へえ、紹介状……族長に会ってどうするんだい?」
「そこは俺達がやっている仕事に絡むから」
別に話してもいいけど、いきなりオルバシア帝国のことを話題に出しても戸惑うだけだろう。
「ふむふむ、なるほど。国と仕事ができるってことはそれなりの冒険者のようだね。その辺りの情勢は知らなくて申し訳ない……あ、試供品があるんだけどどうだい?」
「なかなか商売上手だな……」
「ははは、少しでも稼がないと丸損だからねえ。ここのエルフ……偉い方とコネもあるんだけど、今回は会ってくれなかった。こうなったらもうお手上げだよ」
「偉い方……族長ではなさそうだな」
「ある意味、もっとすごいお方だ」
もっと? 首を傾げると商人は話し始めた。
「現在の族長よりも遙か昔から生きる……それこそ、オルバシア帝国が存在していた時から生きるエルフ。名はノーラッド=ネインクル……彼を頼りにすれば商売できると思ったんだけどねえ」
その名を聞いて、俺とティナは互いに顔を見合わせた。