エルフの里
それから騎士エミリアから、次に訪れた際に情報をもらえるよう約束を交わし、城を出た。次の目的地はエルフの里……俺達はすぐさま王都を出立する。念のためにティナがこの王都を観察するための使い魔を配置して、何かあってもすぐに状況を把握できるようにする。
「ジーク。ひとまず、エリュテ王国内で魔物の襲撃とかはないみたい」
「なら、一連の騒動は魔王レゼッドが仕掛けたと考えてよさそうだな」
なら他の魔王は……騎士エミリアからの情報によると、ここから西――エルフの大集落がある国、アースバル王国の西側に魔王がいるらしい。
その名はザロウド。レゼッドが出現するより前に現れたらしいだが、
「ティナ、魔王ザロウドは魔王レゼッドと同様に終焉の魔王の力……それを持っていると思うか?」
「あり得る話だとは思うよ。出現時期はレゼッドのおよそ一年前……こちらは山奥にこもって防備を整えているみたいだけど、出現時期が似通っているし」
「力を提供されて、レゼッドはすぐさま行動に移したがザロウドはまず防備を優先した……といったところか?」
「エルフの里で用を済ませたら、そちらへ向かう?」
「それでよさそうだな……」
ちなみに騎士エミリアから聞いた話によると、アースバル王国は魔王の動きに合わせて動きは見せているらしい……が、討伐隊を編成するには至っていない。ザロウドの動きが消極的なこともあって、様子見しているのかもしれないな。
「ティナ、魔王の動向とかは観察できるか?」
「うん、使い魔を派遣して動きを注視する。かなり遠方から監視するから、終焉の魔王の力を持っていてもバレないと思うよ」
「頼む……諜報活動とかはからっきしだし、俺も何かやった方がいいのかな」
「適材適所だよ。ジークは戦闘で頑張ってくれれば」
笑みを見せつつティナは言う……まあ魔王との戦いでは頑張るとしよう。
俺はふと、今歩く通りを一瞥する。魔王がいつ何時現れるかわからない……そのため騎士や兵士が人々に呼び掛け、対策に追われている。
魔王レゼッドは滅んでいるが、さらなる敵が出現しないとも限らない……当面の間は警戒していてもらおうと思いつつ、
「この国に出現していた魔物……それが出現しないとなったら、町への襲撃は魔王レゼッドによるものと確定だな」
「そうだね……それがはっきりするまでは、動いてもらわないといけないかな」
「違いないな……しかし、騎士エミリアの話を聞けば魔王が侵攻を開始するギリギリだった……俺達によって犠牲者が出なかったのは幸いだな」
そんな風に会話をしつつ、俺達は城門を抜け、街道へと出たのだった。
エリュテ王国内は魔族や魔物の動きを警戒し、俺達が旅する間に訪れた宿場町も騎士や兵士が見回りをする光景があったのだが……国境を抜けアースバル王国へ入ってからは、そういう雰囲気もなくなった。
魔王レゼッドの存在はアースバル王国もわかっているはずだけど……厳戒態勢だった絵エリュテ王国とは一転、ずいぶんと牧歌的な雰囲気に。魔王ザロウドがいるのに大丈夫なのかと疑問に思いつつエルフの集落に程近い町を訪れた時……厄介な情報を得た。
「エルフの里で騒動が起こっている?」
酒場で周囲の情報を確認している時、俺は店主からそうした話を耳にした。
「何かあったのか?」
「エルフの里には冒険者を始め商人なんかも出入りしている。エルフ達が作る薬なんかはかなり効くからな。さらには魔力が込められた剣など、良質な武具もある」
エルフは部族単位で暮らしているのだが、他種族と交わらないケースもあったので、俺達が行くエルフの里についてはかなり交流が盛んらしい。
「そうした人間が口を揃えて言うんだ。今はあの場所に近づかない方がいいって」
「何が起こっているんだ?」
「今あの里では次代の族長を決めている最中なんだが、どうやらその一人が暴れ回っているらしい」
穏やかじゃないな……それに、魔王レゼッドのような事例があったし、なんというか偶然ではないような気もしてくる。
「暴れ回っているって、里を荒らしているのか?」
「ああ、しかも現在の族長が対処できず怪我して、現在療養中とのことだ」
「族長が……かなり大変そうだな」
「そうなんだよ」
なんだかヤバそうな雰囲気だな……うーん、情報が欲しい俺達としては捨て置くことができそうにないな。
店主から話を聞いた後、席についてティナと会話を行う。具体的に言うと、エルフの里で発生している騒動に関わるかについて。
「ティナ、どう思う?」
「行ってみないとわからないかな……」
「だよな。もし終焉の魔王……それに関わる何かを発見したら、問答無用で首を突っ込むか。ただ、部外者が出てくるなという話にもなるんだよな……」
一応、騒動を解決して情報をもらうというやり方をするつもりだが、いきなりしゃしゃり出てきて良くは思わないよな。
「俺達を知っているエルフがいれば話は別なんだけど……」
「千年以上生きたエルフって、それこそ族長クラスじゃない? でもエミリアさんから聞いた族長の名前は聞き覚えがなかったし……」
「……他に長寿のエルフがいる可能性もあるし、とりあえず情報を集めてみよう。可能性は低いけど、俺達が知っている名前があったら顔を合わせ事情を説明、でいいか?」
「うん、いいよ」
ずいぶんと行き当たりばったりではあるが……まあ世界統一戦争の時みたいに規律が求められるわけでもない。このくらいが丁度良いか、などと思ったりもした。
――そうして、情報を携え俺達はエルフの里に辿り着いた。森の中に大集落があるという感じなのだが、入口の時点で嫌な気配がひしひしとしていた。
「話に聞いた状況よりひどくなっている可能性があるぞ、これ」
「入口からして刺々しい気配だからね……」
「ティナ、終焉の魔王に類する力はありそうか?」
「んー、入口からでは曖昧だけど、それっぽいものが……」
「いると仮定して入る場合、どう立ち回るのかが重要だな」
騒動の原因は次代の長候補だが、そのエルフから終焉の魔王の気配があった場合……問答無用で斬りかかるのはさすがにまずい。そんなことをしたらお尋ね者になってしまう。
知り合いがいたら顔を合わせるけど、そうでない場合は……頭の中で色々と考えつつ進んでいく。
ただ、終焉の魔王に関する気配があるのか確認するという目的がなければ、騒動はごめんだと引き返したい空気感である。俺達はエリュテ王国の紹介状を所持しているけど、ティナの言うとおり刺々しい気配が漂っている現状を考えると、騒動が収まるまでは会ってくれないだろうな。
もし終焉の魔王と何も関係がない場合は……やがて広めの通りに出た。目抜き通りと言って差し支えない道幅と、左右には人の町で形成されるような様々な店が並んでいる。ただ呼び込みなどはしていない。元々そうなのか、騒動によりしていないのかまではわからないが。
「うーん……」
そして俺は一つ唸った。通りを歩くエルフの姿――髪色は様々だが、耳が尖っているのと内に抱える魔力が人を超える点が大きな特徴。そうしたエルフ達は一様に表情が暗い。
「宿屋とか開いているのか? これ」
そんな疑問さえ出てきてしまう……と、その時だった。通りの奥――ずっと向こうに神殿らしき建物が見えるのだが、そこから黒い衣装をまとった一団が出てきた。なおかつ通りを歩いていたエルフは、その一団を露骨に避けるように動いている。
「ティナ、あれがおそらく」
「うん、騒動の渦中にいる族長候補かな」
俺とティナは通りの端に寄った。そして一団に近づくべく、歩を進めた。