幕間:討伐隊
――コツ、コツと靴音が響く。そこは明かりに照らされた牢獄。相当な人数が入れるであろう牢屋の中に、多数の人が押し込められていた。
その中にいた一人の女性騎士――青い髪を持つ騎士は、靴音が響く方向に目をやり、鋭い視線を投げる。
「おや、ずいぶんと警戒しているようですね」
薄暗い通路の奥から現れたのは、蒼白と呼べるほど顔色の悪い男性。赤い貴族服を身にまとい、まるで人間のように振る舞っているが、その正体は魔族である。
「捕らえた段階で言っていますが、私達はあなた方にこれ以上危害を加えることはありません。といっても、さすがにこの人数分の食料を提供するのは大変ですし、十日もしたら衰弱して身動きがとれない人間の一人や二人は出るかもしれませんが」
――女騎士の背後には、共に戦った騎士や勇者の姿があった。中には大けがをした状態で放り込まれた人間もいる。魔法は自由に使え治療はできたし、魔力があれば水の生成はできるためどうにか生き延びることはできているが。
だが、日数が経てばどうなるか――とはいえ、救援が来る可能性は限りなく低いと騎士は思っている。
なぜなら自分達は精鋭中の精鋭であり、この牢屋の上にいるであろう魔王を倒すために選ばれた者達。これ以上の戦力を、国が用意するのが困難であると知っているためだ。
「怪我人についてはそちらに任せましょう……私達に治療させるというのもあなた方は拒否するでしょうしね」
「……何が、目的なの?」
女騎士は口を開く。鉄格子越しにいる魔族は、その問い掛けによって笑みを浮かべた。ようやく、次の話ができる――そんな雰囲気だった。
「では、お話ししましょうか……代表者数名、騎士と勇者それぞれ、陛下の下へ連れて行きます」
思わぬ言葉だった。そんなことをして何になるのか。
「他ならぬ陛下が話をしたいと言っていたので、案内するだけです。指定を受ければその者だけ外へ出し案内します」
――女騎士達はその言葉に従った。結果として彼女自身と勇者一人、さらにエルフの魔法使いが牢から出る。
「逃げる可能性は考慮しないのか?」
勇者が問い掛ける。現時点で武器は取り上げられていない。そればかりか、牢屋の鉄格子にだって仕掛けはなく、魔法で容易く破壊できるだろう。
それに対し魔族の返答はシンプルだった。
「できるものなら、どうぞ」
勇者は無言となった。彼もわかっている。逃亡が到底不可能であると。
なぜなら――エリュテ王国は可能な限り戦力を集めた。それでも完膚なきまでに敗北した。そして敵方の戦力は、ほとんど減っていない。
魔王と相対することもなく、多数の魔族と交戦して彼らは負けた。しかも、怪我人は出たが死者はいない――つまり、相手には手加減するだけの余裕があったということ。
その事実を牢屋の中で考え、女騎士は何も言えなくなった。勝てない――討伐隊が聞いて呆れる。
やがて魔族に連れられて牢獄を出て広間へと辿り着いた――その場所は、人の城にあるような玉座の間だった。
「ようこそ」
そして、玉座に悠然と座る魔王――黒い長髪を持った、ゾクリとするほどに整った顔立ちを持つ存在がいた。人であるようにも見えるが、その美貌ぶりから逆に異質だと思うくらいに、雰囲気が恐ろしい。
「あなたが……魔王レゼッド?」
玉座の手前、数段の階段間際まで到達すると女騎士が尋ねる。それに相手は頷き、
「いかにも……さて、なぜ討伐隊全員を牢に押し込め、ここに呼んだのか説明しよう。何のことはない。生き証人となって欲しい」
「……何ですって?」
提案の意図がわからず女騎士は聞き返す。
「言葉の通りだ。この私に挑んだ故に、お前達は全てを見届ける資格があると考えたまで」
「何を、言っているの?」
「例え貴様らが国によって選ばれ、仕方なく戦ったとしても、だ。この私に刃を向け挑んだ。それ自体、称賛に値する……無知であろうと、蛮勇であろうと、挑みかかってきたのならば、相応の礼節で応じなければ」
女騎士は魔王の言っていることがほとんど理解できなかった。他に連れてこられた勇者や魔法使いも、同様の反応だ。
「これから私は、エリュテ王国へ攻撃を仕掛ける」
だがその言葉だけは理解でき、すぐさま女騎士達の表情が変わる。
「精鋭と呼ばれた貴様らであっても到底敵わないほどの力を持つ……既に敗報は伝わっているだろう。この状況下で首都へ攻め込んだらどうなるか」
「させない、と言ったら?」
「できるのか?」
女騎士が問い掛けると同時、魔王は魔力を放った。それは魔王にとって、一呼吸するのと同じ程度の労力しか掛かっていない程度のことだが、女騎士達にとっては――
彼女達の肩に魔力がのしかかる。それと共に女騎士は見た。間違いなくそれは幻覚に違いなかったが、魔王の見た目が人ではなく、この世に存在してはならない異形――見たこともないような、恐ろしい「何か」に見えた。
「あ……」
声と共に勇者が崩れ落ちる。魔力を浴びただけで、戦意が喪失してしまった。女騎士はへたり込むことこそなかったが、同じような気持ちだった。
目の前の存在には、例え千年修行したとしても、勝てない。
「力の差は理解できたようだな」
魔王は笑う。魔力を発するという矛を収め、上機嫌に語る。
「良い返事は期待していない。というより、貴様らに選択肢などない。この私がそういう風にしたいと考えた故の決断だ。貴様らの生命は保証する。食料も存分に用意しよう。そちらが望めば怪我人の治療も施す。だから絶対に生きろ。そして、この私がエリュテ王国……いや、それだけではない。世界全土を滅ぼす姿を、目に焼き付けろ」
――それはもはや、意味などないものだった。おそらく魔王は「そうした方が面白い」と考えて、女騎士達を生かした。それ以上の理由はない。
しかしそれは、今後傍観者として自分達の故郷を焼かれる様を見ろという地獄のような指示でもある……自分達がもっと強ければ。あるいは、もっと強力な部隊を編成していれば。
(いや、違うか……)
目の前の魔王レゼッドを見て、女騎士はあることを考えつく。エリュテ王国が世界に呼び掛け精鋭を集めても、勝つことは無理だろうと思う――それが真実かどうかは不明だが、少なくともそんな風に確信してしまうほどの、力を持っていると感じた。
だから女騎士はこう思う――この魔王が出現した時点で、負けは決まっていた。
「――陛下」
ここで魔族がやってきた。何か報告を行うようであり、もしや援軍が――と女騎士は考えたのだが、
「準備が整いました。いつでも出陣できます」
「わかった。報告ご苦労」
魔族は一礼をして去って行く。そして魔王は女騎士達へ視線を移した。
「明日、攻撃を開始する。名目上は討伐隊を寄越したエリュテ王国に対する報復……まあ私は別段怒っているわけではない。しかし、見せしめは必要だ。この私は刃向かえばどうなるのか。まずは、それを人間達に理解してもらう」
魔王は手を軽く振った。それにより女騎士達の近くに魔族がやってくる。
「牢へと戻しておけ。明日、進軍の際にここに来た貴様らは従軍してもらおう。まずはその眼で、祖国が灰になる様をしかと見物するといい――」




