やるべき事
ティナは、終焉の魔王の力を受けて暴走状態だったようだ。けれど時折、意識が正常になることがあったらしく、その際に周囲のことを調べ――千年経過したことはわかっていた。
その事実を知った時は絶望したらしいが……どうにもならない現状の中で、やれる範囲で力を制御し、自らが城を出ないようにしていた。いつか来るかもしれない、自分を討つ存在を待つために――
「それしか、できなかった。今の私に、抵抗できる手段がなかったから」
淡々とティナは語っていく……戦いが終わり、俺と彼女は廃城の一角に座り込み、話をすることになった。
「終焉の魔王……その力は、圧倒的だった。注入されたのはほんの僅かだったはずなのに、付与された瞬間から体が言うことを聞かなくなった」
「……なぜ、そんなことをしたんだ?」
「騙された、って感じかなあ。研究員から特殊な力を調査する実験を引き受けて……終焉の魔王が持っていた力がどんなものか、試したかったんだろうね」
俺はその研究員に怒りを覚えたが、千年前の話だ。どうにもならないので忘れることにする。
「その後、ティナはどうしたんだ?」
「必死に力を抑え込もうとして、同時に暴走した力で人を傷つけたくなかったから、どうにか帝都を飛び出した。そしていずれ、完全にこの力に取り込まれると察して、自分自身を封印することを決めた」
「封印……助けが来ると思って?」
「帝都を飛び出す直前に、私のことに気付いた仲間がいたから、陛下に伝えてと言い残して……」
「なるほど、それでこの場所に?」
「ここは私にとって良い思い出なんかない場所だけど、生まれ故郷だから土地にある魔力をある程度利用できた……土地に内在する力を利用し、自分自身を封じ込めた。そして」
「千年経過して、目覚めてしまったと」
「……結局、助けは来なかったんだなって。どういう理由かはわからないけど」
そして彼女は、俺へ質問する。
「ジークは、どうして? まさか千年生き続けたわけじゃないよね?」
「人間の身でそれは無理だよ」
否定しつつ事情を説明すると、ティナはどこか呆れたように声を上げた。
「まさか、魔法の失敗でこうなるなんて……」
「俺も想定外だったよ。もしこんなことがなければ、俺は帝都に戻った時に異変に気付きティナを救えたかもしれないのに」
「そうかもね……でも、こうして助けてくれて、再会できて……だから、良かったよ」
ティナはそこで穴だらけの天井を見上げる。
「帝国は、なくなったんだね」
「その理由を調べようと思う……千年前に戻った際に、助言できるかもしれないし」
「戻る気なんだ?」
「未来へ行く魔法があるなら、過去へ戻る魔法だってあるだろ?」
「どうだろうね……でも、それなら手を貸すよ。私だって、千年前に戻って言いたいことはあるからね」
「なら、一緒に来てくれるか?」
「もちろん……まさかこんな未来で、ジークと旅ができるなんて思わなかった」
彼女は、満面の笑みを浮かべた。これから始まるであろう旅に、期待を寄せている様子だった。
「あ、でも楽しそうにしちゃ駄目かな?」
「いいんじゃないか? まあ、これから俺がやることは血なまぐさいし、正直楽しいかどうかはわからないけど」
「それでも、終焉の魔王を相手にした時よりはマシだよ」
俺はその言葉で苦笑した。確かにあの死闘を思い出せば、今の状況なんて大したことないかもしれない。
「さて、互いに状況は理解した。これからの話をしようか」
「うん」
「とはいえ、まだまだ手探りの状態だ。何から手を付けていいのかわからない……まずは名声を得て学者とか研究者とか、そういう人に会える可能性を増やすところからやってる」
「なるほど。それじゃあ次の目標は――」
「魔王レゼッドだな。実力がどれほどかわからないし、調査している段階なんだが――」
「ある程度はわかってるよ」
「調べたのか?」
「うん、私以外に魔王と呼ばれる存在がいるのを知って調べた」
「そっか。なら、それを踏まえた上で動くか……ティナ、体の方は大丈夫なのか? 終焉の魔王の魔力は?」
「身の内にカケラが残っているけど、問題ないよ。いずれ消えると思う」
「なら今日のところは町へ戻って休んで……明日から、行動開始といくか」
「うん」
頷くティナ。そして俺達は同時に歩き出した。
町へ戻り一泊して、酒場で食事を取りながら改めて今度のことを話し合う。といっても魔王レゼッドについて調べ、討伐して武功を手にするという基本路線は変わらない。
「ティナ、立ち回るにしても、魔族であることはあまり公にしない方がいいと思うんだが、どうだ?」
俺はそう提案する――千年前、オルバシア帝国は世界を統一してあらゆる種族は平等だとした。実際平和になってからどうなったのか詳細はわからないけど、少なくとも統一戦争を行う間は皆が一つの目標に向かって進んでいたこともあり、多種族の部隊でもちゃんと連携がとれていた。
とはいえ、千年後の世界は……人間にとって魔族は恐怖の対象になっている。魔族ですと名乗れば、混乱に陥ることは必至だった。
「うん、そこは誤魔化すよ。幸い、私は自分の気配を隠蔽できる魔法も持っているから」
「ならそれを使って……だな。ティナは他に気になることはあるか?」
「今のところは特に……ねえジーク。千年前に戻るため、名声を得て動き回るというのは理解できたけど、それはつまり魔王なんかと戦い続けることを意味するよね」
「ああ」
それがどうかしたのか――と聞き返そうとしたが俺の返事によってティナは何もかも理解できたらしい。
「大丈夫、ってことか。別に急ぐ必要はないと思ったし、少しくらい休んでも良いとは思うのだけれど」
「急いているわけじゃないさ。ま、とりあえず魔王レゼッドを倒してから、今後どうするかは改めて考えよう」
「ん、わかった」
ティナも基本方針に同意したので、俺達は翌日から魔王レゼッドの本拠地へ向けて移動を開始することに決める。
「そういえば、討伐隊はどうしているんだろうな」
戦いの結果についてはまったくわからない。もう少し近づけば情勢が見えてくるとは思うけど。
「ティナ、魔王レゼッドについてだけど、どの程度の実力者なのかわかるのか?」
「観測できた範囲でわかったことは――」
そこからティナは過去俺達が戦った魔王を事例に出して説明を始めた。それに基づけば、確かに強いけど俺とティナなら十分対処できるというレベルだ。
「ちなみにティナ、戦えるのか?」
「封印の影響で万全とは言えないけど、いけるよ。ただ杖は壊れたし、終焉の魔王と戦った時みたいに動くのは難しいかな」
――彼女が所持していた杖は特注品だからな。万全な状態となるには、同様の杖を作らないといけないけど……大変だが、やった方がいいだろうな。
「ジーク、戦闘に入った場合はどうするの?」
「基本的には俺が戦うよ。で、周囲の状況を見つつ動いてくれ」
「わかった」
――たった一人で、などと話を聞いている人がいたら思うところだろう。しかしティナが調査したくらいの能力なら、一人でも問題はないだろうという見方だった。
うん、魔王の本拠に近づいてからもう少し調べて……と、思案していると酒場に飛び込んでくるように人が入ってきた。冒険者風の男性で、仲間と思しき面々に近づくと何やら話し始める。
「……何!? それは本当か――」
ん、何やらトラブルか? 首を突っ込むことはないにしても少し聞き耳を立ててみる。
「けど、俺達にできることは……」
「とりあえず、ギルドに情報は伝わっているからこれから対策を――」
冒険者達が一斉に酒場を出て行く。それを見送った後、
「ティナ、少し調べてもいいか?」
「いいよ」
あっさりと返事をもらったので、俺達も冒険者ギルドへ向かうことにした。
そして――驚きの情報が手に入る。
魔王レゼッドへ攻撃していた精鋭部隊……それが、敗北したらしい――




