回想:とある魔族との出会い
――世界統一戦争の際、魔王はその多くが帝国と戦うことを選択したが、途中で力尽きて降参し、恭順を誓うケースもあった。ただ恭順は演技で、帝国の支配下になって密かに裏切ろうと……みたいなことをしてくる魔王もいた。
もっとも帝国はその辺りの情報収集を欠かすことはなかったため、反乱が起きる前に対応できていた。結果、裏切ろうとした魔王は容赦なく滅ぼされていたのだが……ティウェンナールという魔王の場合は、他と比べ少し特殊だった――
「なあ、本当に応じるのか?」
と、俺は当時相棒として共に戦っていた騎士に問い掛けた。場所は平原。後方には天幕が張られ、真正面には山脈が見える。そこから、魔王一行が近づいてきていた。
「降伏勧告を受け、話し合いをする……正式なものであれば当然だ」
騎士は俺にそう応じた……俺と同じ年齢で、俺と共に天才だと称された騎士。その若さにも関わらずアゼル皇子から認められ、今回の魔王に対しどうするのか、処遇を一任されていた。
「裏切る可能性はもちろん考慮している。それでも、話し合いの場を設けたいという要望があれば応じる……それが帝国のやり方だ」
――数日前に、降伏した魔王が反乱未遂を起こして処刑されたというニュースが飛び込んできた。その魔王は俺と戦う前に降伏し、従順な姿勢を見せていたのだが……それが演技だとわかって当時の俺は辟易していたのだ。今回も同じだろう……そんな風に思っていた。
今回交渉する魔王についても最初、恭順するよう通達したが、魔物が押し寄せてきたことで戦闘を余儀なくされた。とはいえ、所詮は一地方にいる魔王。その実力は中の下くらいのレベルであり、俺達は最初の戦いで犠牲も出さず魔物を全滅させた。
だからなのか、魔王側はあっさりと降伏した……潔いというよりは、勝てないとわかって手のひらを返したと言うべきだろう。そして話し合いの場として平原へ赴いたのだが……経緯から考えて、どう考えても帝国に従うとは思えなかった。
やがて、魔族達がゾロゾロと交渉の場へとやってくる。前に出たのはずいぶんと皺のある、見た目高齢な魔法使い。話す内容は理知的であり、恭順する内容も至極真っ当なものであったため、話し合いは円滑に進んだ。
「……とはいえ、一度は私達が刃向かったことは事実です」
交渉を一通りまとめ終えた時、魔族は俺達へ口を開いた。
「何より、勝てないとわかった上で身を翻しているわけですから、あなた方にも疑念がおありでしょう」
それは事実だ。ならばどうするのか。
「陛下の命……それと引き換えに、今回の和平を実現したく思います」
聞けば、今回の失策の責任を取ると魔王が言い出したらしい――同胞を守るためならば、と自らの首を差し出す魔王もいたので、俺達としては別段不思議ではなかった。
「わかりました。それを恭順の証とするわけですね」
騎士もまた同意した。そして――問題はここからだった。
魔王が俺達へ進み出る……そこにいたのは、見た目俺や騎士と同年齢の、女性だった。外套に身を包むんだその姿はどこかみずぼらしく……だがそれでいて、強烈な存在感があった。
見た目は、肩を越えるくらいの長さの蜂蜜色の髪を持つ黒い瞳の女性……黒いドレス姿で身なりは整っているし、多くの人を惹きつけるだけの魅力がある……のだが、後方にいる騎士達がざわついているのは、綺麗であるとか美人であるとかは関係がない。
理由は力の大きさ。彼女の体から感じられる強大な魔力の奔流。魔王の器だと確信させられるほどの、圧倒的な力。見た目とは裏腹に、彼女こそ魔王なのだと断言できるほどの……だが、その顔は緊張により固まり、声を発さず俺達へ視線を向けてくる。
死が怖い、という雰囲気ではなかった。というより表情を魔法か何かで操られ強引に無表情にさせられている……そんな雰囲気があった。
「……彼女が、魔王ですか?」
騎士が問う。交渉役の魔族は無論ですと答え、
「この力の大きさを見れば、おわかりかと……この者こそ、私達を率い闘争に身を置いた者なのです」
……騎士は、判断に迷った様子だった。交渉としては成り立っている。ロクに魔力も抱えていない女性が出てきて魔王です、などと言われたら納得できないが、目の前にいる力はまさしく本物だと思わせるだけの説得力がある。
しかし、女性の様子からして怪しいのも事実……騎士が無言に徹している間に、俺が動いた。魔王の近くへ移動すると、彼女と目を合わせた。
「あ……」
小さな呟きと共に、俺はしばし視線を重ねる……その目的は、相手の感情を読み取ることだった。
魔力を使い相手の目を見れば、感情や場合によって相手の思考を読み取ることができる……心を読む技法であり、基本的に戦闘時にしか使わない能力だ。さすがに日常で相手の感情を読み取るとか、疲れるし相手にも失礼だから。
とはいえ、今の状況なら使わせてもらう……吸い込まれるような黒い瞳を覗き、俺は垣間見ることができた。それは玉座のある広間。女性が立っており、その周囲には交渉役としての魔族の他、帯同してきた者達がいる。大きな違いは女性の格好。ドレスなどではなく、ずいぶんとボロボロの外套を着ていた。
『――膨大な力故に疎まれていたこの者を、魔王として仕立て上げればいい』
そう魔族は告げる。同時に周囲にいる者達は一様に笑みを浮かべた。
『力があるため、人間共も頷く他なかろう。魔法を使い、動きを制御すれば拒否もできまいて。陛下、それでよろしいでしょうか――』
俺は彼女から目を逸らす。騎士が何事かと近寄る間に、俺は交渉役の魔族……その奥にいる者に目を付けた。
「……お前が」
彼女を通して見た光景。そこにいたのは、
「本物の魔王か」
――相手の決断は早かった。策が通用しないと判断した直後、女性を除く魔族達が一斉に魔力を高め、襲い掛かってきた。
策が通用すれば恭順したフリを示しいずれ反乱。もし見破られたなら襲い掛かる――という二段構えだったのだろう。俺や騎士、そして他の仲間達は即座に戦闘態勢に。魔王が威嚇のために発する力はなかなかのものではあったが……その時の俺達にとっては、そよ風程度の感想しかなかった。
勝負は、あっさりとついた。戦ったのは俺と騎士だけで、わずか数分――それだけで、女性以外の魔族を粉砕した。
「馬鹿、な……」
魔王はそう呟きながら消滅した。残されたのは、魔法から解放され自由になった女性ただ一人。
「……大丈夫か?」
騎士が仲間達に撤収の指示を出す間に、彼女へ問い掛ける。何が起こったのかわからない、という放心状態の相手に俺は頭をかきつつ、
「……今回のことを含め、ずいぶんな扱われ方をされていたみたいだな。魔王は滅んだし、どこにも行く当てがないのであれば、俺達と一緒に帝都へ来るか?」
……彼女はそれでも呆然としていた。けれど、殺されない……それどころか、自由になったのだと理解した瞬間、ボロボロと泣き始めた。
「う、うう……ううう……」
「オルバシア帝国は、少なくとも君をないがしろにしたりはしないさ。それで、どうしたい? 君は自由だ。望むなら他にも――」
言いかけた時、彼女は答えを提示した。ついていく、と。
「……わかった」
俺は騎士に掛け合って帝都へ同行するように頼む。彼は快諾し、交渉場所の平原を彼女と共に離れることになった。
これが、魔族ティウェンナール=エゼングミッド――ティナと呼ばれる女性との出会いであり縁が結ばれた瞬間だった。




