英雄の誕生
俺の人生は、常に「剣」と共にある。小さい頃から今――世界最強と呼ばれるようになった今もそうであり、死ぬまで同じだろうと考えている。
思い出せる一番古い記憶が、育ての親が手入れのために抜いた刃に写った自分の顔だ。魔物によって両親を失い、生まれたばかりの俺が孤児になって引き取った人物が元冒険者の男性で、小さな村の守り手だった。最初から剣が見れる環境にあった、という事実が俺の人生を決定づけた。
歩けるようになった時、育ての親が鍛錬のため剣を振っている姿を見て、棒切れを拾ってきて動きを真似るようになった。村の人々はそうした姿を見て微笑ましく思ったかもしれない。
その行為は娯楽のなかった小さな村で唯一できた遊びのようなもの。育ての親はそれがわかっていたから止めなかった。手入れの時に綺麗な刃を眺め続けることだって、何も言わなかった。
四歳の誕生日の時に、育ての親は俺に石の短剣をプレゼントした。それが俺にとって最初の武器。もらってはしゃぎまくった俺は、剣を振ることに熱中した。気付けば育ての親が行っていた剣術の型を全て憶えるくらいにまでなって――俺はあることに気付いた。
それは体の動かし方によって剣の振りや勢いが変わること……四歳の俺は言語化できなかったが、筋肉をどう動かし、どう力を引き出せば剣を効率よく振れるのか――そういう検証をわからないなりにやっていた。けれどそれは、次第に実を結んでいく……五歳になった時、俺は明らかに動きが変わり、育ての親が繰り出す動きを完璧かつ、鋭く放てるようになった。
だからなのか、育ての親の師匠に当たる人物が俺を見て、才能があると感じた。剣術を磨けば、強くなれる……そう確信した師匠は育ての親を説得し、俺は家を離れ近くの町にある剣術道場の世話になることとなった。
五歳の子供によくそんなことをさせたなと思うが、そうなるに至った決定打は俺が「行きたい」と明確に告げたからだ。この時の俺は剣を振れる……それだけが、望みだったのだ。
道場に入ってから、様々な剣術流派を学んだ。師匠は顔が広かったためか、町には様々な剣士が訪れた。中には常日頃魔物と戦い、人類の脅威である魔族と戦う人までやってきた。そういう人の鍛錬風景を見ながら、俺はそれを真似し剣を振り続ける日々を送った。
体の動かし方を体得していた俺は、新たな流派を見るごとにそれを体に刻み続け着実に強くなった。村を離れ一年……六歳の誕生日の時、俺は師匠が震え上がるほどの数、剣術を習得していた。
もちろん小さい子供であるため実戦経験などないし、実際に魔物と戦ったら瞬殺されるだろうと思っていたのだが……新たな転機が訪れる。さらに一年が経って七歳の時、魔力の扱い方を学んだ。
この世界に存在する、魔法……それを扱うためには、体の内に秘める魔力を高め制御する必要がある。そうした技術を、俺は師匠の下を訪れた魔法使いから教わった。
結果はすぐに現れて、魔力によって強化された木剣から放たれた一撃は、岩さえも砕いた。それを見た師匠は、さらに興味を持ち……魔法を俺に学ばせた。座学が多くて正直嫌だったけど、これが剣術に繋がるのなら……そう思い、我慢して学び続けた。
そこからは、ひたすら鍛錬の日々が続いた。一年、また一年と経つごとに、自分でも信じられないくらい成長を感じた。そして十歳の時……忘れもしない、春を迎えた時期。俺が暮らしていた町が人類を脅かす存在、魔王――その手勢である魔物と、それを率いる魔族の襲撃を受けた。
後に聞けば、魔王の指示によって辺境に近しいこの町を狙ったらしい。兵士や騎士は奮戦したが、陥落は時間の問題だった。その中で俺は……師匠の制止する言葉も聞かず、戦場へ飛び込んだ。
傍から見て、無謀な行為だった。最初自分でもそう思ったし、緊張のためか誕生日に贈られた鉄製の剣が、ずいぶん重く感じられた。そして魔物――漆黒の異形の群れと相対した時……俺の心に宿ったのは恐怖でも、不安でも絶望でもなかった。勝てる、という強い確信――それだけだった。
戦闘が始まると、俺は押し寄せる魔物を全て一撃で倒し始めた。魔物に刃が当たった瞬間、剣先から感じ取れる敵の魔力を瞬時に分析し、どの程度の力を込めれば倒せるのか理解できた。自分の筋肉をどう動かし、魔力を使って剣と体をどう強化すればいいのか明瞭にわかった。そして目を凝らせば、魔物が持つ魔力の流れを捉え動きを予測できたため、どう立ち回ればいいのか完璧に把握できた。
俺の戦いぶりに敵も、味方でさえも目を見開き驚いた。そこで総大将である魔族の指示が聞こえた。あの小僧を殺せ――そんな言葉だったと思う。
俺は魔族の近くにいた側近でさえも一撃で倒すと、総大将である魔族は怒り狂って俺へ突撃した。暴虐とも呼べる魔力が俺の体に突き刺さる。人々を恐れさせ、騎士や兵士が膝をつき許しを請うほどの力を浴びて……俺は、何も感じなかった。ただただ魔族の力はこういうものなのかと、妙な納得感を抱いた。
決着は一瞬だった。相手の動きを完璧に見切った俺は、いとも容易く魔族の首をはねた。それで大勢は決した。残る魔物を全て倒し、敵の姿が消えたのは二時間後。それだけの時間で、俺は町を襲撃した魔族と魔物を滅したのだ。
この戦果は、驚くほどの速度で国中に伝わった。十歳の子供が、魔族を圧倒する。そんな情報は様々な尾ひれをつけながら、拡散したらしい。俺が住む町では英雄が出現したと騒ぎ、師匠や育ての親が鼻高々にしていた時、俺を訪ねる人が現れた。
それはとんでもなく豪勢な馬車に乗った、同年代の少年。金髪碧眼かつ、真っ白い貴族服は直視すれば目が潰れるのではないかと思うくらいにまぶしかった。黒い髪、黒い瞳で着古した稽古着を着て剣を振る俺なんかが相手していいのかと思ってしまうくらいだった。
「――ジーク=ウィステン。君の力が欲しい」
開口一番、彼はそう告げた。相手はその身なりに沿う高貴な人物。国の片隅、辺境の町で暮らす俺も知っていた。この国――人類が暮らす領域全てを統一したオルバシア帝国の次期皇帝、アゼル皇子だった。
「十歳にしてそれだけの腕前……おそらく人類の中で、いや……世界であらゆる種族の実力者を凌駕する、最強の剣士になれる」
断言だった。俺はそんな言葉に目を丸くするしかない。
「オルバシア帝国は現在、戦士を集めている。その理由は竜、エルフ、天上神、魔族……ありとあらゆる種族と交渉し、時には武力を用いて戦い……世界を統一するためだ」
とんでもないことを言い出したと俺ですら思った。しかし目の前の皇子は大望を惜しげもなく、何一つ遠慮することなく、俺へぶつけてきた。
「統一のため、帝国は力をつける必要がある。ただしそれは、武力の拡大とは少し違う。圧倒的な存在……単独で恐ろしいほどの力を持つ魔王や竜に勝てる、個の力が必要だ」
アゼル皇子はそう述べると、俺を見据えた。
「ジーク……君は間違いなく、その一人になれる。いや、違う。君こそ、魔王や竜を倒せる存在になれる」
どういう根拠なのかはわからない。尾ひれのついた話を鵜呑みにしただけかもしれない。しかし、紛れもなく皇子の言葉は本気だったし――何よりその熱意により、心を動かされた。
この瞬間、俺は剣を振る目的を変えた。今までは自分のためだった。しかし、それを他者のために……何より頼ってくれる皇子に報いようと……そんな風に思い、俺は彼の提案に頷いたのだった。