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短編

鼻詰まりのおっさんは臭すぎるからとパーティを追放された美人女騎士と組む〜極稀にある鼻の通りが良くなる日が怖いです〜

作者: 剃り残し

 ギルドの一階にある丸机と椅子が並べられた交流スペースでは若いチャラチャラした奴らがどこぞの店から旨そうな飯をテイクアウトしてきてテーブルを囲っている。


 何人かの外野はそれを恨めしそうに睨む。


「おい! クセェもん食うなよ!」


 別のテーブルにいる外野の一人が若者に向かってそう叫んだ。


「んだよ。そんな臭くねぇだろ!? ただのチーズだぞ!?」


 別にここで飯を食うことが悪いわけじゃない。この場所の暗黙の了解で、匂いのキツイ物は食べない。


 外野の怒り方からして、匂いのキツイ物を食べているのだろう。


 俺は鼻詰まりが酷いのでピンとこない。味すらわからないのでこの数年食べ物を上手いと思ったことすらないのだ。


 そんなわけで食い物の匂いがキツイのかどうか主観的な判断は差し控えていると、二階の方から怒鳴り合う声が聞こえた。


「いやもう無理無理! 頑張って鼻も塞いでたけど隙間から臭いが入り込んでくるんだわ! お前はクビ!」


「なっ……もっと言い方というものがあるだろう!」


「お前みたいなクセェやつはソロでやってればいいんだよ!」


「言われなくてもそのつもりだ!」


 ダン、とドアが勢い良く閉められる音がしたかと思うと一人の鎧を着た女が階段を降りてきた。長い銀髪を後ろでまとめていて、とんでもない美人だ。


 その瞬間、一階にいた人の全員が手で鼻を覆う。若者達の飯がクセェと言っていた人も呼吸すらせずに黙ってしまった。


 状況からするとこの女が何かしらの臭いを発生させているのだろう。俺にはまるでわからないが。


「あの……一人でこのケルベロス討伐を受けたいのだが、可能だろうか?」


 女騎士が受付嬢のところへ行って依頼を受けようとしている。ケルベロスなんて一人で受けるような代物じゃない。手練が十人で行ってやっとこさ倒せる魔物だ。


「すみません……S級の依頼はリスクが大きいため複数の冒険者での受託をお願いしています」


「ふむ……そうなのか」


 女騎士はギルドの一階をキョロキョロと見渡す。


 全員が目を逸らす中、ぼーっと女騎士を目で追っていた俺と目が合う。


 女騎士は俺を向いて手招きし始めた。


 え? 俺? 精々ゴブリンを一対一で倒せる程度のオッサンだよ?


 隣りに座っていた顔なじみの冒険者も「ご愁傷さま」と俺に声をかけてくる。


 さすがに俺じゃないだろうと思いながら、女騎士と目を合わせつつ自分を指差す。


 女騎士はコクリと頷いた。


 無視するのも忍びないので立ち上がって女騎士のところへ向かう。


「なんだ?」


「ケルベロスを一緒に倒さないか? 一緒にと言っても貴方は見ているだけでいい。討伐は私一人で十分だ」


「倒せるのか?」


「あぁ、こう見えてかつては『麒麟のきりんのうろこ』に所属していた。まぁ、今しがたクビになったところだがな」


 麒麟の鱗ことリンリンはギルドで一番有名と言っても過言ではないパーティだ。そこにいる女騎士が特に強く、どんな魔物も彼女を前にするとたちまち萎縮してしまうんだとか。こいつがその女騎士なのかもしれない。どうやらとんでもない有名人に捕まってしまったようだ。


「そんだけ強いなら問題ないか。報酬はどれだけもらえるんだ?」


「半々でいい」


「なっ……半々!?」


「あぁ、仕事を受けることが大事なんだ。どうかな?」


「あ……あぁ。受けるよ」


 こんな美味しい仕事があるだろうか。ただケルベロス討伐の様子を見ているだけでたんまり金が入ってくる。


「では一時間後に城壁の門で落ち合おう。良いかな?」


「あぁ、よろしくな。ディンだ」


 手を差しだすと、女騎士は驚いた顔で手を握ってくる。


「あ……あぁ。アルテミスだ。よろしく」


「何か変か?」


「いや……素手で私に触ろうと思う人がまだいるとは思わなくてな」


「綺麗な肌してるじゃねぇかよ。おっさんからしたら羨ましい限りだよ」


「ふっ……ハハハ! そうかそうか! ではまた後でな!」


 アルテミスは高らかに笑うとギルドの建物から出ていく。


 顔馴染の冒険者が俺に近づいてきた。


「おい、ディン。お前、大丈夫なのか?」


「何がだ?」


「あいつだよ! あの女騎士! 腐った玉ねぎの臭いがすんだろ!?」


「そうなのか? 鼻が詰まってて分かんねぇんだよ」


「いや……お前すごいわ……」


 ただ鼻が詰まっているだけの事がそんな凄いのだろうか。


 ◆


 アルテミスと合流。乗り合いの馬車で目的地まで向かおうとしたのだが乗車拒否。理由は恐らくアルテミスの臭いのせいだろう。


 仕方がないので二人で徒歩で目的地まで向かう。


「ディン、すまないな。私のせいで……」


 アルテミスはかなり落ち込んでいる様子。


「気にすんなよ。心の狭い奴らだよな。それにしてもいつからなんだ? その……周りから言われだしたのって」


「ん? 16の頃だから……2年前だな」


「そうなのか……」


「私は悪魔と契約したんだよ。生まれ育った村が賊に襲われて、一度殺されたんだ。どうしても死ぬのが嫌で、悪魔と契約して『どんなやつにも負けない力』が欲しいって願った。そうしたら、ありえないくらいに体臭がキツくなった。おかげでまともな嗅覚をした奴には負けなくなったよ。私の臭いで勝手に弱るんだ」


 ある意味最強の範囲デバフなのかもしれない。悪魔云々は冗談なのだろう。そんな話は聞いたことがない。アルテミスは単に臭いだけ、それだけだ。


「そのジョークには漏れがあるな」


「漏れ?」


「あぁ。だって俺には効かない訳だ。つまり『どんなやつにも負けない』わけじゃないだろ?」


 アルテミスは驚いたような、嬉しそうな顔をして俺の腕を小突く。甲冑に笑顔は似合わないが、アルテミスは笑うと目がひしゃげるタイプらしい。


「ありがとう、ディン」


「別に……まだ何もしてないだろ」


 ケルベロスの出現地までは歩いて数日かかる。途中、飯や宿の調達もあるだろうけど普段はどうしているのか気になってきた。


「アルテミス……その……普段ってどうしてるんだ? 宿屋とか、飯とか」


「普通に使っていたよ。まぁ……これまでは我慢してくれていたんだろうな。私も今日まで魔物にだけ効くものだと思っていたからな。これからは野宿だろうな」


 水浴びもし辛いだろうから更に臭いが強くなる無限ループが完成しそうだ。まぁ、俺は鼻が詰まっているからわかんないしいいのだけど。


 ◆


 道中、宿場町を見つけたのでアルテミスを伴って宿泊交渉をしたのだが、当然のように拒否。


 仕方がないので街から離れたところでアルテミスを待機させ、俺が買い物をして彼女のところへ持っていくということを繰り返しているうち、ケルベロスの住処へ到着した。


 森の奥へ分け入っていくと、木々がなぎ倒され、真っ黒な炭になっている一帯にかち合う。


 そこには、5メートルはあろうかという四足歩行の巨体に3つの頭をつけた犬がいた。冥府の番犬と呼ばれるに相応しい巨体は俺達を見つけると「クゥン」と弱々しい声を出した。


「ディン、風属性の魔法は使えるか?」


「超初歩的なやつなら。そよ風だぞ」


「それでいい。私の背後に回ってあいつに向かって魔法を打ってくれ」


「あ……あぁ」


 俺が背後に回るとアルテミスは上半身をはだけて両手を上に挙げた。肩甲骨のラインが美しい。横乳もちらっと見えるのだが、こいつは旅の仲間。エロい目で見てはいけない。


 アルテミスが腕を挙げた途端、一気に臭いがキツくなる。アルテミスの匂いの発生源は脇らしい。


 そこを通り過ぎるように風魔法を放つ。


 すると、ケルベロスは涎とも涙とも見分けがつかない汁を3つの顔から流し始めた。明らかに苦しんでいる。俺は風上にいるので問題ないのだが、どうやら直に嗅ぐととんでもないことになるようだ。


 数分間そうしていると、ケルベロスは3つの口から嘔吐を始める。


 そこでやっとアルテミスは服を着て剣を抜いた。


「さぁ! 行くぞ!」


 相手はもう瀕死だ。犬なのだからただでさえ鼻が利くところにこの仕打ち。どんな魔法よりも強力に思える。


 アルテミスは一切の手加減をすることなくケルベロスの首を順番に切り落としていく。


 グオオオと一応苦悶の声を上げたケルベロスだが、その前に地獄の苦しみを味わっている姿を見ていたのでむしろ解放されたまであると思ってしまう。


 アルテミスの剣の腕も見事なもので、腋臭によるデバフ攻撃に頼らなくてもその辺の魔物なら簡単に倒してしまう程の腕前はあるように見えた。


 絶命したケルベロスの身体が溶けていく。


 魔物は体内に魔石という結晶を大なり小なり持っていて、それが魔物討伐の証となる。


 大人の頭くらいある、見たことないほど大きな魔石を抱えてアルテミスは戻ってきた。


「さて、仕事は終わりだ。帰ろうか」


「あ……あぁ」


 アルテミスは自嘲気味に笑う。


「汚いよな。こんな戦い方……だがこれも生きるためなんだよ。農作業をしようと、商売をしようとどうせ私は臭いんだ。それならこの臭さを活かせる仕事をしたいんだ」


 魔物を腋臭でイジメ倒すことが最適な仕事とは思えないが、とはいえこれも必要な仕事。S級のエリート冒険者を何人も動員せずともアルテミス一人で片がつくなら全体としては助かっているはずだ。


「俺は気にならないぞ。この旅の間、一度もお前を臭いと思わなかったからな」


「ディン……お前はどうしてそんなに優しいんだ!? 本当は臭いんじゃないのか!? 必死に我慢しているんだろう!?」


「我慢なんてしてないよ」


 ただ鼻が詰まってるだけだし。


「ディッ……ディン!」


 アルテミスは泣きながら俺に抱きついてくる。


 彼女がこれまで受けてきた扱いを思うと俺までもらい泣きしそうだ。彼女はずっと孤独だったのだろう。側に誰もよってこない。焚き火をしても誰も隣に座ってくれない。そんな想像上の彼女の生活が頭をよぎる。


「こっ……これからも一緒に……パーティを組まないか? お前みたいなやつは初めてだ。本当にこれは運命なのかもしれない」


「そっ……そうか? 俺なんて中年の役に立たないオッサンだぞ」


「風魔法が使えればいい。それに風が強すぎると、関係のないところにまで匂いが広がるだろう? あの程度で丁度いいんだ」


 強力な風を起こすだけで災害級の合体技になるだろう。


 それにしても、アルテミスの胸がさっきからグイグイと当たってきていて中々に対応が難しい。


 興奮したからなのか、数年ぶりに鼻の通りが良くなり一瞬だけ鼻から空気を吸い込んだ。


「エンッ!」


 思わずむせ返るほどの玉ねぎ臭。これがケルベロスの通った世界なのか。


 そりゃ入店拒否もされるし、馬車なんて一緒に乗りたくないだろうし、ケルベロスも瀕死になるし、パーティからも追放されるだろう。


「だっ……大丈夫か!? やはり……」


「いっ……いや、大丈夫! 本当に! アルテミス、これからもよろしくな」


 むりやり鼻に力を入れて詰まらせて匂いをシャットアウト。


 この数年鼻から空気を吸えたことなんてなかった。これはたまたまだろう。


 だからこれからも俺はアルテミスといてやれる。


 そう感じながら彼女の脇に鼻をねじ込むのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファンタジー世界の住人たちは割と臭かったと思うぞ。現実の偉人達や平安貴族達も大概だからな。
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