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8 からかってるだろう

「やぁ、レナ。久しぶり」

「…………三日前にもきてませんでしたっけ」

「細かいこと気にしない気にしない」

「気にします!」


 目を細めて、あたしは目の前の男を睨みつける。

 あの日から、アルクス殿下は頻繁に伯爵家を訪れていた。理由は、未だ外に出にくい立場のフレデリカと話すため。なのだが。


「ふふふ。殿下がレナと仲良くなってくださって嬉しいわ」

「ああ、俺も仲良くなれてうれしいよ。あの噂の……くくくっ」

「笑いにきたなら帰ってくれません!?」


 あたしがフレデリカの婚約者だったイーサン・ジェイコブを殴ったことは、何度かここにきている間にフレデリカに聞いてしまったらしい。

 裏でこそこそ言うやつらとちがって、殿下はどうもそれがツボにはまってしまったらしくわかりやすくおちょくってくる。正直うざい。


「王子殿下はお忙しくないんですかね!」


 文句をいいつつお茶を入れてやる。

 殿下がいるときは必要最低限の侍従で対応することになっているらしい。というのも、これはちょっとしたお忍びだからだ。だから殿下は軽い服装をして、護衛を1人だけつれてやってくる。

 実はあの迷子になっていた日もそばにはひっそり護衛がいたらしいというのだから、あたしはちょっと落ち込んだ。

 さすがにプロの気配を探るのはできない。前世のあたしならできたかもだけど、こっちにきてからは喧嘩自体しないし……。そういえば殴ったのも久しぶりだった。怒鳴り散らすこともなくなって、お淑やかになったもんだよ。って思ってるのはあたしだけかもしれないけどさ。


「忙しくないわけじゃないけど、フレデリカとレナに会いにくるのはいい息抜きなんだよ。城とこのお屋敷は近いしね」

「殿下はとてもお仕事をこなすのがお早いのよ。昔からそうなの」

「遊びの時間のためなら、多少無茶しても仕事を終わらせるのが俺のやり方でね」


 ふうん。とあたしは適当に返す。正直仕事っていう仕事をしたことないあたしには王子がする仕事がどんなものかわからない。だから、大変だね、とかすごいね、とか簡単にはいえない。

 前にそんな話をしたら、殿下は随分嬉しそうな顔してたっけ。本当にツボがわからない人だ。ただどうにも、あたしはこの王子に気に入られているらしい。


「で、レナ、今日は暇な時間ある? 一緒に散歩でもしない?」

「ないです。あの、殿下はフレデリカに会いにきたんじゃないんですか」

「うーん。我ながら、最近はレナにちょっかい出しに来てる感があるよ」

「あら、わたくしはついでですか?」


 うふふ。あはは。なんて笑っているが、つまりフレデリカのいう通りなのだ。あたしに会いに来てるって? 


「殿下って趣味悪いですよ」

「ええ? 君は可愛いと思うけどなぁ」

「はぁ、お世辞をどうも」


 適当に流す。殿下は困ったように笑った。


「なぁ、フレデリカ。レナって前からこうなのかい?」

「そうなのですよ。かわいいって言っても適当に流されてしまうんです」

「そうか。じゃあ、今度から会うたびに可愛いと言ってみよう。そうして自覚してくれると嬉しいな」

「まぁ、それはいい案ですわ殿下」

「いや、なにも良くないですけどね」


また、うふふ。あはは。なんて笑っている。この2人合わさるとめっちゃ厄介。



 

 しばらくしてお茶も冷めた頃に王子は帰り支度を始めた。

 あたしは彼の上着を差し出す。


「ありがとう」

「いえ」

「…………」

「なんです?」


 無言で見つめられて居心地が悪い。それでもアルクス殿下はなかなかあたしから顔をそらさない。だいぶ困って、そろそろ目を逸らしてくれないかなと思ったあたりで、殿下は唐突にあたしの赤い髪を掬い取った。


「へ!?」

「な、レナ。最初に会った時みたいに、アルって呼んでくれない? あと敬語もできればやめてほしいな」

「そ、それはあの時は殿下だなんて知らなかったですし。あたしの敬語ってうまく使えてないから、これでも怒られちゃうっていうか。これ以上タメ口きくのはちょっと」


 タメ口? どういう意味? なんて聞いてくるが、あたしの髪はそんな中でも殿下の手の中だ。身をひいたらどうなるだろうか。髪離してくれるだろうか。まさか引っ張られるなんてことはないだろうが。


「頼むよ。こないだみたいなの、俺嬉しかったんだ。だから」


 じっと見つめられる。

 うぅ。あたしはイケメンに見つめられ慣れてないんだ!


「わ、わかった。わかった。アルって呼ぶから、手離して……」

「ありがとう!」


 パッと手を離して、殿下、あらためアルは嬉しそうに笑った。

 それはそれは全力で笑うものだから、あたしはたじたじ。これ、多分あれだ。こういう方法で女を落とすんだろう。あたしは落とされないからな!。


「わかったから! 帰るんだろ! 帰れ!」

「はは。帰るよ。帰るよ」


 背中を押す。背中越しに手を振られて、あたしもぎこちなく手をふる。

 なんだあいつ。


「ふふふ。レナに春がきたわ」

「フレデリカさん、今なんて?」

「なんでもないわ」


 ああ、やっぱり揶揄われてる。

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