14 王子の友人
この城に着いた翌日、一通りの仕事を教育係について覚えてを繰り返していたあたしに、アルクスから連絡があった。といっても、他の侍女を通してつたえられたんだけど、単純に、お茶をもってきてほしいという話だった。3人分。
客でも来てるんだろうか。あたしはなんとか教えてもらいながらカップを選ぶ。入れるお茶とカップとって色々変えなきゃいけないのが面倒臭い。この国はイギリスみたいにお茶が名産だからこういうことはしょっちゅうだった。
なんとか準備したお茶をカートに乗せて執務室に向かう。昨日はいったけど、執務室は予想より小さい部屋で、アルクスが1人で机に向かって大量の紙と睨めっこしていたイメージしかない。
たどり着いた部屋をノックして、扉を開けようとしたら、先に扉があいた。
アルクスだ。と思ってお礼を言おうとしたあたしは固まる。
「…………あの、お茶を……」
「ええ。ありがとうございます。どうぞ中へお入りください」
誰だ。
黒髪に黒い目。こっちに来てこんなに日本人ぽい特徴をもった人に初めて会った。ついでにメガネも。野暮ったい感じはしない。インテリって感じの男だった。年齢は、アルクスと同じくらいだろうか。
「レナ。きたか!」
執務机の向こうから、アルクスが大股で近づいてきた。そして、さっとカップに湯を入れ始める。
「ええ……」
「勝手にやっていただけばいいのですよ。お好きなんです。紅茶を淹れるのが」
と黒髪メガネがいう。
あたしが呆然と見ている間に、お茶はすぐに入ってしまった。3人分。
そしてソファに誘導される。ってうん?
「あ、あたしも座るんですか?」
「当然。なんのために呼んだと思ってるんだ?」
至極当然という顔でアルクスに言われて、混乱が大きい。
おろおろするあたしの前に、さらに驚くべきことに、黒髪メガネがやってきて頭を下げた。
「えっ」
「ミゲル・ゴートンと申します。殿下の付き人をさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします。レディ・レナ」
「こ、こちらこそ。あ、レナ・ハワードと申します」
身分はよくわからないが、着ているものはいいものだし、王子の付き人ってことだから、多分身分がいい人なんだろう。と思って挨拶を返す。
そんなあたしを見る目が、なんとなく剣呑に光った気がした。
「堅い挨拶はやめろよ。レナ。ミゲルは俺の友人でもあってな、昔からずっと一緒なんだ。フレデリカと同じく、幼馴染みたいなものか。仲良くしてやってくれ」
「は、はい」
「ああ、あとミゲルの前では殿下って呼ばなくていいよ」
「はい!?」
そんなわくわく顔で見られても!
「わ、わかりました」
「敬語もだめ」
「わ、わかった、アル」
ほらぁ! ミゲルさんすごい顔してるじゃん! 怖い顔してるじゃんよ!!!
「ミゲルも、そういうことだから、レナを脅かすんじゃない」
「まさか、そんなことしてませんよ」
にこやかにミゲルさんが言う。威嚇してただろう! 絶対!
「ミゲルは俺の護衛みたいなものでもあるからさ、人が来ると警戒する癖があるんだ」
「そんなことありませんよ。普通です。殿下が気を抜きなんです」
あたしはギスギスしそうな空気を感じながら、なんとかお茶に口をつけた。
おお、美味しい。
「おいしい?」
「エスパーか。おいしいよ」
嬉しそうな顔をするアルクスを見ていると、色々絆されてしまうというか。友達の頼みとあれば、友達の友達とも仲良くなって見せますとも。頑張るあたし。
「殿下、もう少し王族らしくしゃんとしてくださいね」
「わかっている。人前ではちゃんとしてるだろう」
「レナ嬢の前でもですよ」
「ああ、あたしは全然、これで、アルがこんな感じっていうのは、まぁ見慣れてるんで今更」
「お? 俺だって初めはちゃんとしてただろう?」
「大笑いしてたじゃん。あれはちゃんとしてるって言わないだろ」
「それはレナが面白いのがいけない」
「人のせいにすんな!」
「な! ほら! な! ミゲル」
「……ええ、まぁ、はい。珍しいご令嬢ですね……」
うん?
首を傾げたあたしに、ミゲルさんがため息混じりに説明してくれた、いわく。
あたしがアルクスに対してどれほど気軽に接しているかということを、アルクスはミゲルに話ていたそうなのだが、ミゲルはそんな令嬢いない。と思っていたらしい。
目の前であたしが殿下のことを呼び捨てにしたり、適当に流したり、ってするのをみて、本当にそうだったって言うのがわかった。ということらしい。
うわぁ、気恥ずかしい。
「す、すみません」
「レナはそのままでいい。いや、そのままがいい」
身を乗り出して、あたしに言うアルクスにあたしはタジタジ。
だから、顔! 近いんだって!!
アルクスとは逆に顔を遠ざけるあたしを、しばらく見ていたミゲルさんが真面目な顔をした。なんだろう。何を言われるんだ?
「レナ嬢。これからも殿下とは節度をもって接していただければ」
「……節度」
ああ、この距離を詰めてくるのをどうにかして距離をとれってことね。了解。
「ええ、はい。わかりました。アル距離近いですって」
アルクスがすこしおっかない顔をしていたが、あたしがアルクスを強引に押して椅子に戻すと、奇妙に嬉しそうな顔をするんだから、こいつのことはよくわからん。
あたしはため息を吐き出して、お茶をまた一口飲んだ。