弟子、ぬるい
今日は寒い日とはいえ、いっぱい遊んで少しは汗もかいた。それにピーリカは果汁を零して服を汚している。いくらエトワールに拭いてもらったとはいえ、完璧にキレイになった訳ではない。いつまでも汚れた服を着続けるなんて、(自称)オシャレ魔女として嫌。そう思っていた。
「わ……わたし、お勉強の前に一瞬だけ帰ってみますね。師匠の様子を見てくるですよ。偵察です。もしかしたら寂しくて泣いてるかもしれねーので。そうしたらポロリと喋ってくれるかもしれねーです」
「ピーリカさん、そう言ってそのまま戻ってこないとか」
「そんな訳ないでしょう。わたしは心優しい美少女なのですよ。裏切ったりしねーです。戻ってきたらお勉強だってするです。女に二言はねーのです」
「そうですか。ではいってらっしゃい」
ピーリカは魔法で誰の物だか分からないほうきを召喚し、黒の領土へと帰る。肌に当たる冷たい風に痛みを感じたものの、来る時は師匠に抱っこされて来た事を思い出し。だから来た時は痛くなかったのか、なんて考え始めたら肌の痛みは感じなくなった。その分、胸の方は少しだけ苦しいけれど。
家の中に入ったと同時に、おいしそうな匂いが漂ってきた。廊下を通ってリビングに、そして台所に近づいていくにつれ、その匂いが強くなっていく。
いつもなら「ただいまですよー」と挨拶をするのだが、彼女は絶賛ボイコット中なので。
「わたしが来てやったですよ、感謝しやがれです!」
そう言って部屋の中に入る。台所に立っていた師匠は、鍋をかき回していた。火を扱っているからか、毛布には包まっておらず。毛布はリビングのソファの上に放り投げられていた。マージジルマはいつものシワだらけのローブ姿で、呆れた表情をしながら弟子を見た。
「お前本当にボイコットが何だか分かってねぇだろ……おかえり」
「分かってますよ。ただいま帰ってません。偵察に来てついでにお風呂に入りに来ただけなので」
「寒いから夕飯シチュー作ってるんだけどさぁ」
「人の話を聞けです! 言っておきますが、そんなご飯につられたからといって居続けたりしません。それにシチューだなんて……明日にとっておくくらい出来るでしょう」
「味見するか?」
「す、し、しません!」
「あっそ」
マージジルマは小皿にシチューをよそい、自分で味見をする。
「あーうまい。あったかくてコクがあってうまい」
「嫌がらせするなです!」
「感想を述べただけだろ」
「感想の感想を述べただけです。大体、まだ外は明るいんですよ。もう夕飯作ってどうするんですか。師匠のいやしんぼ!」
「夜になったらまた冷え込むだろうからな。そんな寒い中で料理したくねぇし。寒い中食うシチューは、きっとうまいだろうな。あぁでも、ピーリカはボイコットして帰って来ないんじゃ食べられないな。こんなにうまいもんを食えないなんて可哀そうに」
「あ……明日食べるからとっとけです、明日食べるシチューだってきっとおいしいですもん!」
どうやら食べたくない訳ではないらしい。ピーリカにとって、シチューは温かくてとてもおいしい食べ物という認識だ。むしろ食べないという選択肢はない。
マージジルマは鍋の火を止め、ソファの上にある毛布を掴む。すぐさま包まり、そのままソファに座った。
「ピーリカ」
彼女の名前を呼び、布団の下から手招きするマージジルマ。
「……何です師匠」
「来い」
好きな男に来いと言われてしまっては、行きたくなるのが恋する乙女。だが素直ではない彼女がピッタリ近づく事はなく。ほんの三歩ほど近寄った。マージジルマは毛布の中から右腕を出し、グイっと彼女の左手を掴む。ほんの三歩からほんの一歩程の距離まで近づけられたピーリカは強めの口調で嬉しさを隠す。
「ま、また人を暖房にしようとして! 一応暖房あるんですからつければいいのに、師匠は本当にケチですね。わたしじゃなかったら訴えられてるですからね!」
「ぬるい」
そう言ってマージジルマは彼女の手首を離した。暖房として見れない以上、弟子として扱う。今はまだ、決して異性としては見ない気でいる。
ぬるいと言われたピーリカは頬をパンパンに膨らませた。怒った事により多少は体温も上がったかもしれないが、流石の子供体温でも今まで外にいた彼女は少し体を冷やしていたようだ。
だが彼女達の距離がそれ以上近づく事はなく、マージジルマはピーリカを立たせたまま会話を続ける。
「つーかシチューとっとけって、明日には帰ってくる気なのか」
「明日になれば師匠だって泣いて迎えに来てくれるでしょう」
「行かねぇよ」
「何故です? そりゃわたしだって師匠に迎えに来て欲しいなんて思ってねーですよ。でも師匠、わたしがいなかったら寂しくて死んじゃうでしょう? こんな山奥で死んだら誰一人気づいてくれませんよ」
「そんな事で死ぬ訳ねぇだろ。例え死んだとしても国に影響出るからな。シャバ辺りがすぐ来るだろ」
「死んだ後じゃ遅いんですよ。これだから師匠は。やっぱりかわいい弟子が必要ですね。わたし、本当はこんなモサ男の傍にいるの嫌なんですけどね。まぁ、わたしは寛大だから? 嫌だけど? 仕方なーく師匠とと一緒に暮らしてやるです。感謝してください」
ピーリカの父親も似たような事を言っていた気がする。マージジルマはそう思いはしたものの、彼女の父親と違ってピーリカの事を世界で一番お姫様だとは思って無い。
「誰が感謝なんかするか。それよりエトワールはどうしたんだよ」
「お勉強してます」
「お前も少しは見習え」
「……やっぱり師匠も、わたしにお勉強してほしいんですか?」
「そりゃそうだろ。勉強しろって言う奴はいっぱいいるだろうけど、勉強するなって言う奴はそんなにいないと思う」
「じゃあ、いっぱいお勉強して素晴らしい魔法使いになったら、お仕事手伝えって言うですか?」
「まぁ、考えてやらない事はない。本当に素晴らしい魔法使いになれたらだけどな」
そう言われてピーリカの妄想が膨らむ。白いウェディングドレスを着たピーリカはタキシード姿のマージジルマの隣に立つ。途中なんか悪そうな奴が出てきてもなんか素晴らしい魔法でカタブラ国の平和を守り。モブ達からは『強くて世界一愛らしくて天才な花嫁!』『マージジルマ様は幸せ者!』などと言われている。
「そうですか。じゃあ少しは頑張ってみましょうかね。わたしは天才なので勉強なんてしなくても賢いですけど、お勉強したらもっと賢くなれるでしょうし」
「へぇ、珍しい。なら何でもいいからやってみろよ。ただし爆発はダメだ、家の中で出来る魔法にしろ」
そう言われて、きょとんとした顔になるピーリカ。
「それはもしや、師匠がわたしを見てくれると言う事ですか?」
「魔法の勉強するって話じゃなかったのか?」
お勉強と言っても種類はある。文字の読み書きだったり数字の足し引きだったり。それこそ彼女達のような魔法使いであれば当然、魔法の勉強だってある。ピーリカはただ勉強するという考えであったため、どんな勉強をするかなんて考えてもいなかった。ついでに言うとエトワールがどんな勉強をしようとしていたのかも分かっていない。
「魔法のお勉強でも別にいいんですけど、わたしエトワールとお勉強するって言ってしまったです」
「ふーん。なら行って来いよ」
「でもそれだと師匠はわたしの事見てくれないんですよね」
「寒いからな。帰ってきたら見てやるよ」
「わたしボイコット中なんです」
「ここにいる時点でもうボイコットになってないんじゃねぇの?」
ピーリカは悩んだ。師匠に手取り足取り教えてもらう方を取るべきか、エトワールと仲良くお勉強をするべきか。
恋する乙女としては師匠を取りたいが、エトワールとの約束を破るのも心苦しい。
せめてエトワールと勉強をした後すぐ家に帰れればいいのだが、ボイコット中は家に帰れない。ピーリカは悩み考え、閃いた。




