弟子、ボイコットをする
「なんか邪魔な木が生えてる!」
「あーん、通れない!」
通行の邪魔になっている大木は、代表達に不満の声を漏らさせた。
腰に手を当てたピーリカは、木の穴の淵に足をかける。
「そこの下々、跪きやがれです!」
ピーリカは大人より目線が高い事に機嫌を良くしている。偉そうにしている弟子に対し、マージジルマが声をかけた。
「ほらピーリカ、帰るぞ。とっとと降りてこい」
「帰りません。わたしとエトワールは師匠が頼み事を聞いてくれるまで、おうちに帰りません。我々が家に帰らない、それすなわち、我々のご飯が勿体ない事になるです。そして子供にご飯を食べさせない大人は、世界的に悪い奴だと思われるですよ!」
ピーリカの隣から、エトワールがひょっこりと顔を出す。ピーリカの服の裾をクイクイと軽く引っ張る。
「ピーリカさん。世界的にというより世間的に、では? 世界でも食料問題は深刻かもしれませんが」
「まぁそうとも言うですね」
偉そうな態度のピーリカはさておき、彼女と一緒にエトワールがいる事に驚く代表達。
マハリクはマージジルマを叱る。
「マージジルマ。お前の弟子にうちの弟子を巻き込むのは止めるよう言いな!」
「決めつけてんじゃねぇぞクソババア。逆かもしれねーだろうが」
「そんな訳ないじゃろ」
他の代表達も口に出さないが、八割ピーリカが原因だと思っている。ただ一人弟子を信じているマージジルマは、再びピーリカに声をかけた。
「おらピーリカ、降りてこい! 悪い事したんなら隠れようとしないで反省しろ!」
信じてはいるが疑っていない訳でもない。
「悪い事なんてしてねーですし、それで隠れようとしてる訳じゃねぇです! 絶対に降りねーですよ」
「降りてこないとお前の恥ずかしい秘密を大声で叫ぶぞ」
「脅迫するなです。それにわたしに恥ずかしい秘密なんてありません。あるとしたら師匠が変態だという事だけです!」
「誰が変態だ! お前の秘密なんていくらでも知ってるんだよ。いいから降りてこい」
「嫌です」
「あぁそうかよ。おいピピルピ、ちょっと来い」
ピピルピを手招きしたマージジルマは、弟子には聞こえないくらい小さな声で彼女に話しかける。
ピーリカは態度には出さなかったものの、内心ムッとしていた。ただでさえ痴女と師匠が近づいていて不快なのに、目の前で内緒話をされるなんて。
「えーっ、嘘ーっ。ピーちゃんったら、かぁわいいー」
ピピルピは目を輝かせてピーリカを見つめる。
そんな彼女を見て、ムッとしていたピーリカは一転。見るからに動揺し始めた。
自分がかわいいのはいつもの事だが、ピピルピの態度を見るに何だか小ばかにされているような気もする。自分の秘密なんて師匠を好きだという事と、部屋の机の奥に破いてしまった本を隠している事くらいだ。だがそれはどちらも師匠にはバレていない。自分が気づいていないだけで、何か恥ずかしい秘密があっただろうか。なんて思っている。
「な、何言ったですか、何言ったですか!?」
ピーリカの問いに、マージジルマは首を左右に振った。
「教える訳ねぇだろ。早く降りてこい」
「降りませんけど、何言ったか教えろです」
「降りてきたら教えてやってもいい。むしろ降りてこないと他の秘密も全部ピピルピにバラす」
「ひ、卑怯ですよ!」
よりによって痴女に秘密を知られ、特に思い当たる事がないとはいえ他にも秘密をバラされそうになっている。こんな屈辱を受けるなんて。ピーリカは顔を赤くして怒っていた。
マージジルマにとっては、弟子がそんな態度をとる理由が分からない。
「せめてエトワール帰してやれよ。それとも、お前が帰してもらえないのか?」
「両方です。わたしたち、ぼこいっこしてるので」
「ぼこいっこ……?」
ボイコットを間違えて覚えているピーリカ。未だにボイコットが何かは理解していない。何となく家でご飯を食べない事だと思っている。エトワールは再びピーリカの服の裾を引っ張った。
「ピーリカさん、ボイコットです」
「そうとも言うですね」
決して間違えたとは言わないピーリカ。
そんな光景を見て、マージジルマは確信を得た。
「……おいババア、やっぱり主犯はエトワールだぞ!」
マハリクもピーリカとエトワールの様子は見ていたが、未だに信じていない。
「何を言うか。確かにこの木を出したのはエトワールかもしれんが、エトワールが人を困らせるような事をする訳がなかろう」
「エトワールが何を企んでるのかは分かんねぇよ。ただ一つ、これだけは確実に言える。ピーリカがボイコットなんて知ってる訳ねぇんだよ! 明らかにエトワールの入れ知恵だ!」
「そんな訳……まぁ、知らなさそうではあるか」
他の代表達も口に出さないが、八割ピーリカが悪い訳ではないと納得した。そんな雰囲気を感じ取ったピーリカは悔しそうな顔をした。
「貴様らバカにしてませんか!?」
「バカなんだよ、降りてこい!」
「嫌です!」
叱る師匠にそっぽを向けた弟子。マージジルマはため息を吐いた。
「ったく。そもそも、何でお前らボイコットしてるんだよ。俺に頼みたい事っていうのも、試しに言ってみろ。難しい事でなければ聞いてやらなくはもない」
ようやくわたしの要求を呑む気になったか。そっぽを向いていたピーリカはマージジルマに顔を向け、ぺたんこな胸を張って答えた。
「我々の要求はただひとーつ! サンタマンを連れて来やがれですよーっ!」
「……ぶはっ、お前っ、そんな事でボイコットって、ははははははははっ」
子供の要求に、マージジルマだけが大爆笑。他の代表達は目を点にしている。
ゲラゲラ笑う師匠を前に、意見を述べたのはエトワールの方だった。
「マージジルマ様、サンタマンに会いたいという事のどこがそんなにおかしいのですか? 手荒な真似だとは承知しています。ですがそれ程、私はサンタマンにお会いしたいのです。お願いします、サンタマンに会わせて下さい。せめて居場所だけでもお教え下さい!」
「はははははは、つ、つまりババアのせいじゃねぇか。ババアのせいで子供がボイコットって、はははははっ」
「ババア? お師匠様の事ですか? 何故お師匠様のせいなんですか?」
疑問が増えたエトワールを見て、マハリクは呆れていた。
「エトワール、いい加減そんな子供染みた事を言うのはやめな。大体ね、サンタマンなんて本当はい」
いない、とマハリクが言う前に黄の代表パンプルがマハリクの口元を手で押さえた。
「ばーさん、それはあかんて。子供の夢は壊したらあかん。さっき会議でも言うたやん。あれを廃止するかどうかは国民の意見も聞いてからにするって。決まってないのにネタバレさせたらあかんよ」
パンプルはピーリカ達に聞かれても大丈夫なように、サンタマンをあれとボカす。彼は魔法使いではなく、子を持つ親からの目線で考えている。
そんな彼らをよそに、マージジルマは目尻に涙を浮かべた。
「はー笑った笑った。さてと、帰るか。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
黒の呪文を唱えたマージジルマの手元に、一本のほうきが現れた。きっとそのほうきも、どこかの誰かの物。
師匠が魔法を使う一部始終を見ていたピーリカは言葉で師匠を引き留める。
「師匠、帰る準備してもわたしは帰りませんよ!」
「あぁそうかよ」
「そうです。かわいい弟子が帰らないだなんて寂しいでしょう? だからとっととサンタマンの居場所を教えやがれです!」
「やなこった」
「やなこった!?」




