弟子、おろおろする
寒さに弱いマージジルマは、毛布に包まれたまま玄関まで歩いて来た。のそのそ歩く彼の姿は、まるでカメのようだ。熱籠もる部屋の中でさえ寒さを感じているのに、玄関というものすごく寒い場所に呼び出された彼は見るからに不機嫌そうな顔をしている。
「何だよ、玄関寒いんだから呼ぶなよな」
「このエトワールとかいう奴が泣くんですもん。サンタマンが来なかったんですって」
「エトワール……あぁ、ババアの弟子か。あのクソババア俺には弟子の面倒見れてないとか言っておいて……あぁくそ。ピーリカ、とりあえずソイツはリビングに入れとけ。ジュース飲んでていいぞ。俺は……サンタに連絡してみる」
マージジルマの言葉を聞き、同じように驚く黒と緑の弟子。
「師匠サンタマンと連絡取れるんですか!?」
「お願いします、何故来なかったのか知りたいのです!」
彼女達に背を向け、マージジルマは地下室のある方へと歩き始めた。
「分かった。けど聞き耳立てに来るんじゃねーぞ。サンタは恥ずかしがり屋なんだ。子供に話を聞かれたなんて知ったら二度と来なくなる」
大人しく頷いた弟子達。それほどサンタマンに来てもらえないのは困るらしい。ピーリカはエトワールの手を引き、リビングに連れて行く。
「ほれエトワール。特別にリンゴのジュースを飲ませてやるですから泣き止めですよ。そりゃサンタマンが来なくて悲しいのは分かるですけど、きっと泣いてもサンタマンはやって来ねーです」
エトワールを椅子の上に座らせたピーリカはキッチンに行き、冷蔵庫の中から透明な容器に入ったジュースを取り出す。二つのコップに注ぐ。リンゴの甘い匂いを少しだけ楽しんで、片方をエトワールに渡しに行く。
すすり泣きをするエトワールの顔がコップの中に映った。
「……ありがとうございます」
「どういたしましてですよ。それより、本当に心当たりはないのですか」
「ありませんよ。毎日お勉強だってちゃんとしてましたし、早寝早起きだってしました」
「じゃあ師匠がさっき言ってたのは? 恥ずかしがり屋のサンタマンは話を聞かれると来ないって。サンタマンの声を聞いたとかないですか」
「声どころか姿だって見た事ありません。それなのに、どうして……」
エトワールは再び泣き始める。困ったピーリカは自分の分のコップを机の上に置き、部屋の隅の止り木に止まったラミパスの元へ駆け寄った。眠っていたラミパスの体を優しく抱きかかえ、「これはラミパスちゃん!」と言いエトワールの膝上に乗せる。モフモフは癒しであり、これさえあれば泣き止むと考えていた。だが彼女が泣き止む様子はない。
せめて自分がサンタマンからもらったお菓子を分けてあげられたら、なんてピーリカは思ったものの。それは既に自分の腹の中。
困り果てたピーリカはその場をうろついている。
それからエトワールの泣き声で目を覚ましたラミパスも、状況が理解出来ず困り果てていた。
***
一方、マージジルマは地下室に吊るされた花を掴み話しかけた。
「おいババア、ぶっ飛ばすぞ」
『挨拶もまともに出来ないのかい』
マージジルマからしてみれば、もはやこれが挨拶と言っても良かった。
「てめーの弟子がサンタマンが来なかったとか言ってうちで泣いてる」
『エトワールが? そうか……放っておいていい。そんな所にいないで早く帰れって追い出しな』
「俺はババアと違って薄情じゃねぇんだよ。何で菓子やらなかったんだよ」
『あの子には必要ないからさ。むしろマージジルマが弟子にくれてやってた事にびっくりだ』
「ほっとけ!」
『とにかく、あたしはもうあの子に菓子なんかやらないよ。そんな事より早く帰って勉強しなって伝えてくれ』
「はっ、頭の固いババアだ」
『お前が軟弱なだけじゃろ』
「あ?」
『師匠がそんなだからピーリカも成長しないんじゃろ』
「んだとクソババア!」
生真面目が多い緑の民族。不真面目が多い黒の民族との相性は悪い。その後、とてもじゃないが子供達には見せられない口喧嘩が始まった。
しばらくして、地下室からリビングへと戻ったマージジルマ。その表情は、明らかに怒りを示している。未だに泣いているエトワールに向けて、一言。
「いいかエトワール、お前担当のサンタは死んだ!」
勝手に死んだ事にされたサンタマン。エトワールだけでなく、彼女の横に立つピーリカも悲しんでいる。
流石にショックが大きいかと、マージジルマは焦りながら慰める言葉を考えた。そして。
「まぁ何だ、本当の事を詳しく知りたきゃババアに聞け。それはそれでショック受けるかもしれねーし、信じたくなかったら信じなくてもいい。けど別にサンタが来なかったってのは悪い事じゃない。サンタが来なかったって事は、大人になったってのと同じだ。いつか来るであろう未来が、お前は他の奴より早く来たってだけ。寂しくても悲しくても、いずれは来なくなるんだ」
納得したのか、エトワールは泣き止んだ。
顔を上げた彼女の表情を見つめたラミパスは、マージジルマの右肩へと飛び立った。もう大丈夫、そう思ったらしい。
エトワールは目元に溜まった涙を指先で拭い、口角を上げた。
「そうですか……そうですね。大人になったらサンタマンは来ないんですもんね。大人になったと思って諦めます。今まで来てくれていただけ感謝しないと」
「おう。だから早く帰ってババアの介護してやれ」
「分かりました。急にお邪魔してすみませんでした。それからジュースも、ごちそうさまでした」
「礼儀正しい奴だな。ババアと違って良い代表になりそうだ」
ピーリカとマージジルマに深々とお辞儀し、エトワールは帰って行った。マージジルマは再びソファへと戻る。
「ったく、朝から騒がし……何だよピーリカ、その顔は」
真顔で突っ立っていたピーリカ。彼女はエトワールが泣き止んで良かったと思っている。思ってはいる。
だがちょっと待ってくれ。
サンタマンが来ない事が大人になったという事ならば、自分はどうなるんだ。サンタマン来ちゃったぞ。来てくれた事は嬉しいし、お菓子も美味しかったけれど。
わたしは早く大人になりたい。
そうも思っていた。
ピーリカは表情を変えずに口を動かす。
「あの、師匠。エトワールに他のサンタマンが来る事ないんですか?」
「ババアは頭が固いからな。他の奴が持ってっても追い返すだろうよ」
「そうですか……ちなみに、わたしのサンタマンは元気ですか?」
「あ? あと五千年は生きてやるよ」
「来年は……」
「そんなに心配しなくても来年ならまだ来る」
一日でも早く大人になりたいのに、来年も来られたら困るとピーリカは思っていた。
「わたし……エトワール送ってくるです!」
「元気だなぁ。あったかくして行けよ」
外に出る気のないマージジルマは、弟子が何故送るなど言い出したかなんて考えてもいなかった。




