弟子、困る
ここから各編短くなる予定ですが、最後まで楽しんでいただけるよう頑張ります。よろしくお願いします。
あとババアの名前決まりました。投票ありがとうございました!
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
「わぁああああい、サンタマン来たーっ!」
黒の民族が暮らす、黒の領土の山の中。自分のベッドの前で喜びの声を上げながら、お菓子の入った透明な袋を両手で掲げその場をグルグルと回る少女がいた。これを平和と呼ばず何を平和と呼ぶのか。
まだ起きて時間が経っていないのか、肩まで伸びた真っ黒な髪のてっぺんには寝ぐせがピョンと立っている。薄いピンク色のパジャマは、彼女が弟子入りしたばかりの頃に強請って師匠に買わせたもの。身長は133センチと低いものの、大人の中に混ざれば確実に目立つ程愛らしい顔立ちをしている。
彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。
「まぁわたしお利口さんですからね。サンタマン来て当然ですね」
彼女の言うサンタマンというのは、冬の寒い日の夜にやってきて寝ている良い子の元にお菓子を置いて行く妖精……という事になっている。
実際カタブラ国にそんな妖精は存在せず、代わりに大人達がお菓子を置いていた。つまりは子供のためのイベント事。
子供のピーリカはサンタマンが実在すると信じ、喜んでいた。
自分の部屋を飛び出し、リビングへと走り行く。
「おはようですよ師匠、見なさい、サンタマンが!」
ピーリカはお菓子の入った袋を師匠に見せつけた。
「はいはい、おはよ。良かったな」
寒いのか毛布を体に巻いてソファに座っている、ボサボサな黒髪の男。ただでさえ158センチと小柄なのに、ソファの上で丸まっている彼の姿は余計に小さく見えた。腕や足は勿論、顎まで毛布で包まれている。
彼の名はマージジルマ・ジドラ。黒の魔法使い代表であり、昨日サンタマンの代わりに弟子の部屋にお菓子を放り投げた男である。
つまり見せつけられた所で何も驚かない。
だが真実を知らないピーリカ。いつも通り、偉そうな態度を取る。
「まぁわたしお利口さんなので。お菓子を貰えて当然なのですよ」
「はいはい、おりこーおりこー」
師匠にもお利口と言われ、機嫌の良いピーリカ。どんなにマージジルマが適当に言った言葉でも、彼女にとっては幸せの一つ。
「お利口さんですから、ちゃんと椅子に座って食べるです。今食べていいですか?」
「好きにしろ。顔は洗えよ」
「分かってます!」
いつもなら朝食も取らずに菓子なんか食うなと怒る師匠だが、子供にとって特別なこの日ばかりは許した。
ピーリカは机の上に焼き菓子の袋を置き、すぐさま顔を洗いに行く。一度自身の部屋に戻り服も黒色ワンピースに着替え、頭には白色リボンを結ぶ。ドレッサーに映る自分を見て、満足気な笑みを浮かべた。
「よし、美少女!」
リビングに戻るや、すぐさま椅子に座り。ピーリカは笑顔で袋を開ける。
「ちょっと割れてるんですよね。何故でしょう」
師匠が放り投げたからである。
「まぁいいでしょう。いただきますですよ」
疑問には思ったものの、食べるのに支障はない。ピーリカは中に入っていた焼き菓子を取り出し、口に入れた。軽く噛んだだけでもサクサクと音を立てた焼き菓子。割れていても美味しくて、幸せな気分になれた。
「わたしは寛大なので師匠に分けてやってもいいですよ」
ピーリカはお菓子を貰えない大人を哀れむ。空腹でもないマージジルマは心の底から拒否。
「いらねぇ。寒すぎて外に手を出したくねぇ」
「寒がりさんですねぇ。そこまで寒くねーですよ。仕方ない、優しいわたしが食べさせてやってもいいですよ」
椅子から降りたピーリカは、マージジルマの顔の前に焼き菓子を差し出した。毛布の砦が少しだけ動き、彼の口元が露わになる。
小さな手につままれた焼き菓子を食べたかと思えば、再び毛布の内側へと籠って行った口元。そのままボリボリと音を立て食べ始めた師匠。
「まぁ悪くねぇな」
「そ、そりゃサンタマンのお菓子ですもん。特別ですよ!」
そう言ってプイと顔を背けた弟子。本当に食べて貰えるとは思っていなかったようで、両側の頬を赤くさせている。危うく彼の唇に触れそうになった指先をピーリカはジッと見つめる。触れた訳でもないのに、どうしてか胸のドキドキが止まらない。
「何突っ立ってんだよ」
「な、何でもねーです!」
余韻に浸りたい気持ちもあったが、彼の目もあって。ピーリカは誤魔化すように椅子に座り直し、残りの焼き菓子を全て平らげた。
その時だ。
ドンドンと響いたのは、玄関の扉が叩かれた音。
「師匠は寒がりですからね、わたしが行ってやるです!」
ピーリカは急いで玄関に向かう。こんな事を言っているが、実際は自分の熱を冷ます事が目的だ。
扉を開いた先にいたのは、緑髪の少女。ピーリカと同じくらいの背丈ではあるが、眼鏡をかけており顔立ちも大人びて見える。茶色のコートを羽織り、白い息を吐きながら立っていた。
「ピーリカさん!」
「おぉ、貴様は確か緑の弟子」
「エトワール・シュテルンです。そんな事より、サンタマンは」
「サンタマン? あぁはい、お菓子貰いました。美味しかったです」
「そんな、ピーリカさんの所にですら来たのに!」
「何です貴様、喧嘩売ってるですか?」
ピーリカはすぐさまファインティングポーズ。彼女は師匠に、売られた喧嘩は全部買えと教わっている。
緑の魔法使いの弟子、エトワールは首を左右に振った。
「違います、私の所に来なかったんです!」
顔立ちとは対照的に、年相応の事を言い出したエトワール。とはいえ世間的に、エトワールもまだ子供として扱われてもおかしくない。
ピーリカは首を傾げた。
「サンタマンは良い子の所にしか来ないんですよ。貴様何か悪い事をしたですか?」
「悪い事なんてしてません! ちゃんと修行だって毎日していました」
「じゃあ夜遅くまで起きてたとか」
「いいえ。昨日だって夜になったらすぐに眠りました。それなのに朝起きて外に出たら、他の緑の領土の子も、ピーリカさんみたいに他の領土の子も皆貰って嬉しそうにしているんです。お部屋のどこを探しても、私の所にだけ……何も、なくって……」
ぽろぽろと泣き出すエトワール。突然泣かれピーリカは困惑している。
「分かりました、貴様は良い子です。だから泣き止めです。えーとえーと、多分あれです、サンタマンが配り忘れたですよ、きっと」
宥めようと思ってピーリカは適当な事を言い出す。エトワールは泣きながら訊ねた。
「去年までは配っていたのに今年は忘れるなんて事ありますか?」
「そりゃ人間忘れる生き物ですし」
「サンタマンは妖精です」
「妖精でも忘れるかもしれねーでしょう。子供だっていっぱいいるですし、一人飛ばしちゃった可能性だってあるですよ」
「そうしたらお菓子が一つ余るはずでしょう」
「余ったラッキーで食べちゃったのかもしれねーです」
「子供にお菓子を配るのがサンタマンのお仕事なのに、ただ余っちゃったで許されるはずないじゃないですか!」
それもそうかと納得したピーリカは、結果たじろぐ事しか出来ない。エトワールも泣き止まず、その後の返答にも困った。
ピーリカは少し考えて、部屋の中に向かって叫んだ。
「師匠ーっ、ちょっと来いですよーっ、かわいい弟子が困ってまーす!」
人を呼ぶのにも偉そうな奴である。




