弟子、いつも通りの日常に戻る
月日流れて十年後。地下の部屋にいたマージジルマは天井にぶら下がってる花を掴み、そこから聞こえる女の声に耳を傾ける。
『とりあえず私もシーちゃんも、他の皆も元の姿に戻ったみたい。魔法もちゃーんと使えたわ。マハリクのおばあ様は残念そうにしてたけど』
花から聞こえてきた声の主は、遠く離れた場所にいるピピルピだった。
「元に戻ったんなら良かった。ババアの事は気にすんな、どうせすぐ立ち直るだろ。んじゃ、悪いが今回の件はもうこれで終わり。今まで通り、行方不明の白代表テクマ以外は各代表皆元気。それがこの国の表向きの姿だ。裏の姿を知ってるのは各代表だけ。周りにもピーリカにも黙っててくれ」
『うん。ところでマー君』
「ん?」
『マー君の初恋のお姉さんってピーちゃんのお母さんじゃなくて、ピーちゃん本人よね』
「なっ!」
『マー君ピーちゃんの事、五年前じゃなくて十年前に行かせたんでしょう。否定しても無駄よ。桃の民族、快感と恋愛話には敏感なの。知ってるでしょ』
めんどくせぇ奴に気づかれた、とマージジルマは歯を食いしばる。花での会話は声だけで表情が伝わらないのが不幸中の幸い。
「何でそう思ったんだよ」
『見た目もだし、年数的にも。それに昔からおかしいと思ってたのよ。あのお姉さん、あんなにもマー君の事を師匠師匠言ってたのに、自分の師匠じゃなくて娘の師匠だったなんて。まぁシーちゃんは鈍いから、ピーちゃんのお母さんだと勘違いしたままみたいだけど』
「……絶対誰にも言うんじゃねぇぞ。めんどくせぇから、シャバの奴も勘違いさせとけ」
『何でぇ、言った方が皆きっと応援してくれるわよ。愛に歳の差なんて関係ないわ。私の魔法で、子供作らないと出られない部屋に入っちゃったって思い込ませてあげようか? 閉じ込めてあげる』
「相手が子供だっての。というか、そもそもが違う。俺はあんなチビっこいのをそんな目で見る気はない」
『でもピーちゃんはマー君の事好きよ。少なくとも、ほっぺにチューする位には』
「あぁ、今までは俺もずっとそう思ってたよ」
『じゃあ』
「だが相手があのピーリカだというのなら、考えられる可能性はただ一つ……ただの嫌がらせだ!」
思ってもいなかったマージジルマの返答に、ピピルピは珍しく頭を抱えた。
『何でそうなっちゃうのよ、場所はどこであれキスは愛情表現。素直に彼女の言葉を信じて、好意を受け取ってあげればいいじゃない、信じる心があなたの魔法に変わりえるの。信じてあげれば初恋だって叶えられるかもしれないのよ!』
「バカ、ピーリカだぞ。キスが愛情表現だなんて知ってる訳ないだろ。イチャついてただの指輪貰っただの嘘ばっか言いやがって。クソっ何か腹立ってきたな。今晩の夕飯はアイツの嫌いなもんにしよう」
『あぁもう。ピーちゃんの素直じゃなさがアダになってるわ』
「というか、今思えばピーリカが大人の姿で俺らの前に現れたのだってピピルピのせいじゃねぇか」
『うん、そんな事になるなんて思ってなかったんだけどね。あれは我ながらとってもファインプレー。私偉い、超偉い!』
「うるせぇ!」
『怒らないで頂戴。私のお陰でマー君は初恋を体験できたんだし、それこそ魔法使いにまでなれたのよ。感謝してほしいくらいよ』
「それはそれ、これはこれだ」
『ひどいわ。初恋の思い出が全て悪いものだった訳じゃないでしょう。あのお姉さんを諦めなくて良いのなら、好きになっても良いのなら、好きでいるのが幸せじゃない?』
「うるせーうるせー。とにかく、今後誰かに言ったら桃の民族全員に貞操帯着ける呪いかけるからな」
『えっ嘘やめてやめてやめて、そんな事されたら桃の民族三日で絶滅しちゃう!』
「桃の民族一番人口多いのにたった三日で滅びるのかよ。白の民族より問題じゃねぇか」
『言わないって約束するから、本当にそんな事しちゃダメよ。何だったら拇印押すから。指や印鑑でなくて、おっぱ』
まだピピルピが喋っていたが、もう話す気のないマージジルマは花を放り投げた。
「そろそろ起きる頃か」
階段を上がり、マージジルマは太陽の光が差し込んで明るい部屋の中へ入る。白フクロウに目を向けると、のんきに止り木に座ったまま眠っていた。起こした所でどうにもならない、そう思って起こす事もしなかった。
コーヒーを入れて、ソファへ座って。多分もう少ししたらドタバタと部屋に来るであろう弟子を待つ。手にもつカップの中で揺れるコーヒーの表面を見て、ボソリと呟いた。
「……別に、忘れられてない訳じゃないんだからな」
呟いた言葉をかき消すように、大きく深呼吸をして。本当に何もなかったかのように、いつも通りの顔になった。
***
「ん、むぅ……」
目を覚ましたピーリカは、いつも通りベッドの上。
しばらくボーっとしていたものの、眠る前の出来事を思い出して勢いよく部屋を飛び出した。
ピーリカは見覚えのある景色を目にした。日差しがたっぷり入る大きな窓のあるリビングで、マージジルマはソファに座りながらのん気にコーヒーを啜っていた。フクロウのラミパスは、椅子横に置かれた止まり木の上に佇んでいる。
「師匠、師匠っ」
「何だよ」
座るマージジルマの前にピーリカは立った。二人の目線は、ほぼ同じ位。
「本当に師匠が白の代表なのですか! それでいてわたしに代表を探してこいとか、とっても性格悪いです! それじゃあ嫁の貰い手無いですね。一生ぼっち、可愛そうに。謝れば仕方ないからわたしが近くにいてやってもいいですよ。さぁ謝れ!」
「寝ぼけてんじゃねぇよ」
「しらばっくれるなです、師匠白の魔法使ったでしょう」
「ねぇよ」
「嘘ですよ。その後ラミパスちゃんを大きな鷹に変身させて一緒に空飛んだじゃないですか」
それは本当に知らねぇなぁ、と思ったものの。変に反論すると自分の秘密がバレると判断したマージジルマは嘘を重ねた。
「んな訳ねぇだろ。夢でも見たんだろ」
「えぇ……確かに、師匠がそんなすごい事出来るはずないですしねぇ」
「バーカ、お前が分かってねぇだけだよ」
「ラ」
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカの頭上に現れた魔法陣。彼女は突然、べしゃっと、床に倒れ込んだ。
「体が重い……何で呪ったですか」
「お前が俺を呪おうとしたからだ。先手必勝」
「世界で一番愛らしい弟子に向かって何て酷い事を」
「自称な」
「事実の間違いです。にしても先に呪ってくるとは、やっぱり白の魔法を使ってたのは夢だったのでしょうか……」
「さっきからそう言ってるだろーが。仮に俺が白の代表だったとしても、お前には教えない。というか出来ないだろうし」
「誰に向かってそんな事言ってるですか。わたし天才ですよ、ちょっと頑張れば出来るです」
今までであればマージジルマは鼻で笑って相手にしなかっただろう。
だがテクマに言われた事を少しは気にかけた。
「だったらもっと頑張れっての。じゃあ早速実践だ。そうだな、試しに俺の事寝かせてみろや。見ててやるから」
「……見ててくれるですか」
「おう。それとも何だ、出来ないのかよ」
「そんな訳ないでしょう。ですがどこぞのアホ師匠の呪いで動けないです」
「誰がアホだ。ちなみに俺がかけた呪いは、三十秒相手を重力で押しつぶす呪いだ」
「何という悪い呪いを……三十秒ですか」
「もうそろそろ動くんじゃねぇの」
フッと体が軽くなったピーリカは、偉そうな態度で立ち上がった。
「ふふん、お茶の子さいさいですよ! 今に見てろです」
「あぁ、期待しないで待っててやる」
張り切ったピーリカは満面の笑みで、黒の呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリール!」
秘密と初恋編完結です。
正直、この作品は公募の落選作という事もあり投稿を始めた時はここで終わりにする気でいました。ですが予想以上の評価をいただけた事、それから、彼女達の物語をもっと書きたいなと思った事もあり、これからも続きを書く事にしました! 至らない点もあるかとは思いますが、これからもよろしくお願いします!




