師匠、回想する<秘密編>
「いやいやいや、待て、待って! そんなの普通じゃない。いくら何でも冗談だろう。人の肉を食べるなんて……なんて、ねぇ」
普通に考えたら食べるはずなんてない。そう思ったおかっぱ頭だったが。
目の前にいる男は、日頃から平気で草も毒をも食らう男。
もしかしたら、本当に食べるのかもしれない。
そう考えたら思わず額に脂汗が浮かび上がってきた。状況だけでも息がしづらいのに、マージジルマはニコニコと笑っているのだから余計に恐怖心を煽られる。
おかっぱ頭が使った、振り子原理のように動く土の魔法と同じような動きをクワにさせるマージジルマ。
ただしこれは魔法ではなく、自らの力を使っての行動。
「ひぃっ」
自分の顔の近くでクワを振り回されて、おかっぱ頭は恐れの声を漏らした。だがマージジルマが腕を止める事はない。
「よーし、そろそろ行くぞ」
「待ってくれ、そうだ。降参する。参った。だから」
「俺知ってるんだよ。そう言った奴は大体裏切る」
「そんな事ないから!」
「そう言って俺が魔法使うの止めたら攻撃してくるんだろ」
そうこう言っている間に、おかっぱ頭は首まで浸かった。魔法陣から出ている手は、おかっぱ頭の脳天まで地面の中へ押し込もうとしている。
そして彼の目と鼻の先には、マージジルマの持つクワが行ったり来たり。どちらにせよマージジルマの技だ。
もし今この場が大会会場でなければ、罪に問われるのは間違いなくマージジルマだ。
恐怖に包まれたおかっぱ頭は、子供のように泣きわめく。
「うわぁあああっ、やめろ、地面に押し込むな。刃をこっちに向けるなぁあ」
「そーれっ」
「いやぁあああああああっ」
か弱い少女のような声を出したおかっぱ頭は、恐怖のあまり意識を失った。
それが合図だったかのように、魔法陣とそこから出ていた手が消えた。ほぼ生き埋め状態になった奴の首ギリギリの所でクワを動かす手を止めたマージジルマだったが、気絶した相手にも容赦はしない。
おかっぱ頭から少し離れ、土の上に『こいつバカです』という文字を書いた。
「誰がてめーみてぇな見るからにマズそうな奴食うかよ。その辺の土でも食った方がまだマシだっての」
周囲の観客からはおかっぱ頭を笑う声や、もう少しボコボコにしろなど批判の声が飛び交った。
「少々生ぬるいが……決まったな」
そう呟いたファイアボルトは自分の前を遮っていた手すりを飛び越えて、マージジルマの前へ立つ。
マージジルマの右腕を掴み、彼の体を持ち上げた。
そして会場全体に伝わるよう、大声を出す。
「静かにしやがれ。いいか、俺の弟子であり、これから俺とプイプイ山へ上りに行くのはコイツだ! 覚えておけ!」
弟子と言われたという事は、この勝負に勝ったという事。一瞬だけ嬉しさを顔に出したものの、何だか心に引っかかるワードが聞こえた気がして。マージジルマは目の前にあるファイアボルトの顔を見て問う。
「プイプイ山って、あのアホみたいに高い崖ばっかの山?」
「あぁそうだ」
「死人がめちゃくちゃ出てる事で有名な?」
「その中で生き延びてこそ強き者の印。さぁ早い所お披露目式やって、とっとと行くぞ。正直俺はお披露目式なんざ別にしなくても良いんだがな。赤の連中がうるせぇから」
「いやまて、そんなすぐ俺が弟子って言ったって。まだあのおかっぱだって納得してないだろ」
「気絶してるような奴が納得しないなんて事あるか。ん? いや、そういえばお前も一度は倒れて負けた身か。じゃあ一応このおかっぱにも聞いてみよう。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
埋まったままのおかっぱ頭の上に現れた魔法陣。その中から幽霊のように透き通った、小さな体のおかっぱ頭が現れた。小さなおかっぱ頭は、魔法陣の下で倒れている自分の顔を見て叫んだ。
『うわぁああっ、僕死んだ!』
ファイアボルトはマージジルマを掴んだままおかっぱ頭に声をかけた。
「死んではねぇって。ただ体と魂を一定時間離しただけだ。魂が起きてても体が寝てちゃ話が進まないからな。そんな事より、お前はまだこの勝負に不満があるのか? あるなら再び戦わせてやってもいい。ないなら俺はコイツとプイプイ山に行く」
『プイプイ山……?』
「あぁそうだ」
マージジルマはおかっぱ頭の方へ顔を向けた。
「お前も弟子になりたいんだろ」
だがおかっぱ頭は明後日の方向を向いて。
『いやぁ、僕はまだまだ未熟者。到底黒の代表になんてなれそうにない。ここは君が勝ったから。君こそ山を登るのにふさわしいよ、うん』
「てめぇ!」
すたこらサッサと魔法陣の中へ逃げ出したおかっぱ頭の魂。卑怯な手を使って代表となろうとしていたような奴だ、好んで努力をするような真似はしないのだろう。
ファイアボルトはマージジルマの体をそっと降ろし、再び会場全体に大声を上げた。
「さて、悪いが仕切り直しだ。準備が出来次第お披露目式の開始だ。踊り子達も準備してくれ。俺は少し外の空気を吸ってくる。おいテクマ、それから弟子、着いてこい」
その言葉を聞いた運営委員や踊り子達は、すぐさま荒れた会場内を片付け、式の準備に取り掛かった。ファイアボルトは会場の出入り口へと足を運ぶ。マージジルマはチラッとテクマのいる観客席へと目を向けた。
言いたい事は分かっていると言わんばかりに。テクマは指で出入り口を示した。マージジルマは頷いて、ファイアボルトの背中を追った。
テクマとマージジルマを引き連れて、会場の外へ出たファイアボルト。会場の裏、建物の影になっている人気の無い場所へ回り込んだ。
「さて、早速だが俺の弟子。さっきの戦いは見事な魔法だった。実にあっぱれ」
「え、あぁ、おぉ」
急に褒められた、かと思えば。ファイアボルトは太い腕を伸ばし、マージジルマの頭を掴んだ。
「だがなぁ、お前が使ったのは黒の魔法だけじゃねぇ。白の魔法も使った、そうだろ」
「った、そうだけど、何だよ、やっぱりダメとかそういう話かよ」
「いいや、別にダメではねぇよ。民族それぞれ各自の魔法を使う方が主流だし、得意とはされているが。他の民族の魔法を使えない訳じゃない。自分とは違う民族の魔法代表になる奴もいるし、複数の魔法を使うのは代表以外の魔法使いでもよくやる事だ。だがお前が使ったのは白と黒の魔法。そもそも白の魔法使いは短命で、代表ですら表立って出てくる事が滅多にない。この意味が分かるか?」
「分からん」
「素直な奴だ。じゃあ教えてやる。今まで居たこと無いんだよ。他の民族で白代表になった奴」
事実確認と言わんばかりにマージジルマはチラッとテクマの顔を見た。テクマはニコニコと笑っている。
「そもそも僕ら他の民族に魔法教えたこと無いしね。人前で使う事もほとんど無いから文献でも白の魔法の資料はほとんど無い。基本身内内で教えてひっそり引き継いでる」
「じゃあ何で俺にっ」
マージジルマの不満げな顔つきを見て、ファイアボルトはマージジルマの頭を掴んでいた手を勢いよく離した。その場に座り込んだマージジルマの事は気にせず、テクマの方を見る。
「何だ、てっきりテクマと二人して悪い事でも考えてるのかと思ったが。お前一人の策略か?」
「やだなぁ、悪い事じゃないよ。むしろ良い事だ」
「よく言う。確かに白の民族の生命力考えたら、別の民族が引き継いだ方がずっといい。さっきの戦いみたいに他の魔法を打ち消す事も出来る訳だ。互いに悪い話じゃねぇ」
「そうだろう?」
「だが分からないんだ。それだったらこのマージジルマって奴を白代表にして、それで終わりで良いじゃねぇか。何だって俺の弟子候補と戦わせたんだ。まぁ何かあると思って俺も戦わせてやったし、勝ったコイツを弟子と呼んだ」
「うん。じゃあその通りだよ。マージジルマくんは白代表であり、黒の弟子で、いずれは黒代表になる。今まではいなかったけどさ、一人が二つの魔法の代表になっちゃいけないなんてこと無いんだよね」
「……やっぱり、その解釈で合ってるってのか」
「そだよ。でもあんまり大っぴらにしてほしくないし、白代表は僕のままって事にして欲しいんだよね。ほら、白の魔法使いは好奇の目で見られるけど、黒の魔法使いは呪い系の魔法だから憎まれやすい。二つの魔法代表なんて絶対悪目立ちするし、よく思わない奴いっぱい出てきそうで。一応さっきの戦いでも、マージジルマくんにはこっそりやるよう言ったけどね。でも多分他の代表は気づいてるだろうなぁ」
「気づくに決まってるだろ。この弟子が発動した壁、白にしか出せないシールド魔法じゃないか」
「あぁ、あれは想定外。だって僕まだ教えてなかったもん。僕がこの子に教えたのは、白の呪文と、それを唱えたら自分を守れるよーとだけ。白の民族でだって普通シールド出すのに一年はかけるもん」
「じゃあコイツは」
「才能があるんだね。天性で魔力強いみたいだし。きっと教え込めばもっともっと強くなるよ」
「言ってる事は分かった。でもよ、そんなにうまくいくのかよ。代表の掛け持ちなんてさ」
「そのために君の力が必要なんじゃないか。よく考えてよファイアボルト。最初から強い奴を選ぶなんてナンセンスだ」
「何を言う。強さを持っているという事は優秀という事だ。優秀な奴を求めて何が悪い」
「そうかなぁ? 確かに元々強さある事は悪い事じゃない。でもさ、だからと言って弱者が絶対悪いって事でもない気がするんだ。未熟で、弱くて、なーんにも知らないような子を最強に作り上げるの。面白そうだと思わない? 作ろうよ、この世で最も強い魔法使いをさ」
「……強い魔法使いを作る、か」
「うん。この子は山奥に住んでて、魔法使いとしての知名度なんて全くない。ある程度名の知れてるっていうおかっぱ頭君より、マージジルマくんが弟子になったって方が他の代表も一般人も皆関心持つよ。それに、ファイアボルトが強い奴を弟子にした、よりファイアボルトが強い弟子を育て上げた、の方が聞こえも良いしカッコいいと思うの」
「それはそうかもしれないが、もう大会終わっちまったし。観客達は既にコイツが強いと思ってるぞ」
「まぁね。でもほら、この子が勝ったの二回目でじゃん。最初から勝った訳じゃないんだ、君がやっぱりあの弟子ポンコツだったとか言いふらせばいいじゃない」
「なるほど」
マージジルマが「勝手な事言ってんじゃねぇぞクソったれ!」と暴言を吐いているが、全くと言っていいほど二人は気にしていない。
テクマはその場で体をクルクルと動かして、見えてる世界を自らの力で変えていく。
「確かに掛け持ちの前例はないかもしれないけど、そんなのどうだっていいよ。黒の魔法は白の魔法に消される、でも白の魔法使いは体がもろすぎる。二つの利点を合わせた時、生まれてくるのは……あはっ、最高の芸術品だね」
「まぁ……悪くはない」
「そうでしょ。白と黒、というよりはモノクロかな。うん、不完全な感じがしてかわいい!」
足を止めたテクマに指さされたマージジルマだったが、話はほとんどついていけてない。
「あのさ、もう少し分かりやすく説明してくれないか? 今のところ悪く言われたような気しかしてないんだが」
ファイアボルトはマージジルマの体を拾い上げ、小脇に抱えた。
「よし分かった。可愛いかは分からねぇが、話には乗ってやる。じゃあお披露目式をすぐ終わらせて、行くぞ、プイプイ山に!」
「説明がなされてねぇぞ」
「まずは体力を、筋肉をつける。そして魔法を覚え扱う。それこそが強さの美! 目指せ、竜が踏んでも壊れない強さを!」
「意味が分からん!」
「いいから行くぞ」
暴れるマージジルマをもろともせず、ファイアボルトは会場内へと戻っていく。テクマはその場に留まって、マージジルマを見送った。
「あはは。僕はお昼寝して待ってるよ、まずは君が黒の魔法を完全に使いこなせるようになるのをね。色々な経験が、魔法を成長させると思うの。だから白の魔法を教えるのはその後。そうだな……白いフクロウが君の元へ現れた後かなぁ。その時はきっと、未来の僕が君に魔法を教えるから。約束」
テクマの言葉がマージジルマに届いたかはあやふやだったが、その約束が未来で叶えられる事はもう決まっている。テクマはそう、信じていた。
その後無理やり山での修行をさせられ、無理やり体力をつけられたマージジルマ。強制的に力をつけさせられた彼が、黒代表となった事は誰一人責めなかった。
というより責められなかった。
歯向かう奴は全員呪え、それが黒の魔法使いの戦闘スタイル。




