師匠、回想する<バトル編>
広々とした会場のど真ん中で、マージジルマは再びおかっぱ頭と向かい合った。おかっぱ頭は両手を目の前に構え、高らかに呪文を唱えた。
「先手必勝、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
マージジルマの頭上を囲うように、いくつもの魔法陣が現れた。そこから飛んできた岩の塊達が、マージジルマの体を包む。その姿を見て、おかっぱは大きく笑った。
「あはははは、やっぱりさっきと同じ流れじゃないか。何度やっても無駄なんだよ。これで今度こそ……え?」
マージジルマを包む岩の一つに、魔法陣が浮かび上がった。岩の一つが光を放ったかと思えば、パチンっ、と音を弾かせ姿形を消す。岩に捕らわれていたマージジルマの右足が表へ飛び出して。消えた岩の隣にくっ付いていた岩が、同じように光始めた。先ほどと同じように光を放ち、消える。
それらを繰り返し、連鎖反応のように隣へ、隣へ。とうとうひとつ残らず消えた岩に、傷一つ無いマージジルマを見て驚いている表情のおかっぱ頭。
「き、消えた? そんな、まさか消したくないなんて思ったとでも言うのか」
「グチグチうるせぇな、お前より俺の想いが勝っただけだろ。俺はいつでも全力全開、マジでいくぜ」
「何を訳の分からない事を」
「知るかよ、あの白いのがそう言ってたんだ」
「白いのって……まさかテクマ様の事か! おのれ無礼者め、ますます倒す理由が出来た」
「テクマ様って、あのよく分からんねぇ奴そんなに偉いのかよ」
「代表は全員偉いに決まってるだろう。中でも白の魔法使いは会えるだけすごいんだぞ」
「でも俺、そいつの事知らなくても今まで生きてこれたし。実は大したことないんじゃねぇの?」
「そんな訳あるか! この国にもしもの事があった時、黒の魔法使いが全てを呪い全てを止めたとしたら。その後白の魔法使いは傷つき壊れたものを全て直してくれる。つまり白の魔法使い様がいるからこそ、僕ら黒の魔法使いは全力でやれるんだ。まったく、毒草を平気で食べていたり、テクマ様を知らなかったり。やっぱり君のような常識のない奴は代表になる資格ないね」
「勝手な事言うんじゃねぇ。誰が黒代表になるかはこれから決まる。くらえ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
やられたらやり返す精神。マージジルマはおかっぱ頭にやられたように、魔法で岩の塊を投げつけた。
「うぐっ」
見事顔面にクリティカルヒット。
だが勢いが足りなかったのか、おかっぱ頭はまだ倒れていない。鼻血を出し、足元をふらつかせはしたものの。
戦いの意思は、まだ残っている。
「こうなったらとっておきの呪いだ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
漆黒色の光の球が、おかっぱ頭の手の中で渦巻いている。見た事のない魔法の球に、マージジルマは素直な感想を述べた。
「最初っからそれ出せば良かったんじゃないか」
「うるさいっ」
球を勢いよく投げつけたおかっぱ頭。マージジルマの足元に落ちた球体は、観客達が思わず目をつぶってしまう程大きな爆発を起こした。地面が揺れ、土の香りが漂っている。
「やった、これで……ん?」
まばたきをするおかっぱ頭の目に映ったのは、透明と白色で出来た市松模様の壁。その向こうには、傷一つ無いマージジルマが驚いた表情で両手を構えて立っていた。
「おぉすげぇ、何か出た」
「何か、って、本当に何だそれは! 今までそんなの見たことない、青の、水の魔法の応用か?」
「さぁ? 青の魔法なんて知らん。けどこれは、呪文唱えたら出た」
「自分でも発動した理由の分からない魔法なんてあるわけないだろう。何を考えてる!」
「何も。強いて言えば、当たったら嫌だなぁって」
「当たったら嫌って、黒の呪いは自分の事も守れないんだぞ。黒でも青でもないっていうなら、その魔法は一体何なんだ」
「知るかよ」
マージジルマの適当な態度に、おかっぱ頭は表情を歪める。
その後も、二人は魔法陣という名の光を輝かせたり消したりして。会場内を歓声の渦で包み込んだ。
おかっぱ頭が再び漆黒色の球体を生み出す。
「だったらもう一回っ」
再び魅せられた球体に、観客達は期待の目を向けた。
ある者はその球体でマージジルマが倒される事を望み、またある者は別の攻撃でマージジルマが勝つ事を望んでいる。
最も、マージジルマは勝手に期待を向けている奴らの気持ちなどどうでも良かった。
もう彼が身を犠牲にしてまで守ろうとした相手は、この場にいないのだから。
獲物を狩る獣のような鋭い眼光。
マージジルマは広々とした会場では誰にも届かないほどの小さな声で、呪文を、唱えた。
「リルレロリーラ・ロ・リリーラ」
漆黒の球の中に現れた小さな魔法陣。
パァンっ、と大きな音を出して。弾けた。
突然自分の手の中から消えた光に、動揺したおかっぱ頭はその場に座り込んだ。
「そんな、何だって急に。呪文だって間違ってなかったし、集中だってちゃんとした。こんなの絶対おかしいよ、どうして」
マージジルマは彼の前に腕を組んで仁王立ちした。
悪い顔で唱えたのは、黒の呪文。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
おかっぱ頭の足元に光輝いた魔法陣。その中から、無数の人の手が伸びた。
おかっぱ頭の体を掴み、地面へと引きずり込む。
「う、うわぁっ、ルルルロレーラ・ラ・リルーラ!」
唱えられたのは緑の呪文。おかっぱ頭の上空に現れた魔法陣の中から飛び出した蔓達は、無数の手を掴む。
スタスタと歩き蔓に近づいたマージジルマは、蔓の一本を素手で掴み、自身の口元へ近づけた。
そして大きく口を開け、蔓に齧り付く。
目の前で自分の魔法を食われたおかっぱ頭は、動揺に動揺を募らせる。
「なっ、何してんの君! それは食べ物じゃないぞ!」
「こうしなきゃ防御されるから。うわマズ、クソマズっ」
「じゃあ食べなきゃいいのに!」
目の前で同胞が食われ、マズいと言われたせいか。蔓達は皆、無数の手を離し魔法陣の中へ戻って行った。
自由になった黒い手は、どんどんおかっぱ頭を自分達の方へ引きずり込んでいく。
「そ、そんな、わぁっ、助けてくれ」
表情で恐怖を表しているおかっぱ頭。一方のマージジルマは、生き生きとした顔で彼を見ている。
「勝つためなら手段なんて選んでられないんだ。例えそれがどんなに酷い悪行だとしてもだ!」
「それ僕が言ったやつぅ!」
「あー、分かんねぇなぁ。俺常識無いからなぁ」
「それを言ったのは訂正する。だからどうにかしてくれ。というかこれはこの後どうなる呪いなんだ」
「安心しろ、死ぬだけだ」
「安心出来ない!」
そうこう言っている間に、おかっぱ頭は肩まで地面の中へ引きずり込まれていた。
自分の事も助けられない黒の魔法。
緑の魔法も食われるし、あまり期待できないものの命は惜しいおかっぱ頭。情けなくもマージジルマに助けを求めるしかなかったが、流石に敵が素直に助けてくれるとも思っていない。
思わず泣き出したおかっぱ頭を見て、マージジルマは同情するような、哀れみの顔を見せた。
「仕方ねぇなぁ。お前、クワ出せる?」
「クワって、農具の?」
「そう。俺んちにあるんだけど、召喚出来たりしないか?」
「それなら出来る。なんたって黒の魔法は人を不幸にする呪いのための魔法。盗みなら得意分野だ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
マージジルマの手の中に出現した魔法陣。その中から一本のクワが飛び出した。
クワを掴んだマージジルマは、空中で素振りを始める。
「おうサンキュ。やっぱこれだな、今の俺には一番しっくりくる」
「それは良かった。ところで君、それで一体何を」
「決まってんだろ、お前の首を掻っ切ってやるんだよ。得体の知らない奴に殺されるより良いだろ」
「えぇ!? 助けてくれるんじゃないのか!」
「何でだよ。トドメを刺す」
「待て、いくら大会内で乱闘が認められているとはいえ、流石に殺したら罪になるぞ!」
「そうだな。ただ殺しただけなら罪だな」
「そうだよ。だから」
「でもさぁ、食べるためなら生き物を殺しても罪にはならないんだよ。この国」
「は、えっ、つまり?」
マージジルマは目の前で青い顔をしている相手に向けて、にんまり笑った。
「食ってやるよ、一破片も残さずな!」




