師匠、回想する<起点編>
――十年前。
弟子を名乗る彼女が未来へ戻った後のマージジルマは、会場外へ出ていた。店が並んでいる街中を通り、自分の家の方へと歩いていく。シャバとピピルピはその後を走って追ってきた。
「なぁマージジルマ、お披露目式見ねえの?」
「そうよ。弟子の紹介だけだけど、踊り子が来たり楽しい音楽が流れたり。中々盛大みたいよ。見ないの勿体ないわ」
マージジルマは彼らの顔を見る事なく、首だけを左右に振った。
「興味ないし、見てる暇があったら魔法の練習する。お前らだけで見てこい、俺の事はしばらく放っておいてくれ」
シャバとピピルピは互いの目を合わせて頷いた。
きっとマージジルマは一人になりたいのだろう、そんな気をつかって彼の後を追う足を止める。
「分かったよ。じゃあな」
「またねぇ」
反対にマージジルマは、ただひたすらに前を向いて歩き始める。別にもう会わなくても良かったのだが、きっとあの二人は断っても来る。言葉にはしなかったものの、マージジルマにはそんな気がしていた。
レンガの道が終わり、土の道を踏み始める。周りの景色も、家などの人工的な建物から自然と生えた植物に変わっていった。
「あ、いたいた。おーい、マージジルマくーん」
山に差しかかった所で、マージジルマは木々の脇からひょっこり顔を出すテクマを見つけた。
「テクマ、戻ってきたのか。あの人は」
「あの人……あぁ、あの女の子ね。未来の君が何とかするから大丈夫」
「女の子って、多分お前より年上だぞ。それに何とかって何だよ」
「ん? 僕どころか君よりも……まぁいいや、そんな事より。マージジルマくん、代表になりたいんだよね」
「そんな事じゃねぇと思うんだけど」
「いいから、なりたいんだよね。代表になる覚悟は出来てるんだよね」
「……まぁ」
マージジルマの脳裏に浮かぶ女性の姿。覚悟は出来ているからこそ、一刻も早く魔法を覚えなくては。そう思っているマージジルマを、テクマは瞬きせずに見つめる。
「代表になるためなら何でもする? 悪魔に魂売る?」
「そりゃ出来る事は全部やるけどさ」
「じゃあ今後の人生全部僕に頂戴」
「……え、は?」
「マージジルマくんが死ぬまでの、これからの人生全部。僕に頂戴」
マージジルマは思わず頬を赤くしてしまった。言葉の意味をそのまま受け取ると、自分は今、目の前にいる男だか女だかもよく分からない者に求婚されているという事。だがマージジルマの脳裏では未だ、白いリボンをくれた女が消えていない。気まずそうに返事をする。
「あー、その、何だ。悪いが俺には未来で待ってる女がいてだな」
「ん? あぁ、ごめんごめん。別に結婚してくれって言ってる訳じゃないの。ただ人生頂戴って言ってるだけ」
「……どういう意味だ」
自分の勘違いに、それはそれで頬の熱が下がらないマージジルマ。だがテクマは気にせず、両手を差し出した。
「手ぇ出して」
理由は分からなかったものの、マージジルマは言われるがままに手を差し出した。二人は鏡に映ったように向き合って、互いの手を合わせる。
テクマはにっこり笑って。
呪文を、唱えた。
「リルレロリーラ・ロ・リリーラ――ラ!」
金色に輝いた魔法陣が、テクマとマージジルマを包む。状況を飲み込めていないマージジルマは周囲をキョロキョロ見渡した。星屑のような小さな光の粒が魔法陣から溢れ、自分の周りを飛び回っている。
「何だこれ、チカチカするっ」
「大丈夫、りらーっくす」
「んなのん気な」
「気にしないで。それよりちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」
「ちゃんと説明しろ、まず今どんな状況だ!」
「はい、終わるよ。リルレロリーラ・ロ・リリーラ――ロ!」
「話をっつ!」
左胸に急激な痛みを感じたマージジルマは、あまりの痛さに思わず両膝をつけた。テクマから手を離し、左胸を抑えるも。その痛みが治まる事はない。
テクマは無理やり彼の手を下ろさせ、逆にマージジルマのシャツをめくり上げた。
マージジルマの左胸には、黒い三日月模様。
テクマは笑いながら祝福の言葉を述べた。
「これで引継ぎの儀完了だね。おめでとう」
「なん、なんっだよこれっ」
「そう急がないでよマージジルマくん……ううん、白の魔法使い代表」
この印は何だだとか、白の魔法使いとかどういう事だとか。
色々と言いたい事はあったものの、胸を穿つような痛みに耐えながら一番言いたい事を厳選。
「……俺がならなきゃいけないの白じゃなくて黒なんだけど!」
「あはは、分かってるよ。行こっか」
マージジルマの腕を掴み、テクマはスタスタと歩き出した。
「お、おい。どこ行くんだよ」
「良い所だよ」
華奢な体のテクマだが、強い力でマージジルマを引っ張り歩いていく。
黒弟子試験大会の会場内では、踊り子や鼓笛隊がそれぞれの位置に立ち。今まさにおかっぱ頭に祝福の言葉と羨みの視線がかけられようとしていた。
「ちょっと待ったぁ~」
そんな中、テクマは弱弱しい大声を出した。踊り子達をかき分けて、マージジルマを連れて会場のど真ん中に立つ。
その場に居た全員が、テクマとマージジルマを見た。
特別席に座っていた黒代表のファイアボルトも、その内の一人だ。
「何だテクマ、これから俺の弟子の披露式が始まるんだ。邪魔するんじゃねぇ」
「異議申し立てだよ。もう一回、彼と勝負させてくれないかな。んで、このマージジルマくんが勝ったら、マージジルマくんが弟子ね」
「何言ってんだ、そいつはさっき負けた奴だろう。俺は弱い奴には興味がないんだ、とっとと……おい待て、その魔力、テクマまさかお前っ」
何かに気づいた黒代表。その横に立っていたおかっぱ頭は、マージジルマを指さした。
「おい君、再戦なんて許される訳がないだろう。大人しく負けを認めたらどうなんだ。見苦しいぞ!」
マージジルマは素直に頷いた。どうやら胸の痛みは引いたらしく、相変わらずの口の悪さを見せつける。
「あぁ、俺もそう思う。というかコイツが勝手に連れてきてこんな事言ってるだけで再戦する気なんてないっつーの」
「何だ、話せば分かる奴じゃないか。じゃ、再戦は無しでやっぱりこの僕が時期黒の代表に」
おかっぱ頭の意思に反して、黒代表のファイアボルトは豪快に笑った。
「はっはっは、良いだろう。その誘い、受けてやる!」
「えぇ?!」
勝手に試合を許可され、戸惑うおかっぱ頭。そんな彼に向けて、ファイアボルトはニヤリと笑う。
「何、そんなに驚く事でもないだろう。言っておくが、テクマは地味にしつこいぞ。断ったとしても何度も来る。だったら来た時に受けて立てばいいんだ。流石のテクマも一度やれば諦めるだろうからな」
「そんなぁ」
「それに、ここで皆の前で勝てばより強さの証明になる。それとも、負ける気でいるのか?」
「いえ、滅相もない。そうですね、また勝てば良いだけ。よし、受けて立つ!」
会場内では、一度負けたのにも関わらず出てきたマージジルマへのブーイングと、まだ試合が見れると喜んでいる歓声が入り混じっていた。その歓声の中には、シャバとピピルピのものも混ざっている。
熱気のある会場とは真逆に、マージジルマは冷めた表情をしている。
「俺もう戦う気無いんだけど」
そんなマージジルマの肩をテクマはポンと叩いた。
「まぁまぁ。そんな事言わないで。とっておきの勝算方教えてあげる。耳貸して」
ピーリカほどではないが、そこそこ顔の良いテクマに耳打ちをされマージジルマは少し照れる。だがそんな表情も、すぐ不安の色に変わった。
「……本当に大丈夫なんだろうな」
「当然。信じてよ。僕の事を信じてくれれば、絶対勝てるから。君はいつでも全力全開、マジでいきなよ」
「意味分かんねぇ……けど、勝てるってんなら手段なんか選んでられないか」
「そうそう。さ、僕は観客席で見てるからね」
テクマはマージジルマに背を向けて、ゆっくりとその場から離れた。運営委員が指揮を執り、踊り子達も撤退し始めた中。マージジルマは小さく、掌を握りしめた。




