弟子、告白する
幼くも真剣な顔をしている彼を信じないほど、ピーリカは薄情じゃない。嬉しそうに顔を上げた。
「それじゃ時間的に計算合わないと思うんですけど……いや、こうなったら年月なんてどうだっていいですね。じゃあ師匠、これからもっとちゃんと魔法の勉強してください。そんでもって、わたしの事弟子にしないと許さないですからね」
「おう。いつかぜってーお前の事弟子にしてやっから、待ってろ!」
今は負けたもののまだ諦めていないマージジルマは強気でいる。この思いに嘘偽りも、助けた事への後悔もない。
仮に彼女の事を助けず勝利を得たとしても、彼にとってそんなもの無意味でしかないのだ。
マージジルマの姿を見て、ピーリカは自然と笑顔を返した。
「当然です。あんなおかっぱより、師匠の方がマシですから」
笑い合う二人の空気を読む事なく、テクマはため息を吐いた。
「でも残念だったね。何となく優勝は君じゃないかなーって思ってたんだけどな。君、魔力強いし」
そんなことを言われても、どうにもならない事は自分が一番分かっている。マージジルマはまたムスっとした顔になりつつも、現状を認める。
「ま、やっぱり俺が力を使いこなせなかったんだろ。次の大会には勝つようにする。それだけだ」
ぱちくりと瞬きをして、テクマは現実を伝える。
「次の弟子決めるのも大会試合形式だとは限らないけどね。あれはファイアボルトが決めた選び方だから」
「それは……困ったな。次も大会形式にするよう今から直談判しに行くか」
「うーん。それよりやっぱり今回の優勝者、君にならないかなぁ。正直、あのおかっぱくんはただ運が良かっただけだと思うんだよねぇ。運も実力の内って言うけどさぁ、それにしたってラッキーが過ぎた。君の魔力の強さにも気づいてなかったみたいだし、実力的には大したことないもん」
「はぁ? 無茶言うなよ。俺は負けたんだ、どうにもならないだろ」
「そうなんだけど、やっぱり君が勝つような気がするんだよねぇ。何となく」
「そんな訳ないだろ。ほら、俺はもう大丈夫だから。帰っていいぞ。サンキュな」
マージジルマに追い出され、テクマは渋々部屋を出ようとした。
その時、ピーリカはようやく自分の目的を思い出す。
「おい待てですよ。真っ白白助、今すぐわたしと一緒に未来へ行くです」
引き留められたテクマは、周囲にいる人間を見渡す。真っ白白助と呼ばれそうな程白い姿をしているのは、自分位だ。
言われた言葉の理解は出来なかったものの、言葉を返す。
「……未来に?」
「はい。ちょっと白の魔法使いの力が必要なんですが、わたしの世界の白の魔法使い、行方不明なので。過去の貴様を連れて行こうって作戦です」
「お姉さんの世界って、何年後?」
「十年後!」
「あぁ、じゃあその頃の僕はもう死んでるかもしれないね。いいよ、生きてる内に未来を見ておきたいし」
「暗い奴ですね。まぁ来てくれるなら何でもいいです」
喜ぶピーリカとは対照に、マージジルマは不安げな顔をする。
「何だよ、アンタまさか、もう未来に帰る気じゃ」
「帰りますよ。未来の師匠が待ってますから」
「ちょっと早すぎないか。そりゃアンタにも事情はあるのかもしれないけど」
「早く行かないと未来の師匠がわたし不足で死ぬかもしれません」
そんな理由で死ぬかもしれないのも複雑だと思ったマージジルマだが、未来の自分のためにも今の気持ちは押し殺した。
「死ぬのは困るな。仕方ない」
「そうでしょう。まぁそんな悲しそうな顔しないで下さい」
「……悲しそうな顔してるか?」
「してますよ。悲しそうというか、寂しそうというか」
その事実をピーリカは満面の笑みで喜んでいる。逆にマージジルマは、無意識でそんな顔をしていたのがとても恥ずかしい。
ので、その恥ずかしさを隠そうとした。そういう年頃なのだ。
「まぁエロい事出来ないのは残念だからな。こんな顔にもなるだろうよ」
隠し方がうまいとは限らないけれど。
ピーリカは照れながら怒りだした。
「なっ、何考えてやがるですか。変態、この変態!」
「何言ってんだ、そういう約束で大会出たんじゃないか。まぁ負けたからその約束も無効だろうから。そういったエロい事っつーのは、アンタの言ってた俺の初恋相手にでもしてもらうわ」
こんな事を言っているマージジルマだが、もう初恋相手が誰なのかは大体分かっていた。
「それこそ何を言ってるですか。それはダメですよ……ダメに決まってるでしょう」
「何でだよ。何がダメなんだよ」
ピーリカは師匠の初恋相手が誰なのか分かっていない。本当はまだ子供で、未来じゃ師匠に見向きもされてない事なんて自分が一番分かっている。
勝算があるなら、大人である今だけでしかない。
二人っきりでもロマンティックな場所でもないし、ドレスやガラスの靴なんかで着飾ってもいないけれど。
ピーリカは少し屈み、傷を治したばかりのマージジルマの頬へキスを落とした。
頬を赤くさせながらも、偉そうな態度で笑みを浮かべて。
「いいですか、例えこの先師匠が誰に惚れようと、師匠に一番に唾つけたのはわたしですからね。悪意ででもいい、いつか絶対わたししか眼中にないようにしてやるから。覚悟してやがれです!」
マージジルマは首から上を真っ赤にさせて、触れられた頬を手で抑える。灯された魔法は、そう簡単に解けそうにない。
「ラリルロリーラ・ラ・ロリーラ!」
ピーリカとテクマの足元に光輝いた魔法陣。
残されたマージジルマはまたどこか寂し気な顔をさせて、ニヤニヤして自分を見ていたシャバとピピルピの視線には全く気付いていなかった。
***
ふと気づくとピーリカとテクマ、それからラミパスは草原の中にいた。
辺りに広がる緑色の景色。彼女達の他には誰も見当たらない。そんな人気の無さに、ピーリカはものすごく感謝した。自分がした事を思い返して、全身を真っ赤にさせている。
最もピーリカは、未来の師匠の初恋相手は人妻子持ちのお姉さんだと聞いている。どんなに頑張った所で、結果はもう分かっていた。
少し目元を潤ませたピーリカだったが、そんな事テクマにはどうでも良かった。
「お姉さん、呪文間違えてたよ。黒の呪文はラリルレリーラ・ラ・ロリーラでしょ。レがロになってた」
ピーリカは目元を擦り、反論。
「……そう言いましたよ」
「言ってなかったって。まぁ仮に呪文間違えてなかったとしても、黒の魔法は呪いしか使えないからね。自分を元の世界へ、なんて魔法は使えなかったと思うよ。行きたくないなぁって思いながらなら行けると思うけど。まぁ今更だし、どうでもいいや。多分ここは十年後じゃないと思うよ。でも正確な年月は分かんないから……ちょっとこの世界のマージジルマ君に会いに行こうか」
「いいですよ。わたしが失敗していない証拠にもなりますし」
「絶対失敗してるってば」
よく知っている山道を進みながら歩き始めたピーリカ達。
「そんな事無いですもん。それより、どうして貴様はラミパスちゃんを肩に乗せてるですか」
「どうしてって、僕のペットだからね。お姉さんこそ、どうして彼女を知ってるの?」
「ラミパスちゃんは師匠が貴様から預かったって言ってうちで飼ってるますから」
「うーん、未来の僕が体調壊してマージジルマくんに預けたって事かな。十分あり得るな。でもその方がラミパスのためだよなぁ。元の世界に戻ったら、早速預けようかな」
「それは止めておいた方が良いですよ。過去の師匠は貧乏ですから」
「そうか。お金に余裕がないのにペットなんて飼えないね」
「いえ、食べるかもしれません」
「それはいけない」
そんな話をしながらゆっくり歩いて、ちょっと汚れたボロい家にたどり着いた。
テクマが途中途中で立ち止まったせいで、五十分以上かかった分もあって。ピーリカは余計に疲れていた。息を切らしながらも、自分の帰る場所を眺めた。




