弟子、罪を認める
「るせ、うっ」
再び吐き出したマージジルマ。
シャバは背中をさすったまま、背後に立つピーリカへ困った顔を見せた。
「参ったな。具合悪いの、ただの風邪かと思ったのに。珍しいとは思ったけどさ。滅多に風邪引かないマージジルマが、具合悪くなるなんて」
「師匠はバカですからね。確かに風邪引いた所は見た事ないです。でも何で師匠が具合悪いって分かったですか」
「国に影響が出たから」
「影響?」
「マージジルマから教わってない? この国の資源は、各種魔法使い代表の魔力で補っている。炎の赤、水の青、電光の黄、植物の緑、生命の桃、回復の白。そしてお前ら、呪いの黒。代表に何かが起こると、その資源にも影響が出るんだよ。赤や青だったら分かりやすいんだけどなー。火がつかなくなったり、断水したりさ」
「初めて聞きましたね」
もう何回も説明した。そう思ったマージジルマだったが、怒る元気はなかった。
師匠の想いに気づいていないピーリカは首を傾げた。
「しかし、呪いの魔法じゃ何が起きるんですか。影響なんてあるようには思えねーですが」
マージジルマの性格上、きっともう説明してるはずだけどな。そう思ったのはシャバの方。その場にいた訳でもないのに説明してると言い切れるほどには、親友との付き合いは長かった。だが彼女にいちいち説明してるはずだと言うのも違う気がして、影響についてだけ説明する事にした。
「黒の魔法使いが具合悪くなると、地味に嫌な事が頻繁に起こる」
「地味に嫌な事?」
「静電気がすごいとか、どこからでも開けられるって書いてあるのに袋が開かないとか、温まったっと思ったのに食べたら冷たかったとか」
「何て地味な……それ本当に師匠が具合悪くなったせいなんです?」
「そうなんだよ。んで、マージジルマ絶対呪われてるんだけど。何かあった?」
「呪われてる?」
「うん。この国の人は、魔力……魔法を使う力を皆持ってる。魔力は鍛えれば鍛える程強くなるから、ピーリカが修行だって言って魔法の練習させられてんのは、魔法を覚えるためプラス魔力を大きくするためって訳。んで、今マージジルマは自分の持ってる魔力の上に、どっかの誰かの魔力が覆いかぶさってる。魔力強けりゃ他人の魔力も見えるはずなんだけど。見えない?」
「そ、その位わたしだって見えてるです」
嘘である。
「そう? まぁ呪いの魔法使いだし、加えて口の悪い民族性だから。恨まれる事は頻繁だけどさ」
「そんな、誰かが呪った所なんて見てねーです」
「そうか。困ったな。どうやって呪ったか分からないと解きようもないし」
「ん? って事は、わたしのお菓子は関係ないって事ですね。何だ、泣いて損したですよ!」
「お菓子?」
「はい。淫乱ピンクと作ったです。それを食べて師匠吐きました」
「淫乱ピンクって、まさかピピルピ?」
「それです。そういやアイツ、幸せになる薬とかふざけたもの入れてたですよ」
「じゃあこの呪いはピピルピが……ピピルピがこんな吐くだけの魔法をかけるわけないと思うんだけどな。ピーリカは食ってないのか」
「はい。師匠は意地汚いので、一人で食べてしまいました」
つまみ食いをしたのは内緒である。
その時、コンコン、と扉が叩かれた音が聞こえた。ピーリカは再び玄関へと走る。
扉を開けた向こうに立っていたピピルピは、心配そうにピーリカの顔を覗き込む。
「ピーちゃん、もしかしてマー君具合悪い?」
「貴様もですか。今黒マスクの男も来てるですよ」
「シーちゃん?」
「そんなような名前だったかもしれません」
ピピルピも家の中へ入り、トイレの前に集まる。
「こんにちは、シーちゃん。貴方の恋人、ピピルピよ」
「よぉピピルピ。マージジルマ呪われてる」
恋人と呼ばれた点についてはスルーしたシャバ。ピピルピもスルーされた点は気にしていない。
「マー君が体壊すなんて珍しいと思ったら呪いだったのねぇ。つわりかと思ったわ」
「体の構造的に無理だろ……一応聞くけど、ピピルピ吐くだけの呪いなんてかけないよな?」
「そもそも私、呪いの魔法使えないわよ。体が熱くなる魔法薬使う事はあるけど」
「それもほぼ呪いな気がするけど……じゃあ一体」
ピピルピはシャバと共にマージジルマの背中をさすりながら、様子を伺う。
「あらやだ、ほんとに呪われてる。どうしたのマー君。貴方呪いの類のプロじゃない。珍しくヘマしちゃったの?」
「ど……」
「ど?」
「毒を食った……」
「んもぅ。拾い食いと知らない人からもらったもの、得体の知れないものは食べちゃダメって昔から言ってるでしょう」
「ピー、リカの」
「ピーちゃん? ピーちゃん毒を食べさせたの?」
ピピルピに疑われたピーリカは、グーにした両手を上げて怒る。
「そんなはずないでしょう。まさかわたしの作ったお菓子を毒だと言ってるですか。天才のわたしが作ったですよ。毒のはずないでしょう。むしろ高級品です。あぁそうか、貧乏性の師匠が高級品を食べたものだから、きっと体がびっくりしちゃったですね!」
「そうかしら」
「師匠がもう少し貧乏性じゃなかったら良かったですね。せっかく食べたら幸せになる魔法かけてやったですのに」
その言葉を聞いたシャバとピピルピは顔を強張らせた。
「ピーリカ……幸せになる魔法かけたのか?」
「ピーちゃん……黒の魔法使いって、人が幸せになる魔法使えないって知ってる?」
首を横に傾けたピーリカの姿を見て、全てを理解した代表二人。
「呪いしか使えない黒の魔法使いは、人を不幸にする事しか出来ない。もし他人を幸せにしようとして呪文を唱えても、何も起こらないはずなんだけど」
「こうしてマー君が呪われてるって事は……ピーちゃん、呪文間違えたわね。魔法は呪文を唱え間違えると、何かしら嫌な事や変な事が起こるのよ」
絶対に失敗を認めないひねくれもののピーリカは、強気な態度で否定する。
「このわたしが失敗するはずないでしょう。師匠はきっと、別の誰かに呪われたです!」
シャバは腕を組んでマージジルマを見つめた。
「だとしたら呪った奴すごいな。代表って事は、民族で一番って事だから。一番の奴を呪うって、実質そいつが一番になったって言っても過言じゃない」
「じゃあ、やっぱりわたしかもしれねぇです」
ピーリカはぺたんこな胸を張りながら罪を認めた。素直じゃないひねくれものな上に、かなりの自信家。一番という言葉は大好きだ。
シャバは罪を認めたピーリカに対して『やっぱりなぁ』と思いつつも、そこは口にはしなかった。ただ伝えなければいけない真実だけを述べる。
「そっか。でもなぁピーリカ、ちょっと呪いの力強すぎちゃってるから。このままだとマージジルマ死んじゃうかも」
「……死?」
「死」
「そ、それは困るです。師匠にはまだまだ教わってない事がたんまりです。どうにかする方法はねーですか」
「うーん……白の魔法使いなら一応呪いを解けるはずなんだけど」
「何だ、じゃあソイツを連れてくるですよ」
「そうだなぁ、来れればなぁ……」
シャバの隣で、ピピルピが困った表情を見せる。
「それがねぇ、難しいかもしれないわぁ」
「何故です?」
「マー君が具合悪いんじゃと思って、私ここに来る前に白の魔法使い代表に連絡したんだけど。今動けないから行けないって」
「動けないって、いったい何で」
「さぁ、何でかしらね。答えてくれなかったの」
「そんなの困るです。今から引きずってでも連れて来ましょう」
「ダメよピーちゃん、一人で行くなんて危ないわ」
「天才だから大丈夫です。代表じゃなくても一般の魔法使いだってきっといるでしょう。白の領土行って、誰かしら連れてくるです」
「あぁん行かないで、私と一緒にいましょう」
ピピルピに抱きつかれ、ピーリカは怒る。止められただけでも腹立たしいのに、柔らかな胸が当たっているのも腹立たしい。
「離せ変態、貴様の家の壁にらくがきするですよ!」
「えっ、毎日ピーちゃんの描いた絵が見られるの? 嬉しい」
「喜ぶですか!?」
騒がしい中、ゆっくりと立ち上がったマージジルマはトイレの水を流し。よろめきながらキッチンへと向かう。
「よけーな事すんな。白の魔法なんか使わなくても寝てりゃあ治るんだよ。うがいして寝る。ピーリカは反省しやがれ」
壁に手を当てながら。マージジルマはゆっくり歩いて、ゆっくりと――倒れた。




