弟子、泣く
土が瞬時に固まり、花を縦半分に切ったような形で動きを止めた。
そんなマージジルマの魔法を受け、一見不利に見えたおかっぱ頭は何故かニヤリと笑って。
「好都合だ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
もはや岩と化した塊の上に現れた魔法陣。岩が荒く、砕け弾き飛んだ。
「うおっ」
マージジルマ目掛けて落ちて来た、拳一つ分位の大きさの岩。当たったら間違いなく大怪我、最悪死んでもおかしくない攻撃にマージジルマは怒鳴り声を上げた。
「危ねぇなへたくそ!」
「うるさい、もっと危ない目に合え!」
次々と落ちてくる岩。彼の元にだけではなく、観客席の方にまで飛んでいく。
観客の多くが知名度のない者達の試合よりも、自分達には届かない遠くの方で兵に囲まれ岩から守られているテクマの姿を見ていた。
だがピーリカはそんなものよりも、逃げ惑う師匠を目で追う。
「あのおかっぱ、何てクソ野郎なのですか。出来る事ならわたしが飛び出して行ってアイツの頭をアフロにしてやりたいです」
手すりを掴み本当に飛び出して行きそうなピーリカの腰に、抱きついたピピルピが止める。
「ダメよ。そんな事したらお姉さんが弟子として優勝しちゃう」
「離せ痴女!」
「乱暴しないで、するならせめて二人っきりの時にして。ちょっと、シーちゃん手伝ってぇ」
ピピルピは困った表情をしながらチラッとシャバの顔を見た。だがシャバは状況を理解していないような、ポカンとした表情で彼女達を見ている。
「なぁピピルピ、オレいつの間に会場入ったんだ……?」
「あらやだ、解けちゃった。本当は私が合図出さない限り解けないはずなのに。私もまだまだねぇ」
「解けちゃったって、さてはお前また……あぁ! いつの間にかマージジルマの奴試合してる!」
「んもう、詳細後で話してあげるから今はお姉さん止めてよぅっ」
踊りを止めない岩々。マージジルマは何とか避けながらも、奴を止める呪いを考えている。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマの唱えた呪文により各地に飛び散った岩々は軌道を変え、おかっぱ頭の方へと突っ込んでいく。
「うわぁああっ……なんてね、ルルルロレーラ・ラ・リルーラ!」
間違いなく黒の呪文ではない呪文を唱えたおかっぱ頭。
彼の前に現れた魔法陣から、緑色の太い蔓が三本程伸びた。変幻自在に動く蔓は、おかっぱ頭目掛けて飛んできた岩を軽々しく跳ね返している。
再びマージジルマや観客達の方へ飛んできた岩。
「緑の、蔓、って事は」
ただ走って逃げるマージジルマを見ながら、高らかに笑うおかっぱ頭。
「ははは、そうさ。ぼくが使える魔法は黒だけじゃない。緑の魔法も習得してる。攻撃も、防御も完璧。これはもう、ぼくが優勝で間違いない!」
「クソが、勝手な事言ってんじゃ……ね」
マージジルマの目の端で、子供一人分位の大きな岩が流れ星のように飛んでいくのが見えた。その方角は、ピーリカ達のいた席の方。
「くっ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
マージジルマはとっさに黒の呪文を唱える。
シャバと練習した時同様、自分とピーリカの位置を変えようと考え呪文を唱えた。だが自分の位置が変わる事はなく、ただ悪い状況が続いている。
呪文は間違ってなかった。
ちゃんと彼女の事を思ってやった。
それなのに発動しなかった魔法。
「何で……っ」
マージジルマはシャバに言われた、ある言葉を思い出した。
『黒の魔法って、人助け出来ないんだろ』
思い出してすぐ、とっさに彼女目掛けて走り出す。
人を助ける事の出来ない黒の魔法しか知らない彼にとっては、魔力より体力でどうにかするしかなかったから。
当のピーリカは突然自分の目の前に降ってきた岩にただただ驚いていた。だが彼女もまた黒の魔法使い。自分を助ける防御の魔法なんて使えない。
「うわぁーっ!」
かわいい自分を守るため。ピーリカは腕を上げ、頭を下げた。だが特に痛みを感じる事はなく。恐る恐る顔を上げると、彼の背中が見えた。
マージジルマは腕の力で手すりに上り、よりによって彼女の目の前で、顔面を大岩に押しつぶされていた。
両手をゆっくり離し、岩と共に手すりの前に滑るように落ちて。地面に顔を着けた。
そのまま顔も体も上げない師匠を目にしたピーリカは、思わず声を上げた。
「し……ししょぉおおおお!」
***
医務室替わりに用意された大部屋には、毒草効果で倒れていた選手達が簡易ベッドの上に寝かされていた。
その隣でマージジルマはパイプ椅子に座っていた。腫れた顔面で、鼻にはティッシュが詰め込まれている。
ムスッとした表情の彼の足元では、座り込んだピーリカがスンスンと泣いている。
彼女の後ろに立っているシャバとピピルピも心配そうに彼を見つめている。シャバは一応、マージジルマに気を使った。
「お姉さん、ほら。マージジルマも無事だったけど、疲れてるだろうし。ちょっと外出ようぜ」
ピーリカは俯きながら首を横に振った。マージジルマの元を離れるのが嫌だと態度だけで示す。
一方のピピルピは気なんて使わない。
「マー君大丈夫? おっぱい揉む?」
シャバはピピルピの頭を軽く小突いた。マージジルマは痛みを感じながらも口を開いた。
「……お前のはいらない」
「あら、私のはいらないって事は別の人のおっぱいならいるのね? じゃあ誰のかしら。お姉さんのおっぱいならいるのかしら?」
「それは……もうもらったから」
「何それ詳しく」
シャバは再びピピルピの頭を小突く。だが内心気にならない訳でもない。
彼らの話を聞いてなかったピーリカだが、騒がしくする三人の声に惹かれて顔をあげた。涙目の中に映るのは、ボロボロだが元気そうな師匠の姿。そんな彼女の視線に気づいて、マージジルマは顔を向けた。
「……何」
「……死んだかと思ったですよ」
「死んではねぇよ」
「うぅ、師匠負けちゃったですよ。師匠が優勝出来なかったら、未来の師匠にわたしが怒られるですよぉ」
嫌味を言っているピーリカだが、本当は顔以外元気そうで心底ホッとしている。だが彼女はとてつもなく素直じゃないので。決して彼のためではなく、自分のために泣いているように見せかける。
そして、マージジルマ少年はまんまと騙されている。
「別に怒んないだろ。優勝出来なかったのだって俺の力不足だ。未来の俺だって分かってるだろ」
「分かってないかもしれないじゃないですか。だって師匠はアホだから」
「今の俺が分かってるのに何で未来の俺が分かってないんだよ」
「そもそもですよ、今回師匠が勝てなかった時点で未来が変わっちゃったかもしれません。あっ、わたしあの卑怯なおかっぱの弟子になるですか、嫌ですそんなの!」
ピーリカは再び地面に顔を向ける。
そんな中、キィ、と部屋の扉の開く音がした。
「やぁ、残念だったね」
白代表のテクマがニコニコと部屋の中へ入ってきた。思わぬ大物の登場にシャバは背筋を伸ばした。
肩に白フクロウを乗せたテクマが自分の方へ近づいてくる理由が分からず、マージジルマは敵意を向けた。シャバが「その人偉いんだぞ!」と言っても聞きやしない。
「何だよ、笑いに来たのか」
「笑ったりなんかしないよ。治療しに来たんだ。僕は白の魔法使いだからね。あんまり力使うと体力的に死ぬから、準優勝の君だけ特別。他の選手達は現代の医学者達に任せよう。医学者達よ、白の魔法使いが絶滅しても大丈夫なようにどんどん発展してね。頑張れ若人」
「誰に言ってるんだ、変な奴だな」
「まぁまぁ。さ、診せて」
マージジルマの腫れた頬に、テクマは手を近づけた。
「リルレロリーラ・ロ・リリーラ」
小さな魔法陣がマージジルマの頬に浮かぶ。一瞬痛そうな顔をしたものの、声は出さない。
「はい、終わり」
「……サンキュ」
「どういたしまして」
ニコっと笑ったテクマ。顔の腫れが引いたマージジルマは、血付きのティッシュを鼻から取り覗いた。
椅子から降りてその場にしゃがみ込み、地面に頭をつけて泣くピーリカの顔を覗き込んだ。
「ほれ、もう大丈夫だから。そんなに泣いてんじゃねぇよ」
「でも師匠が師匠じゃなくなっちゃうから」
「いや、俺があのおかっぱの弟子になればいい。そんでもって、アンタの事を弟子にする」




