弟子、膝枕をする
「待て。傷を治してくれたのは助かったし感謝してる。でもどうして」
「ん? 魔力強いのに怪我してるせいで負けた、なんてなったら面白くないなぁと思って。それに、助けてあげられる力が自分にあるなら、そのときは迷っちゃいけない。そういうものでしょ?」
「そ、そうか……俺そんなに魔力強いのか? 自分じゃよく分からないんだが」
未来から弟子が来てる訳だ、普通よりは力があるのかもしれないと思ってはいたが。
有名人に言われたとなると、より信憑性が増してくる。そうマージジルマは考えていた。
テクマは大きく頷き、マージジルマの考えを肯定する。
「うん。間違いないよ。代表やってるとね、魔力の強弱が見えるようになってくるんだ。君は今の黒代表に匹敵するレベルで強い力を持っている。こんなに強い力なら代表じゃなくても、その辺にいる普通の魔法使いでも気づくんじゃないかってレベルなんだけど。言われた事ない?」
「ない。そもそも普段は山奥に住んでて、最近じゃ人の多い所は滅多に行かないから」
「そっか、ある意味良かったね。下手したら悪い奴に誘拐とかされてたよ」
「そんなにかよ。昔うちに借金取りとか来てたけど、俺に見向きなんかしないどころか殴られてた位だぞ。その中には魔法使い居なかったんだな。良かった」
「あはは。ま、問題はその力を使いこなせるかどう……」
笑みを含みながら話していたテクマだが、フッと無表情になって急にその場へ座り込んだ。
「おい、どうした?」
マージジルマに覗き込まれ、テクマはほんの少しだけ顔を上げた。ただでさえ白かった肌が余計に白くなり。むしろ青白いと言った方が正解。
「……も……い」
「もい?」
「すごい気持ち悪い……」
テクマの顔色を見て、流石のピーリカも心配している。だが当然素直にはならない。
「大丈夫ですか? やっぱり師匠がブサイクだから……」
「俺関係無いだろ」
「師匠の顔をまともに見てられる人なんてそうそう居ないと思いまして。でもそんな冗談言ってる場合じゃなさそうですねぇ。仕方ない、ちょっと優しくしてやるですよ。ほれ」
テクマの足元に正座したピーリカは、自身の太ももをポンポンと叩く。テクマはゆっくりとその場に寝転んで、ピーリカの太ももの上に頭を乗せた。つまりは膝枕というやつだ。
「うわ無理……血かゲロのどっちかを吐きそう……」
「綺麗な顔で何言ってやがるですか。まぁ今は本当に具合悪そうなので許してやるですが、もしわたしの服汚したら未来で多額の金を請求するですよ」
「はぁい」
大人の姿になっているせいか、テクマが自分より小さく弱弱しいせいか。本来はまだまだ子供なピーリカだが、少しだけ母性が目覚めているようで。そっとテクマの頭を撫でた。
そんな光景を目の前で見せつけられたマージジルマは、正直すごく羨ましかった。ものすごく羨ましかった。
だが相手は病人、優しくされるのは当然。それが分かっているからこそ募るモヤモヤ。
優勝したら俺もやってもらえば良いじゃないか、そう自分に言い聞かせる。
そんなマージジルマの肩にピピルピが顎を乗せた。
「どうしたのマー君、不愛想で怖い顔してるわ。私も膝枕やってあげようか?」
「……お前じゃ意味無いんだよ」
「あら、私じゃダメだけど他にして欲しい人がいるのね? そうなのね?」
「うるさい」
素っ気ない態度であるマージジルマの様子を見て、ピピルピは頬を赤らめ目を輝かせ始めた。ただこれは恋ではなく、野次馬的心情。自分が愛される事が好きなピピルピだが、それと同じくらい他人同士の恋愛を見るのも大好きなのだ。
「ピピルピ! ソイツにする位ならオレにしとけって!」
まだピピルピの魔法にかかっているシャバが突然声を上げた。
「あらシーちゃん、やきもち? 可愛い」
ある意味呪われているシャバはその場に跪いた。
「レルルロローラ・レ・ルリーラ」
シャバは赤の呪文を唱え、右手をピピルピへ差し出す。
手の中に咲いた、一輪の炎の花。揺らめく赤い炎に、ピピルピは思わずうっとりしている。
「まぁステキ」
「お前には到底かなわないがな」
シャバは恥ずかしい程キザなセリフのテンプレートを述べる。
マージジルマが可哀そうなものを見る目で彼を見ている。
「俺があんな事させられたら恥ずかしさで死ねる」
ピーリカはテクマの頭を撫でながらも、冷めた表情でマージジルマと同じ光景を見ていた。
「またやってやがるですね」
彼女の言葉を聞いて、マージジルマは思わず呆れた。
「またって事は、未来でもあんななのかアイツら」
「えぇ。でも花の数が違いますね。花束にして出してきますよあの黒マスク」
「もっと恥ずかしくないかそれ」
「黒マスクはもう慣れたって言ってました。でも桃の連中と付き合ってるせいか赤の民族の女が寄ってこないみたいです。不憫な奴ですね。まぁ違う民族同士の恋愛も、歳の差の大きい恋人同士も今時珍しくないですがね」
ピーリカはさりげなく自分と師匠の歳の差を気にしなくていいアピールをする。
だがマージジルマは別の所を気にしていた。
「その、アンタもあれされたら嬉しいのか?」
「あれ?」
「ほら。あぁやって膝付けて」
「うーん、流石に恥ずかしいですよ」
「そうか。だよな。良かった」
「良かった?」
「いや何でもない。ちなみに未来の俺が、あの魔法かけられた事は?」
「そんな事したらあの女、うち出禁にさせてるですよ。ま、代わりにわたしがかけられた事あるんですけどね。気づいたらお姫様だっこされてたなんて、もう二度とされたくない」
「じゃあ出禁にしろよ」
「大丈夫です、あの時は師匠が何とかしてくれましたから。もし今後わたしが危険な目にあっても、師匠は何だかんだで助けてくれるですよ」
信頼故の彼女の言葉。マージジルマはキュっと胸を締め付けられながらも、何が何でも守ろうと誓った。
十分後、テクマの顔色は明るみを取り戻した。逆にマージジルマは顔色悪くし胃を痛めているが、ピーリカは気づいていない。
「良かった、流石に死人が出たら大会中止になりかねないですからね」
顔と体を上げたテクマを見て、ようやくマージジルマも顔色が戻る。
テクマはピーリカの前に立ち、ぺこりとお辞儀。
「お騒がせしましたぁ」
「構いませんよ。にしても白の民族が軟弱って本当なんですね」
「事実だけど、体弱いって言って欲しいなぁ。その方がかわいい」
「かわいいですかね」
「かわいいは大事だよ」
かわいいものは好きだが、体弱いという言葉がかわいいかはよく分からなかったピーリカは首を傾げたままだった。
「ん、そろそろ戻らなきゃ。じゃあ、またね」
そう言ってテクマは自分の席へと戻って行ってしまった。ピピルピは座ったままのピーリカの膝上を眺めた。
「お姉さんのお膝空いた! 今度は私の番よね!」
「貴様の番は一生来ないです!」
ピーリカは寝転ぼうとしたピピルピの顔面を掴み、近寄らないようにしている。マージジルマもピピルピの腕を引っ張り、もう自分以外を寝かせないようにしている。
その光景を見たシャバは、虚ろな目をしたまま椅子の上に座り。足を開き、両手を広げた。
「ピピルピ、おいで」
ピーリカとマージジルマから離れ、ピピルピはお姫様抱っこの形でシャバの上に座る。彼女の動きに呆れかえった師弟は、それ以上何も言わなかった。
「あれ、赤と桃の代表の弟子やん。何しとんの?」
彼らの前にやってきた黄色い髪をした女が、独特な言葉遣いでシャバとピピルピに話しかけてきた。首からぶら下げているドリンクホルダーを見るに、観客席で飲み物を売る売り子のようだ。ピピルピはシャバに抱きついたまま答える。
「イチャイチャしてるの」
「へぇそうなん。ドリンク買うてや」
女はドリンクを買わせるのが目的であり、目の前でイチャつくカップルに興味はない。
「うーん。今そういう気分じゃないわねぇ。シーちゃんは?」
「ピピルピがいればそれでいいな」
「まぁ嬉しい」
二人に買う気がないと判断した女は、ターゲットをピーリカとマージジルマに変える。
「ほんならお二人さんは? キンっキンに冷やしてあるさかい、めっちゃうまいで!」
「飲み物ですか。コーヒーあるですか?」
「コーヒー……あかーん! 品切れや。でも売店にならあるはずや。せや、売店ならお菓子もアイスも売っとるし、コーヒーと一緒に食べるもんも選んだ方が良いんとちゃう? 何ならついて来たって。まだ試合まで時間あるし大丈夫やろ。案内するで」
ここぞとばかりに別のものも買わせようとしてくる女。商売上手もいいとこである。
ピーリカはマージジルマの顔を見た。
「ですって師匠。コーヒー飲みますよね」
「なんや、弟くんが飲むんかいな。てっきりお姉さんが飲むんやと思ったわ」
ピーリカは女の言葉に目を丸くし、怒る。
「失礼ですね。こんな短足、弟じゃありません!」
「誰が短足だ、誰が」
マージジルマも怒るがピーリカは気にしていない。
女は売上のため、何とか二人の機嫌を損ねないよう気を使う。
「そうなん? なんや仲良さそーに見えたし、てっきり姉弟やと思ったわぁ。堪忍したって」
「まぁ仲は良いですね。いつでも一緒です」
「へぇー! お姉さんみたいな美人といつでも一緒におれるなんて、彼が羨ましいわぁー」
「そうでしょう、そうでしょう!」
ピーリカはおだてられて調子に乗っている。逆にマージジルマは少し気恥ずかしそうに目線を逸らす。そんな光景を見ていてピピルピはとても楽しそうにしている。シャバは未だに呪われたままだ。
機嫌のよくなったピーリカは笑顔で問う。
「それで師匠、コーヒー飲むでしょう。昨日浮いた宿代があるですし、たまにはわたしが奢ってやるですから。買いに行くです」
「……こーひー?」




