弟子、ブラを外してもらう
食事を終えて、片付けもした。普段のマージジルマなら、一人で風呂に入りとっとと寝る訳なのだが。今夜は生憎、一人じゃない。念のため客人に確認を取った。
「あの……風呂入ります?」
「何でそんな急に敬語になるですか。勿論入るですよ。わたしだって汗かきました。師匠も汗かいた他人が自分のベッドに入るの嫌でしょう」
「んん、じゃあ、とにかく、用意するから。というか、アンタの中ではベッド問題は解決されてるのか?」
「大丈夫ですよ、足曲げれば何とか二人でザコ寝出来ます」
「色々な意味でザコ寝なんか出来ねぇだろ」
「訳の分からない事をとやかく言ってないで、早くしてください。早くしてくれないとわたし、汚れたままベッドにダイブするです」
「分かった、分かったから」
リビングを出たマージジルマは風呂場を洗いに行く。いつもであれば無心のまま作業するのだが、今夜は色々な事を考えながら作業している。
別に一緒に入れと言われている訳ではないが、普段自分が過ごしている家で見た目の良い美人が食事をしただけで緊張しているというのに。彼女が自分の家で服を脱いで風呂に入るなどと。
何と言うか、ねぇ。
「あ、そうだ。あれ」
ふと、ある事を思い出したマージジルマは浴槽に湯を入れ、風呂場の扉を閉めた。別室へ向かい、自分が普段寝ている部屋の隣にある部屋へ足を入れる。電気をつけると、少しホコリのかぶった三段重ねの古い棚が真っ先に見えた。一番下の段の扉を開け、漁り、一枚の洋服を持ってリビングへと向かって行った。
ピーリカの元へ戻ってきたマージジルマは、薄い水色に白いフリルのついたネグリジェを彼女へ渡す。
「可愛い寝巻ですね。でも師匠が着るには可愛すぎると思うですよ」
「俺じゃねぇよ。アンタだ。見た所着替えなんて持って来てないだろ。今着てる服で寝るんじゃ疲れも取れないだろうし」
「それはどうもですけど、何で師匠こんなの持ってるですか。さてはやっぱり自分用に」
「バカ言え、俺の母親のだよ。俺が使う訳ないだろ」
「えっ」
「アクセサリーとか売れるもんは全部売ったけど、価値のつかない普段着とか寝巻の数枚は残ってただけだ。物は古いかもしれねーけど、そこまで汚れてないと思うし」
「良いんですか?」
「使わないのも勿体ないからな」
「それじゃあ、お言葉に甘えます。サイズも良い感じっぽいですし」
「どーぞ。とっとと入ってとっとと寝て」
「覗いたらダメですよ」
「誰が!」
いたずらっ子の笑みを浮かべたピーリカは、ショルダーバッグを机の上に残して風呂場へ向かう。
あくまで彼女は本音交じりの冗談として伝えたのだが、伝わっているかどうかはマージジルマの受け取り方次第で変わってくる。ちなみに今のマージジルマは、何となく気持ちが落ち着かなくて。体を揺らしソワソワしていた。
未来とそれほど変わっていなかった脱衣所。
内開きのドアを開けてすぐ正面に見える洗面台。その横に脱いだ服を入れるかごと、タオルの入った蓋付きのかごが一つずつ置かれている。
ピーリカは足元の青いマットを踏みつけながら、蓋付きのかごの上にネグリジェを置いてワンピースを脱いだ。いつもであれば次に脱ぐのは、キャミソールとキャラクターの絵が描かれたお子様ぱんつ。
だが今彼女が身に着けていたのは、白色のレースがついたブラジャーに、薄い生地のショーツ。どちらかといえば、自分よりママが着ていたのと似ている。
洗面台の鏡に映る自身の姿が目に入り、何だか急に大人になった気がして恥ずかしくなってきた。
「べ、別に将来的にはこうなる訳ですし。怖気づいてしまう事は何もないですよ」
強がりながらブラジャーを外そうと布を引っ張ってみるも、うまく外す事が出来ない。それもそのはず。本来の姿のピーリカは、ブラなど必要ないぺったんこなお胸。
ワンピースのように上へずらして脱ごうとしたが、胸が引っかかってうまく脱げない。
逆にパンツのように下へずらして脱ごうともしたが、尻が引っかかってうまく脱げない。
色々な所を触っている内に、背中部分に硬い金具のようなものがある事に気づいた。きっとそれがボタンのような役割をしているのだろう、と引っ張ったり押したりしてみるも中々うまく外せない。
苦戦している内に、そもそも何故わたしは今こんなものを身につけているのだろうかという疑問にたどり着いた。
「わたしが大きくなったのは、師匠が呪ったから。あれ、そういやワンピースも合わせて大きくなってましたね。って事は……」
考えの末、ピンときたピーリカは。その姿のまま出された答えの元へ駆けて行った。
「師匠のスケベ! 責任もってブラジャー外してください!」
「おわぁあああっ!? な、何言ってんだアンタ!」
突然目の前に現れた下着姿の美人に、少年が動揺しないはずがない。
リビングの真ん中、ピーリカはマージジルマに背を向けて木の椅子に座った。
「だってこれ着けたの師匠じゃないですか。わたしこれ自分で着けた事ないですもん。外し方分かんない!」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃねぇです。言っておきますが、わたしだって恥ずかしいですよ。きっと金具をどうにかすれば外れますから。早くしてください」
勢いで出てきてしまったが、ちゃんと恥ずかしいと思う気持ちはピーリカにも残っている。言動は乱暴だが、中身はちゃんと乙女なのだ。
マージジルマが指定されたのは背中についた金具を外す事だが、彼の場所からは美しい背中だけでなく尻も目に入ってくる。
気持ち的には見ているだけでもいっぱいいっぱいなのに、それに触れて外せと言われているのだから難題過ぎる。
ただこのまま無視していても、きっと彼女は諦めてくれない。
震えた指先が、ブラジャーの布部分に触れた。
ピーリカの両肩が、緊張のあまりピクッと動いた。つられてマージジルマも、同じように動いた。
「動くなよっ」
「そんな事言われても、なんか、緊張しちゃって」
他人相手にここまで肌を見せた事なんてない。しかも相手は師匠だ。
普段は図々しい態度のピーリカも、流石に大人しくなっている。
一方のマージジルマも、空気に飲まれている事もあり悪口の一つも出てこない。
とりあえず早く外して早くこの部屋から出て行ってもらおう。そう考えたマージジルマは、ブラジャーの金具がついた部分を両手で掴んだ。すぐに外したい気持ちはあるが、構造を分かっていない事もあって、見ながらでも外すのに一苦労。
そもそもマージジルマ少年もピーリカ同様、女の下着なんて着けてやった事も外してやった事もないのだ。
というかこれを着けたのは未来の自分ってどういう事だ、だとか聞きたい事はあるものの。聞いてしまっていいのかも分からない。
何とかカチャカチャいじりまくって、ようやく外れたブラジャー。
「よし」
「あやややっ」
マージジルマが手を離した瞬間、ブラジャーは前にずり落ち危うくピーリカの胸が丸出しになる所であった。ピーリカは両腕を使い、胸元を隠す。
「わ、悪い。大丈夫、見てねぇから!」
もはや見てる見てないなど問題ではなく。それ以上の空気感。
「はい、では、いってきます!」
「行ってらっしゃい!」
流石に恥ずかしくなったのか、ピーリカは逃げるようにその場を離れた。
残されたマージジルマもその場に座り込み、どうすればいいのか分からないで。ただただ悶絶していた。
外れたブラジャーをネグリジェの上に置いて、最後の一枚であるショーツも脱いだ。指輪も外して生まれたままの姿になったピーリカは、風呂場へ入っていく。白いタイルの壁に、茶色い床。バスタブの中にはお湯が張られていていて、その熱が湯気と化して室内を漂っている。
「む、石鹸が一つしかないですね。まさか頭も体もこれで洗うんでしょうか」
床上に置かれた、黄色い桶と四角い固形石鹸の入ったプラスチックの箱が一つずつ。いつもピーリカが入っている風呂場では、その隣に頭用の液体石鹸が師匠用と弟子用がそれぞれ一本ずつボトルで置かれている。だがここは過去の世界。そもそも弟子用の石鹸なんてあるはずもなく。
まず桶でお湯を掬い、頭からかぶる。固形石鹸を手に取り、両手で擦った。石鹸特有の清潔感溢れる香りがピーリカの周辺に弾けた。生まれた泡を体に、仕方なく頭に、なじませるように付着させる。
体はまだしも、頭につけた泡にはどうも抵抗があるピーリカ。ボサボサのごわごわになったりしそう、なんて思いながらも全身を洗い、お湯で泡を流す。
ふと、視界に入った自身の胸を揉んでみた。ふにふにと柔らかく膨らんでいたその感触は、元の姿であれば自分からは感じられなかった感触。
頑張れば大きくなる可能性はあると分かったものの。
ピーリカはピピルピの姿を思い出した。互いに今の姿であればピーリカの胸はピピルピより少し大きいと言える。
だが本来のピピルピと比べてしまうと全く勝負にならないレベル。その位ピピルピはデカい。
ピーリカを『大平原の小さな胸』とでも呼ぶとしたら、ピピルピの事は『山がそびえし大きな胸』とでも呼ばなければならない。
「やっぱり大きくないと好きになってもらえないのかなぁ……これなら好きになってくれるかなぁ」
本人の前では絶対に口にしない言葉は、泡と一緒に洗い流す事にした。




