弟子、痴女に相談する
シャバの上空でだけ、突然の雷雨。火と魔法陣は消えたが、落ちてくる雷を避け続けなければならない。
「うぉ! あぶねっ」
ピーリカは喜びの笑みを浮かべた。
「やれば出来るじゃないですか師匠!」
「教えた奴がいいから?」
「当然じゃないですか」
「全く……あ、あの子戻ってきたぞ」
森の中の一本道、ピピルピが青い髪のおっさんの腕を組みながら歩いてきた。
「あらまぁ、解決出来たの?」
水浸しになった周囲を見て、状況を判断したのだろう。ピピルピはおっさんの体にピタッとくっ付いて、上目遣いをしながら話す。
「おじ様ごめんなさいね、もう済んだみたい」
「そうか、それは残念だ。せっかく良い所を見せられると思ったのに」
「おじ様のステキな魔法は、また今度見せてね。何なら、二人っきりの時でも構わないの」
「仕方ないなぁ」
見るからにデレデレのおっさん。
言動はアダルティなピピルピだが、見た目はまだ子供に近い。だからこそマージジルマは親族でもなさそうなおっさんと歩くピピルピを心配した。雷雨を放っていた魔法陣が自然と消えて、ようやく自由の身となったシャバに顔を向ける。
「あのおっさんヤベー奴じゃないだろうな、大丈夫か?」
シャバは何事も無かったかのように答えを述べた。この程度の不幸には慣れているらしい。
「大丈夫大丈夫、むしろ、おっさんが被害者。今ピピルピの、桃の魔法にかかってるだけだから」
「桃の魔法って」
「桃の魔法は生命の魔法。愛を育み愛を生むための甘い毒。ようは色仕掛けによる操り魔法。威力は絶大」
「まさかお前も?」
「気づいたらひどい目に合ってる時あるから、そういう時はかけられてるんだと思う。自覚ないから分かんないけど。対価に色々見せてくれるし、触らせてくれるから構わない。ただそこに真実の愛はないよ」
「……何と言うか、大変そうだな」
ピーリカはピピルピに腕を掴まれ「両手に花」ごっこに巻き込まれた。当然ピーリカが大人しくしている訳がなく、師匠の方など気にせず騒ぎ始めた。
シャバはそんな彼女達を見つめながらマージジルマに問う。
「まぁ慣れた。でもぶっちゃけお前の方が大変だろ。明日の大会いきなり出ろとか。で、本気で出るの?」
「うん、まぁ、話の流れで。エロい事を条件に」
「何それ羨ましい。あのお姉さんにか、いいなぁ。オレもされたーい」
「けど大会出て優勝までしなきゃなんだから、状況的にはキツいままだ。よし、続きいくぞ。それとも、もう終わりのつもりか?」
「……やってやんよ!」
周囲に稲妻が走り、反撃の炎が舞い散る。
どうでもいいがモブである髭のおっさんは、念のため魔法で大量の水を桶の中に出して帰って行った。
シャバとマージジルマから離れた所に座っている少女二人。
本来であればもう少しピーリカからのアドバイスがあればマージジルマももっと成長出来ると思われるが、そもそもピーリカ自身がまだ教えるような身ではない。というよりもうピーリカは十分教えた気でいる。
ピピルピはピーリカの顔を眺めていた。しかしピーリカが見るのは、マージジルマただ一人。
流石時期桃の代表と言ったところか、すぐさまその視線の理由に気づいた。
「お姉さん、マー君の事好きねぇ」
「そうですね、トイレットペーパーと同じ位には好きですよ」
「いないと困るのね、そうなのね」
「解釈は人それぞれですね。でも押し付けるなですよ」
「じゃあ好きだと仮定するわね」
「勝手にしろです」
冷静に言っているように見えるが、ピーリカは内心動揺している。何故こんなにも色々な人にバレているのか。いや、バレているはずがない。痴女にバレたのはたまたまだ、なんて自分に言い聞かせてみたりもする。
彼女の心情など知らないピピルピは、ガールズトークを楽しむ。
「ねぇねぇ、何で好きになったの?」
「仮定の話なんだから、別に好きじゃないとも言えるのですけど。でも、そうですね。何だかんだ言ってわたしの事信じてくれる所は良い所だと思います。わたしのパパ、わたしが魔法使えるって信じてくれなかったですから。後は、そうですね。魔法使ってる所はまぁカッコいいんじゃないですかね。虫の次位には」
「うふふ、ステキだわ。桃の民族皆そういう恋愛話大好きなの」
「ただのゴシップ好きじゃないですか。ま、わたしのはあくまで仮定の話ですから、師匠には言うなですよ」
「何でぇ。あのねお姉さん、気持ちっていうのは言わないままより言った方が伝わるものよ? 勿論、言いたくない時もあるだろうから無理にとは言えないけど。そういう時は黙って傍にいてあげるの」
「……それは分かってますけど。自分でも気づいたら強がってるのでどうしようもねぇです」
ピーリカは珍しく素直に悩みを打ち明ける。誰かに相談したいくらいには深刻な悩みだった。ただ、その相談相手を間違えたかもしれないという事に彼女はまだ気づいていない。
ピピルピは真剣な表情で答えた。
「うーん、口の悪い黒の民族性が出ちゃってるのかしら。でもね、別に言葉だけが気持ちを伝える方法じゃないのよ」
「聞いてやらないでもないですよ」
「まずおっぱいを出しまぁす」
「もういい。黙れです」
ピーリカは相談相手を間違えたという事に今気づけた。
「だってそれが一番手っ取り早いのよ? あとはキスとか」
「他の方法であれば口にしても構わないですけど、それらの方法についてならばもう黙れです」
「他の方法……お尻かしら」
「もういいです」
「やだぁ、もっとお話して? 何なら体でお話しましょ?」
ピピルピはピーリカのワンピースの襟ぐりから右手を突っ込んで、ピーリカの胸を触りだした。
「わぁっ、どこ触ってるですか!」
「Dカップって所かしら。でももう少し育つわ。何なら私が育ててあげちゃう」
「やめろです、離せ変態!」
「そんな事言わないで。チューチューとラブリーでムニムニしてムラムラしましょ?」
「何だか分からないけど嫌です! 離せ変態、この変態!」
ピピルピはピーリカに頭を叩かれるも、特に止める気配のない。少し離れた場所にいた野郎二人も、彼女達の戯れに気づいてしまった。
「止めた方がいいんかなぁ」
「……ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマの呪文と共に、シャバとピピルピの足元に魔法陣が浮かぶ。二人の腕を、縄がグルグル巻きに縛り上げた。
「くっ、拘束とはやるじゃん」
「マー君、縛りが甘ぁい!」
それぞれの思いを口にした二人だが、マージジルマは気にせずピーリカの元へ近寄る。
「おい、大丈夫か」
「ふへぇ。危うく変態に襲われる所でした。よくやったですよ師匠、褒めてやるです」
「偉そうなんだよなぁ……」
呆れている口調で言ったマージジルマだが、本当に彼女の無事を安堵したような優しい顔をしていた。
シャバはその隙に縛られた縄を解こうと腕を引っ張る。顔を覆っている布がなければ歯で引き裂けたかもしれないが、それは今更言った所でどうにもならない。びくともしない縄に、シャバは仕方なく赤の呪文を言葉にした。
「レルルロローラ・レ・ルリーラ……あっつ!」
魔法によってシャバの腕を縛っていた縄が燃える。すぐさまモブの残していった桶の水に腕を突っ込み、鎮火させた。両手を引っ張ると、燃えた縄は千切れたものの、シャバの腕には跡が残った。口から息を拭いて、布を揺らしながら更に腕を冷やす。少し痛みはあったものの、強がってマージジルマの前に仁王立ち。
「ま、こんなもんだぜ」
平然とした姿を見せつけた。
マージジルマは未来の弟子を庇うべく、彼女の前に立つ。
「だったら今度はお前の炎程度じゃ溶けないような、熱に強い鎖でも着けてやらないとかな」
シャバへの言葉だったが、ピピルピが反応した。
「あっ、マー君。私もそれやってほしい! 出来れば首輪も! 裂いて壊して汚して!」
「お前には言ってない!」
縛られたままのピピルピを放置しつつ、二人は再び戦いの炎を上がらせた。
空は青から赤へと変わり。太陽と別れて、月と出会う。
シャバは背伸びをして、マージジルマは額の汗を腕で拭った。
「さて、何だかんだ良い感じに仕上がってるし。そろそろ終わりにするか。なんたって本番明日だしなぁ。っていうか、筋肉痛とか大丈夫か?」
「問題ない。畑仕事で体力には自信もあるからな」
「フラグにならなきゃいいけど。じゃ、帰るか。ピピルピ――……まだそんななの?」
今だ縛られたままのピピルピは、涙目でシャバに訴える。
「酷いのよ。縛ったらそのまま無理やり乱暴するのが常識でしょう? 視姦すらされずそのまま放置なんて、私には満足出来ない!」
「常識じゃあないなぁ。それにピピルピが動かないよう縛っただけで、喜ばす気微塵もないだろうし」
シャバはピピルピの腕から縄を外す。炎ではなく、自らの手を使って。自由な身となったピピルピはシャバの肩に両腕を回して抱きついた。
「ありがとうシーちゃん、お礼はチューでいいかしら? それとももっと親密になれる事?」
「いつも選んだ所で結局ピピルピがやりたい方になるじゃん」
自然な流れでくっついている二人を見て、要らぬ知識を得るピーリカ。自分もこれ位やらなきゃダメかなぁ、なんて余計な事を考えている。
シャバは自分に引っ付いているピピルピを剥がしながら、ピーリカの顔を見た。
「そういやお姉さん、未来から来たって事は今日の夜とかどうすんの?」
「ん? 一応宿取れってお金は貰って来たですよ」
「そっか。えーと、ここからだとベホイの宿が一番近いかな。でも早くしないと満室になるんじゃ」
「おぉ、それは大変」
「早く行った方がいいぞ。さて、オレらも帰るぞピピルピ。マージジルマも、このシャバ様が協力してやったんだから。明日ぜってー勝てよな」
シャバは離れようとしないピピルピの事を諦めて、肩ではなく腕を組ませた。
妥協したピピルピはシャバに引っ付いたままマージジルマを応援する。
「はーい。じゃあマー君、頑張ってね。明日はちゃーんと応援してあげるからぁ」
手を振って去っていく二人。
彼らの姿が米粒程度の小ささに見えるようになった所で、マージジルマは一人残ったピーリカの顔を見上げた。
「アンタも早く行けよ」
「うーん。思ったですけど、宿に泊まるなんてお金勿体ないですよね。きっと師匠ならそう言うです」
「言わねーよ。野宿しろなんて」
「師匠がわたしに野宿しろなんて言う訳ないでしょう。師匠はわたしを危ない目に合わせたりしません。ん? いや、たまにならしますね」
「してんのかよ……まぁ未来の俺がどうであれ、今の俺的には宿行って来いって言うから」
「宿には行きませんよ。泊めろです」




