師匠、赤の魔法使いと手合わせする
「出来ない事はないんじゃないですかね。えーと、例えばそう。師匠がドMになれば解決しますよ。攻撃を受けたいのに受けられない呪いをかければ良いんじゃないでしょうか」
「それのどこが良いんだ。って事は攻撃一択なんじゃないか」
「えーあーまぁ、そうなるですね。でももしかしたら他に方法あるかも。そうだ、そこの淫乱ピンク、他に何か聞いてこなかったですか?」
淫乱ピンクと呼ばれても気にしないピピルピは、平然とした顔で答えた。
「今の黒代表、ファイアボルト様は防御魔法使うわよ」
「なんだ、使えるんじゃないですか」
「白の魔法みたいなシールド作る感じじゃないらしいけどねぇ。私も白の魔法は見た事無いから詳しくは知らないけどぉ」
「確かに、師匠が防御魔法使ってるの見た事ないですけど。じゃあどうやって」
「攻撃を受ける直前に盾になるものを召喚してるわ。高価な品だったり獣だったり人だったり」
「最悪な防御方法じゃないですか」
「だって黒の魔法じゃ呪いしか使えないんだもの。卑怯な感じの技しか使えないわよねぇ。まぁ、人によっては緑とか青の魔法辺りの、他の魔法うまく使って防御したりするから。時間があるならそれも覚えちゃえば良かったんだけど」
「他の魔法?」
「うん。基本的に魔法使いは、それぞれ生まれつき民族の魔法を使うのが主流でしょ。だから私は桃の魔法使うし、シーちゃんは赤の魔法使うの。でも他の民族の魔法も練習さえすれば使えるようになるから。人によっては別の民族の魔法しか使わなかったり、合わせ技で色々な魔法使ったりもするわ。私のお師匠様も桃の魔法だけじゃなく、緑の魔法使ったりするの。すごいのよ、お師匠様お手製蔓の触手。思い出しただけで濡れちゃう」
ピピルピは何故か頬を赤らめた。彼女が照れる意味が分からないピーリカは、地面を見渡す。
「どこも濡れてないですけど。まぁ良いでしょう。じゃあ師匠も早速何か他の魔法を」
「うーん。あんまりおススメしないわ。失敗したら元も子もないし、まずは一つどれかしらの魔法をちゃんと使えるようになってからの方が良いんじゃないかしら。やるんだとしたらマー君は黒の民族なんだし、やっぱり黒の魔法からかしらね。自分の民族の魔法の方が体になじみやすいとかで、すぐ習得出来るっていうし。何よりお姉さんの居た未来じゃ、マー君黒の魔法しか使ってないんでしょ」
「なるほど。一理あるですね。じゃあまずはやっぱり黒の魔法から。あぁでも、出来ればサクッと覚えて欲しいですね。そうだ、他に今の黒代表であるファイアなんとかの情報はないですか。ソイツの好きそうな技とか、きっとそういうのから覚えていけば良いですよ。最悪賄賂でも渡すです」
「そうねぇ。ファイアボルト様、登山が好きだって」
「何の参考にもならないですね」
「賄賂に山をプレゼントしたらどうかしら」
「ド貧乏の師匠が山なんて持ってる訳ないでしょう」
「この家が建ってる場所、山の中よ?」
「……なるほど。師匠、家を売って下さい」
マージジルマは言葉にこそしていないが表情で嫌だと答えている。流石のピーリカもその表情を見て諦めた。
それによくよく考えてみると、この家は将来自分の住む家だ。売ったら未来の師匠にめちゃくちゃ怒られる。別に怒られるのは構わないが、嫌われるのが一番怖い。
「作戦変更。家を売るのは無しです。それより師匠、攻撃魔法の練習ですよ。なに、練習台はそこの黒マスクで良いでしょう。適当に傷つける魔法をかけてください」
突然狙いを定められたシャバは全速力でその場から走って逃げた。
マージジルマは両手を前へ構え、呪文を唱える。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
青々とした森の木々の内、一本の木の根元に現れた魔法陣。その木の根元はみるみるうちに黒く変色し、ミシミシと音を立て、勢いよくシャバの前に倒れた。
「殺す気かぁっ!」
青い顔をするシャバの元へ、ピピルピは真っ先に駆け寄る。だが彼女の思いは心配ではなく、自分の欲。
「シーちゃん大丈夫? おっぱい揉む?」
「うん後でな。それよりマージジルマ、お前何しやがる!」
ただ言われたからやっただけのマージジルマだが、流石に反省の気持ちはあって。
「すまん。悪気はなかった」
「タチが悪い。いくら練習のためとはいえ悪いにもほどががあるだろーよ」
「そうかもしれないが、今のも優しくしたつもりだぞ。俺は直前まで木を当てる気でいた」
「何て奴だ。それに、そんな風に植物を粗末に扱うとマハリクのばーさんに怒られるぞ」
「誰だマハリクのばーさん」
「緑の代表。これ以上植物を傷つけるのは止めておいた方が良いぞ。あのばーさんおっかねぇから。仕方ない、このシャバ様が協力してやらん事もない」
「お前が?」
「おうよ。ピピルピ、念のため水用意しておいてくれ。お前なら出来るだろ」
ピピルピはシャバの頼みの理由を察し、快く引き受けた。
「はぁい。でもシーちゃん、やりすぎちゃダメよ」
「分かってるって。それより早めで頼む。言っとくけど、オレだってまだ修行中だかんな」
「うんうん。頑張ってねぇ」
そう言ってピピルピは山を駆け下りて行く。シャバは両手を広げ、自分の前で構える。
「さぁ、ショータイムだ! レルルロローラ・レ・ルリーラ!」
唱えたのは、赤の呪文。
いくつもの魔法陣が、マージジルマを囲った。順に立ち上がる火柱。
「熱、何だこれっ」
渦巻いた炎に囲まれ、マージジルマは熱風に襲われる。その光景を見て、シャバはニッと笑う。
「赤の魔法は炎の魔法。熱と明かりを生み出し、時に傷つける罪な魔法よ。さぁ、黒焦げになりたくなかったらどうにかするんだな。ぶっちゃけオレにもこれ消せない!」
「何で出したんだてめぇ!」
マージジルマに怒られたシャバだが、更にピーリカから胸倉を掴まれた。
「わたしの師匠に何するですか、このくそったれ不憫野郎!」
「ぼ、暴力反対! てかほら、その師匠だったらかっこよく解決するかもしれないじゃん。今は師匠を信じてさぁ」
「師匠がかっこいい訳ないでしょう!」
「お姉さん言ってる事が無茶苦茶ぁ」
掴まれたままのシャバは、ちょっと涙目だ。
炎に囲まれたマージジルマは、彼女にかっこいいと思わせようと考えながら両手を構え呪文を唱える。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
『きゃははははははは』
魔法陣が光るも、炎の中から子供の笑い声が聞こえただけだった。炎は姿も変わらず、消える気配もない。ただマージジルマを嘲笑うためだけに声を上げたようだ。
「失敗か、思いが足りなかったって事か」
それとも邪念が強かったせいか。反省したマージジルマは再び両手を構え、集中し始める。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
「……えっ!?」
マージジルマとシャバそれぞれの足元に、魔法陣が現れた。光に包まれたかと思えば、一瞬だけ姿を消して。再び姿を見せたものの、シャバは炎に囲まれ、マージジルマはピーリカに胸倉を掴まれていた。
ピーリカは掴んでいた手を離し、マージジルマに問い質す。
「どういう事ですか、何で師匠がこっちに」
「アイツ呪って、俺との場所を交換させた」
「流石師匠。じゃああんな奴どうでもいいですね」
炎に囲まれたシャバは、完全に泣いた。
「鬼、悪魔、人でなし!」
「泣くなよ。ちゃんと火は消す。家の前で死なれるの嫌だし、家に燃え移っても嫌だし」
「結局は自分のためか。まぁいい、助けて!」
「自業自得だろ。いいけどさ」
マージジルマは再び両手を構える。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
小さな雲が上空に現れ、パラパラと雨が降った。だが炎が消えるほどの量ではなく、シャバが少し湿っただけ。
「おかしいな、もうちょっと大量の水が降ってくる気でやったんだけど」
ピーリカが偉そうに助言を口にする。
「ふむ、奴をずぶ濡れにさせるついでに炎を消そうとしたですね。確かにそれなら黒の魔法は発動するでしょうけど……いっそ炎の事は考えず、もっとアイツの不幸を考えて呪えです。その方が黒の魔法はちゃんと発動して、アイツはもっと酷い目に合うです」
シャバは今すぐこの場から逃げ出したくなった。だが引き受けてしまった以上、逃げるのもカッコ悪い気がしてその場から動かない。あと逃げたら逃げたでもっと酷い目に合う気もしている。
マージジルマは頭を抱え、シャバにとっての不幸を考える。
「アイツの事大して知らないから、アイツの不幸とかどんな事をすればいいのか」
「じゃあアイツをわたしだと思えです。わたしのような可愛い弟子を攻撃しようと思えば、きっと強い力を発動出来るはずですよ」
「いやアンタの事も大して知らないし、可愛い弟子かって言われてもいまいちピンとこないって言うか」
気恥ずかしいため口にはしないが、今のマージジルマにとってピーリカは可愛い弟子ではなく、顔の良いお姉さんといった立ち位置。
ピーリカは胸を張って言った。
「美少女である事はもう十分知っているでしょう。それさえ分かっていれば十分です」
「んな無茶苦茶な」
「いいからやれです」
言われるがままに、シャバをピーリカだと思いこむ。
シャバの見た目は全くと言っていいほど可愛くないため、マージジルマはそっと目を瞑る。瞼の裏に、美人を思い浮かべて。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」




