師匠、思春期
肉を噛むマージジルマを見て、ピーリカは強気な笑みを浮かべた。
「ほら美味しいでしょう。魔法使いになれば、楽をしつつもこんな食事がほぼ毎日ですよ。未来のための投資、悪いものでもないでしょう」
ほぼ毎日というのは嘘である。むしろ子供時代の貧乏が過ぎて、金に困ってない今でも自分で野菜を作っているレベルだ。確かに肉も食えるようにはなったが、毎日肉ばかり食べている訳でもない。魚も食う。
そして彼がこの世で一番好きな肉は、人の金で食う肉だ。自分の稼ぎと肉はあまり関係が無い。
だがこの時間軸の彼は、そんな汚い事など思いつかないほどには清らか。
清らかながらも楽して肉が食えるようになるというのは、確かに悪い話ではないと感じていた。
だが肉に釣られて承諾するというのは、何だか子供っぽい気もして。肉を飲み込んだマージジルマは負けずに意地を張る。
「あぁ、だからアンタそんなに肉のついた体してんのな。俺そんな風になりたくねぇし。別にいい」
「肉は食べた分動けばいい話ですよ。というか、乙女の体形に口を出すなど死刑に等しいです!」
「何が乙女だ。ただのガサツ女だろ。いくら乳がデカくても、そんなんじゃ乙女には見えねぇな」
「こんな華憐な少女相手に乙女じゃないと言うなんて病気ですね。大体さっきから何でそんな事言うですか。いい加減素直になってください。師匠おっぱい大きいの好きじゃないですか。何でおっぱい大きいわたしの言う事聞いてくれないですか!」
「好きじゃねぇし、微塵も好きじゃねぇし」
言葉は強気のままだが、マージジルマの視線が泳ぎ始めた。
確かに興味がない訳ではないが、それを認めてしまうのも恥ずかしい。そう思っていたマージジルマは、己が未来では開き直って巨乳好きを明言している事をまだ知らない。
言葉も気持ちも強めなピーリカは攻撃を続ける。
「嘘だ、わたし知ってますからね。わたしのママが来た時、ママのおっぱいチラチラ見てるの」
「そこは嘘であってほしい」
実際は母親の顔を見れずに下を向いているだけだったのだが、その理由こそ彼女は知る由もない。
「言っておきますがわたしだってもう少し大人になればもっともっと巨乳になりますから。ママどころか痴女ピピルピにも負けない巨乳になるですよ。今に見てろです」
根拠の無い自信。
だが少年の気持ちを揺さぶるには十分だった。
「ち、乳なんて脂肪の塊!」
いつも巨乳が好きだと言っている男に脂肪の塊などと言われ、カチンときたピーリカ。マージジルマの頭を引き寄せて、自身の胸の中に埋めさせた。
「うらぁ!」
「っわああぁっ!」
マージジルマは一気に顔の熱を上げた。何故こんな事をされているのか、見当もつかない。
胸の悩みを抱えているピーリカは、まだ怒っている。
「脂肪の塊だろうと、柔らかきものは精神を和らげるですよ。わたしはラミパスちゃんを触っている時、とても癒されます。つまり巨乳は正義であり、巨乳をバカにする者は阿呆です。でも貧乳をバカにする者も阿呆です!」
これが数時間前まで巨乳は滅びよとか言っていた娘の言葉である。
柔らかい壁の間で、マージジルマはなんとか言葉を吐いた。
「だ、誰だよラミパスちゃん」
「フクロウです」
「フクロウと乳を一緒にすんなよ! ってか離せって」
抵抗しようにも、掴んでいい場所が分からないマージジルマ少年。頭は押し付けられていて、両頬は柔らかいものに包まれている。
そしてこれも抵抗しない方が得のような気がしてきたのも事実。
「おや、動きが大人しくなりましたね。さてはわたしの偉大さに気づいたですね。遅いんですよ」
「そういう訳じゃねぇけど」
「まだ言うですか。全く、小さい頃の師匠は今よりもっとしつこいですね。わたしの師匠であれば、そろそろ言う事聞くですよ」
ピーリカは少年にギュっと胸を押し付け続ける。ただこれは相手が立場も体も小さいからこそ出来ている事であり、多分いつもの師匠相手にこんな事は出来ない。出来る乳もない。
「……あのさ、気になってたんだけど。わたしの師匠ってどんな感じなんだよ」
突然質問をしてきたマージジルマに、ピーリカは即答した。
「短足です」
「そうじゃねぇよ」
このマージジルマは、ピーリカが本来は小さな女の子である事を知らない。未来の彼は小さな弟子相手に見向きもしてないが、それもまだ知らない事。
だからこそピーリカの言う「わたしの」とは、もしかしたら恋人関係である事を示しているのではないかと考えたのだ。
まだ会って数時間だが、彼女は態度が悪く、口も悪いと分かった。
だが顔が良い。すごく良い。かなり良い。
見た目だけなら好きになるのも難しくないのかもしれない、と判断したのだ。
そんな風に思われているとは微塵も考えていないピーリカは、つい彼を抑えていた腕の力を緩める。
その隙マージジルマは彼女の手から離れ、顔を上げる。正直名残惜しさはあったものの、いつまでもあの体制でいるのも色々辛いものがあった。
彼に言われた事が理解出来ず、ピーリカは首を傾げる。
「じゃあ、どんな感じって何ですか」
「その、アンタとどんな事してるかとか」
ピーリカは日頃の行動を思い出す。
普段の師匠は、よく分からない事が書いてある問題集を押し付け、自身の仕事部屋にこもり。そりゃカッコイイ所もあるが、ピーリカの事はあまり見ず、見たと思ったら口喧嘩をする事もしばしば。
思い出したらムカついてきたピーリカは、デマを吹き込んだ。
自分の願望を含めたデマを。
「師匠はわたしの事大好きですよ。いつもイチャイチャしてます。本当はわたしレベルの美少女、師匠には釣り合わないんですけどねぇ。どーしてもって言うので、付き合ってやってるです」
哀しきかな。ピーリカの嘘によってマージジルマ少年は恋人である事を確信してしまった。
「マジか、特にどこが好かれてるんだ。顔か」
「そうですね、この愛らしい顔ですかね。毎日のように可愛いよって言ってくれます」
「俺そんな事言うかな」
「言ってますよ。朝の挨拶はおはようスイートハニー、夜の挨拶はおやすみエンジェル」
「俺そんな奴なのか」
「はい。あ、ほら。この指輪も師匠からです」
ピーリカはピピルピからもらった指輪を見せつける。
貧乏なマージジルマから見ても、特別高価なものとは言い難い。だが間違いなく今の自分には買えない物だと思った。
それに自分が指輪を贈るだなんて、今の彼にはとても考えられない。
「そうか、そんなにアンタの事を」
「あとやっぱりおっぱい大好き魔人なので、毎日のように揉んできます」
「揉っ」
「変態なんですよ。たまに透けたシャツとか水着着せて喜んでいます」
ここまで嘘。
マージジルマは自分と目の前にいるお姉さんとの行為を想像し、恥ずかしくなってきた。
「その、アンタはそれで良いのか」
「わたしは心が寛大なので。あぁそうそう、ここに来る前も突然抱きしめられました」
これだけは本当。
「そうか、そんななのか」
「そうです。あと師匠はチューも大好きですね。毎日毎日チュッチュチュッチュ」
ピーリカは口を尖らせ、わざとらしいキスの口を作った。そんな彼女を見て、少年は覚悟を決めた。
「そこまで……分かった、大会出てやる。条件付きで」
「突然ですね。まぁ出る気になってくれたなら構わないですよ。それで、条件って何ですか。わたしに出来る事であれば何でもしましょう」
「……ならさ、未来の俺にしてる事、俺にもさせろ」
魔法使いになんてなりたくないし、自分がそうなるとは未だに想像出来ない。
だがそれ以上にこの少年、マージジルマ・ジドラは異性とのお付き合いに興味のある年頃だった。思春期とも言う。
「あぁ何だそんな事ですか。良いですよ」
「ほ、ほんとか」
「悪口言えば良いんですね。この短足」
「そんな事求めてねぇわ」
「じゃあ何ですか」
「今言ってたのだよ。その、揉ませてくれたりとか、き、キスとか」
「あぁ何だそんな事……うん?」
確かに言った。間違いなく言った。でも全部嘘だ。
まさかそんな事を要求されるとは思ってなかったようで、ピーリカの顔が途端に顔が青ざめる。




