弟子、獣を倒す
「それで師匠、今何しに行ってるですか」
「……危ない事」
「わざわざ危険な事を? 変態ですか師匠」
「ちげーよ、食料調達。もう三時近いけど、昼飯、まだだから」
「食料調達? 師匠今魔法使えないのに」
「魔法使えようが使えまいが、食うのに変わりはないだろ」
「そうじゃなくて……あ」
茶色く長い毛に、特徴的な低い鼻。そしてマージジルマと同じ位の、大きな体。
ピーリカ達の前に現れた、一匹の獣。
「珍しくでけー奴だな。おい、下がってろ!」
そう言い放ったマージジルマはクワを構え、獣に飛び掛かった。クワを振り下ろし、獣の頭にクワの刃先を刺す。
『プギィイイッ!』
高い声を出し、マージジルマに突進した獣。マージジルマはクワの柄部分に獣の鼻を押し付け、体当たりするも。
獣の強い力に、逆に跳ね返された。
だがまだ諦めてはいない。何故なら目の前にいるのは、肉の塊。生きるための、食糧だから。
クワの刃を放り投げるように獣の胴体に刺し込む。そこら中に、獣の赤い血液が飛び散った。加えて、獣独特の生臭さが漂う。
「っしゃ、これでっ」
一度獣からクワを抜く。再び刺し込もうとしたが獣は自らの体を大きくクワへ当てつけ、その勢いでクワはマージジルマの手から離れ遠くへ飛んで行った。
「なっ」
獣の眼光は、明らかにマージジルマを狙っている。
「師匠、離れろですよ!」
マージジルマはいつもなら聞こえないはずの女の声に意識を取られ。
「来るなっ!」
つい彼女に目を向けてしまった。その隙を見逃さず、マージジルマに突進した魔物。大きく飛んだ彼の体は、勢いよく森の木に当たり。
「うあっ」
勢いのせいか、木の脇に生えていた軟弱そうな葉の先で右の二の腕を切っていた。一本の線から、赤い血が垂れる。だがそれだけでは終わらない。
獣の鋭い眼球は、まだ彼を狙っている。
「……今日はちょっとヤバいかな」
再び突進してきた獣。
せめて美人の前ではくたばりたくなかった、なんて思いながら。マージジルマは怪我を、最悪死を覚悟し目を瞑った。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
謎の言葉に、マージジルマはゆっくりと目を開けた。
獣の足元に現れた魔法陣が、眩い光を放っている。
『プギャッ、フッ、ギィイイイイッ』
途端に苦しみ出し、その場に倒れ込んだ獣。
状況を理解出来なかったマージジルマだったが、すぐに答えが聞こえた。
「はーっはっは、ざまぁみろですよ。わたしだってやれば出来るです。見てたですか師匠、珍しく成功です!」
獣だったものを踏みつけ、高らかに笑う美人。
その姿は勇ましく、とても図々しい。
マージジルマは息絶えた獣を家の前まで引きずり、そのまま外で獣の肉をさばいた。血が飛び散り、服も汚れたが関係ない。周辺に落ちていた石や木の枝をかき集め、串に刺した獣だったものを囲う。家の中へ戻り、あるものを持ってきた。擦るだけで火のつく魔力のこもった小枝。シュッと箱に小枝をこすり、獣だったものに火を放つ。
全てを見ていただけのピーリカは、その場に座り、燃え上がり揺らめく火を眺める。
「随分原始的な事してたんですねぇ、師匠。あぁでも、石で火を起こすという方法もあるんでしたっけ。それよりは原始的じゃないですね」
「……普通なんだけど」
「普通じゃねーです。言いはぐりましたけどね、わたしが使った魔法、いつもは師匠が使ってる魔法ですから」
ピーリカと対面する位置に、マージジルマもしゃがみ込んだ。
「俺、っていうかアンタも本当に魔法使いなんだ」
「当然です。特にわたしは天才ですからね。これ位楽勝ですよ」
「さっき珍しく成功したとか言ってなかったか」
「気のせいです。そんな事より、そろそろ肉焼けたんじゃないですかね」
「……もう少しだと思う」
「そうですか……あっ!」
「何」
「忘れてたですよ。師匠怪我してるじゃないですか。早く手当した方が良いですよ」
ピーリカは彼の腕を指さす。血は止まっているものの、切り傷の跡はまだ残っている。
「あぁ、いいよ別に。放っておけば治るし」
「そう言ってこの間悪化させてたの誰ですか。また耳にニャンニャンジャラシー突っ込みますよ」
「この間っていつ……そうか、少なくとも今の俺じゃねぇって事だ。これ位平気だって」
「話を聞かない男ですね。全く」
そっと立ち上がったピーリカは、マージジルマの横に座る。
口と態度の悪いピーリカだが、顔は良いので。マージジルマは思わずときめいた。
「な、なんだよっ」
「うるせぇ黙れです。消毒はちゃんと後でしろですよ」
ピーリカは自分の頭についたリボンをほどき、マージジルマの腕に巻く。赤黒い血が白いリボンにじんわり滲む。
「おい、わざわざそんな事しなくていいって」
「悪化して未来に後遺症とか残る方が嫌ですから。リボンなら他にも用意出来ますし。まぁこれ大事なやつだったんですけどね」
「嫌味な事言う奴だな。そんな大事なやつならいいって」
「もう汚れちゃいましたよ。別に特別な力があるものでもないですし、師匠がくれたやつなんで、そんなに高いもんでもないですから……未来でまた寄こせです」
恥ずかしそうなピーリカ。顔が赤いのは、パチパチと音を鳴らしている炎のせいにしよう。
そんな彼女を見て、マージジルマも少しだけ素直になった。
「その、サンキュ」
「お礼は肉で良いです」
「……もう食えると思う」
「いただきまーす」
ピーリカはすぐ肉に手を伸ばす。意地汚いのではなく、多分照れ隠し。
かぶりついた肉は、少し硬く臭みも酷い。でも濃厚な味わいで、ピーリカは嫌いじゃなかった。
どんどん食べ進めるピーリカを、マージジルマはジッと見ているだけ。その視線もピーリカは照れた。
「何です師匠、食べないですか」
「食うけど。何と言うか、すげーなぁと思って」
「えぇ。わたしは天才なので」
「腹立たしいけど事実か」
それに比べて自分は、なんて自己嫌悪に陥っていたマージジルマ。だが言葉にはしない。美人にそんな事を言う気にはならない。
「はい。逆に師匠は底辺なる存在ですね。まぁ師匠がカッコ悪いのなんていつもの事ですけどね」
マージジルマは言葉にしようとしていた事以上の言葉を言われてしまった。むしろ落ち込みと怒りが半々。
「そこまで言うのかよ。未来の俺、普段はそんなにダメな奴なのか?」
「ダメな訳ないでしょう。わたしの師匠ですよ。たまーにかっこいいと思う事もあります。けど、それはわたしの具合が悪い時です」
たまーにだなんて勿論嘘。常にかっこいいと思っている。彼女の具合が悪いとするならば、その理由は恋の病だ。
だが彼はそんな事微塵も知らない。
「アンタの事が分からない」
「そう簡単に分かってもらっちゃ困るんですよ。まぁ言うならば、師匠の顔はダメですね!」
「殴りてーなぁ」
「乙女を殴るなど品性のない事しないで下さい。良いじゃないですか、かっこいいと思われずとも。それでもわたしは一緒にいてやりますよ。わたし、優しいので。それより早く食えです。硬い肉が余計硬くなります」
明らかに悪く言われたというのに、一緒にいてやると言われてしまったのだからマージジルマは悪い気持ちになれなかった。だがそれを言葉にするのは照れくさくて。
目線の先を彼女から彼女の持つ肉へと変えた。
「……アンタ、少しは遠慮とかないのか」
「遠慮? 肉を食うのに遠慮してたら強くなんてなれませんよ。今の時代、女も強くあれ。師匠の師匠の言葉だそうです。旅に出てるらしいので会ったことはありませんが、良い言葉だと思います」
「師匠の師匠って事はあれか、明日弟子決めるって言ってる」
「はい。知ってるなら出て下さいよ」
「まぁチラシは見たけど、あれ出るの希望者だけだし。俺希望してないし」
「まだ言うですか。諦めて下さい。肉も食べれるようになりますよ」
「卑怯な奴だな。肉を出せば良いと思ってるんだろ」
「だって師匠、肉好きですよ」
「好きだけど、それだけじゃ決定事項になんてならねぇよ」
ピーリカは頬を膨らませた。肉の刺さった串を一本手に取り、マージジルマの口元へ近づける。彼女が彼の方へ体を寄せた動きで、炎が揺れた。
「欲張りですね。黙って肉のために魔法使いになれです」
「ちょ、ちょっと近いって」
「うるせぇ食えです。今はわたしの方が年上ですからね、年上の言う事は素直に聞いておいた方が身のためですよ!」
「年上だろうと尊敬出来ねぇんだよ。それに、食ったら大会出ろとか言うんだろ!」
「生意気な。食わなくても出ろって言うですよ。それとも何ですか、わたしの肉が食えないですか!」
「無茶苦茶な女だな、離れろって!」
ピーリカはグイグイと体をくっつけてマージジルマに肉を食わそうとする。いつもと比べて師匠が幼いお陰か、触れる事にはさほど照れない。いつも以上に自分の方が偉くて強いと思っている。
照れていたマージジルマだが、どうせ食わなくてもうるさいのなら食っておいた方が得だなと判断。肉にかぶりつき、引きちぎる。
二人は気づいてないが、世界で一番甘さの無い、あーん。




