弟子、メリットを考える
見るからにひどいピーリカの態度に、シャバとピピルピがフォローに入る。
「お姉さん、いくら何でもそれじゃ怒られても無理ないって」
「私はそんな強気な姿もいいと思うわ」
「ピピルピ黙ってて。それよりコイツに何か言う事あって来たんでしょ。というかコイツがマージジルマで合ってる?」
ピーリカは黙ったまま幼いマージジルマを頭から足の指先まで舐めるように見回す。
マージジルマは今自分を見ている相手が汚いおっさんであれば睨んだまま対応する事が出来た。きっと中指も立てた。
だが相手はピーリカ。
今の彼にとって知らないお姉さんではあったが、顔が良かった。すごく良かった。かなり良かった。
睨むどころか直視が難しい。こんなに異性に見られた事もない。胸の高鳴りが次第に強くなっていく。
そんな事を思われているとは全く思っていないピーリカは、ようやく口を開いた。
「うーん、この平凡な顔、クシャクシャでボサボサな頭、短足。小さいけど、間違いなくマージジルマです」
「喧嘩売ってんの?」
マージジルマの高鳴りはすぐに消え失せた。
ピーリカはそもそも彼の高鳴りに気づいていない。
「師匠、何で会えって言ったんですか。まさか自分の小さい頃を見せて愛らしさアピールを? 残念ですがそれじゃちょっと」
「それとか失礼過ぎるだろ。というか師匠って何だよ」
「師匠は魔法の師匠ですよ。あぁ、わたし未来の弟子です」
「嘘言ってんじゃねぇぞ。俺魔法使った事一回もねぇし」
「魔法使った事ないんです?」
「ねーよ。今は自給自足で手一杯だっつーの」
マージジルマが嘘を言う必要性があるとは思えない。
ピーリカは過去と未来の彼の言葉を信じた。それらが真実なのであれば、やはり大会とやらで優勝させなければ。
未来が変わって、師匠が全く違う奴になる可能性だってある。
それだけは阻止したいピーリカ。死んでも口にはしないけど。
「そうですか。でもわたし、貴様が魔法使いにならないと困るんです。いいでしょう、今からわたしが貴様に魔法を教えます。そして明日の大会で優勝させてやりますよ」
「は?」
状況が呑み込めていないマージジルマと、状況は呑み込めていないが面白い事になってきたなぁと感じたシャバとピピルピ。
「いくら何でも大会明日だよ。普通じゃ無茶、と言いたい所だけど。何かの縁だ。ここは時期赤の魔法使い代表であるシャバ・ヒー様が協力してあげようじゃん」
「はいはーい、次期桃代表ピピルピ・ルピルも手伝うぅ」
シャバとピピルピは楽しそうにピーリカの肩を持つ。
従順な下僕が出来たと、ピーリカは満足気に頷いた。
ただマージジルマだけが、まだ納得していない。
「冗談じゃねぇ、俺は大会なんざ出ねぇからな!」
勢いよく扉を閉めて、一人家の中へ戻ってしまった。
「こら師匠、開けろです」
迷惑など考えず、ピーリカはドンドンと扉を叩く。そんな彼女にシャバは助言を出した。
「お姉さん、無理にやったってダメだろ。ここはさ、魔法使えた時のメリットを売りこむのが大事だと思うんだ。ただでさえ黒の魔法は呪いの魔法。全てを塗りつぶす涙の魔法で、一見デメリットの方が大きいんだしさ」
「メリット? 可愛い弟子が出来るって言えば良いですかね」
「それもいいだろうけど、チヤホヤされるとか、お金が稼げるとか」
「可愛い弟子をチヤホヤ出来て、お金を貢ぐ事が出来る、と」
「それはメリットじゃないなぁ」
ピピルピはピーリカの体にピトッと体をくっつけ、疑問に思っていた事を問う。
「ところで気になってたんだけど、お姉さん未来から来たの?」
「そうですよ。師匠を優勝させて、ついでに白の魔法使いを探しに来ました」
「あらステキ。未来の私は元気?」
「元気過ぎてセクハラが酷いので謝って欲しいです」
「それ愛情表現よ。セクハラじゃないわ」
しらばっくれているピピルピの隣で、シャバも目を輝かせている。
「じゃあオレは? 赤の魔法使い代表としてすっげー強くなってる予定なんだけど」
「一応代表なので力はあるのかもしれませんが、そこの淫乱動物の相手してる印象の方が強いです」
淫乱動物と呼ばれたピピルピを見たシャバは、自分の将来を悟り。目の輝きは失せ、いつも通りの表情に戻った。
「まぁ……正直そんな気はしていた。色々大変そうだけど別にピピルピ嫌いじゃないし、いいんだけどさ」
「貴様は偉いですね、痴女の面倒を率先して見るなんて。師匠、あのマージジルマのバカも少しは見習ってわたしを見れば良いのに」
ピーリカの話を聞いて、ピピルピはある事に気づいた。
「師匠って事は、お姉さんのいた未来ではマージジルマ君、マー君が明日の大会に優勝して黒の代表になったって事なのね?」
「……確かに、そういう事になりますね」
シャバが「ネタバレ食らった」と悲しそうにしているが、二人の少女は全く気にしていない。話を続ける。
「お姉さんの世界ではマー君どうやって優勝したの? その通りに動けば良いんじゃないかしら」
「聞いた事ないですね」
「あらまぁ。なら、普段のお仕事は? 得意分野が分かれば、一日しかなくても付け焼き刃でなんとかなるんじゃないかしら」
「師匠の仕事は、人をボコボコにする事です」
「……他には?」
「人々から金を巻き上げる事です」
「厳しいわぁ」
「黒の魔法は呪いの魔法なので、きっと何かを呪ってるんだとは思うんですけど」
「情報が足りなさすぎるわ。もういっそ今の黒代表に話聞いてきた方が良さそう。シーちゃん、ちょっと聞いてきてあげましょ。お姉さんはまたマー君が外出てきた時に説得してね。でも無理やりは良くないわ」
何だかんだでピピルピは面倒見の良かった。彼女の言う事に一理あるなと納得したピーリカは、大人しく頷く。
ピピルピはシャバの手を引っ張り、無理やり街の方へ歩き始めた。
シャバが「無理やりは良くないって言ってたよな」なんて言ってるが、ピピルピの耳には届かなかった。
「うわ、まだいる」
「ようやく出てきたですか」
「しかもアンタまた食ってやがるな」
ピーリカは畑の前に座り、一つの野菜をかじっていた。
外側は禍々しい紫色だが、中は白と薄い黄緑色の野菜。生で食べているピーリカだったが、やっぱり焼いたり煮込んだ方が美味しいなと図々しく思っていた所だ。
もはや怒る事に疲れたマージジルマは、ピーリカの存在を無視する事にした。
家の中から持ってきた一本のクワを手に、家の裏へと回る。立ち上がったピーリカは鈍色に光るクワの刃先を見ながら、彼の後を追った。
草木がより増えて、薄暗い山奥へと進んでいったマージジルマをピーリカは追いかける。今にも獣が飛び掛かってきてもおかしくない程、辺りは鬱蒼としていた。
ピーリカが知る未来の家の裏はもう少し歩きやすく整備されているが、現状の足場は悪く、硬めの土からゴツゴツした岩が飛び出していて歩きにくい。
しかも先には草木ばかりで、他に家や畑は何も無さそうだ。
「どこ行くんです?」
黙っているつもりのマージジルマだったが、ここは山の中。
口が悪くても態度が悪くても、相手は一応美人なので。
「危ないからついて来んな」
ちょっと心配した。
「いざって時は師匠を置いて逃げるので大丈夫です」
ちょっと後悔した。
だがピーリカの事が気にならない訳でもない。木々がさらに生い茂った中へ足を踏み入れながら、マージジルマは話を続ける。
「そのさ、俺本当にアンタの師匠なのか?」
「そうですよ。だから大会に出て優勝してくれないと困るです」
「何で俺魔法使いになったんだろ。確かにこの国の人、練習すれば誰でも魔法使えるようになる、とは聞いたことあるけど。魔法使いになりたいなんて、そんな気微塵も無いんだけどな」
「何でなったのかは知らないですが、前に聞いた事があるですよ。師匠は昔、めちゃくちゃ貧乏だったって。だから魔法使って稼げるようになって良かったって」
「……魔法使いって儲かるのか」
「それなりには。普通の魔法使いならそこら辺にいっぱいいますが、師匠は代表ですから。舞い込んでくる仕事量が違うんでしょう。でもだからといって、それはわたしを放っておいて良い理由にはならないです」
「最後のはよく分からんが、そうか。儲かるのか。ちょっとだけ興味が湧いた」
「やっぱり師匠、昔からお金好きなんですね」
「金が嫌いな奴とかそんなにいないだろ。確かに俺は貧乏だよ。父親が借金作って逃げて、母親が働いて金返したものの体壊して死んだって、よくある話だ。幸い家だけは残ったから、まだ恵まれてるけどな」
「そうでしたか。安心しろです、将来はちゃんとお腹いっぱい食べられますよ」
「マジか。それはすげーな。今そんなん滅多にないぜ」
「じゃあもしかして、何もない時は詳細の分からない草をよく食べてたとか」
「うん? まぁ食べる事もある。たまに腹壊すけど、食べない方が死ぬと思って」
「何だ。作り話かと思ってたですよ」
「はは、作り話出来るほどの余裕ねぇわ」
マージジルマは思わず笑っていた。それに気づいて、少し黙ろうと思っても。相手はもう黙ってくれない。




