弟子、野菜を盗む
「あ。起きた」
寝ていたピーリカの上に、変わらず小さい姿のシャバとピピルピが顔を覗かせている。
「わぁ!」
上半身を起こし周囲を見渡すも、さっきまでいた草原と同じ場所。ただ師匠と一緒にいた時より、葉が明るい緑色をしていた。加えてシャバのパーカーの色が白から緑色に変わり、ピピルピの水着が紺から赤色に変わっている。
ピピルピはピーリカの頬と自分の頬をすりすり。
「可愛いお姉さん、こんな所で寝てたら襲われちゃうぞ。わ・た・し・に」
「離せです!」
「この辺りに住んでるの?」
「何言ってるですか。貴様よくうちに遊びに来てるし、知ってるでしょう。それにさっきから一緒にいましたし」
「心は前世から一緒って事かしら。そういう考え方好き」
「何言ってやがるですか。そうだ、師匠、師匠は」
子供二人の姿はあるが、さっきまで一緒にいた師匠の姿がない。師匠を呼ぶピーリカに、シャバが答えた。
「お姉さん髪色からして黒の民族だよな。師匠って、黒代表の? でもお姉さん弟子じゃないでしょ。弟子決まるの明日だし」
「明日?」
「知らない? 今の黒代表、そろそろ弟子を取るって決めたみたいだけど、強い奴じゃないと弟子にしたくねーとか言ってさ。黒の民族の中で一番強い奴を弟子に選ぶための試験するって。で、それを聞いた父ちゃ……お祭り好きのオレの師匠が見世物にしようぜって言って大会形式になった。結構チラシとか撒いたって言ってたし、黒の民族は全員知ってるもんだと思ってた」
「それ黒弟子試験大会ですか」
「何だ、知ってんじゃん」
ピーリカは気づいた。状況から察するに、ここは既に十年前の場所だという事に。
「それで、お姉さんも出るの?」
ピピルピはピーリカに頬を引っ付かせたまま質問した。ピーリカに突き飛ばされ、「やん」と声を漏らす。
「出ないです。それより会いたい人がいます。師……マージジルマ・ジドラに会いに行きたいのですよ」
「マージジルマ? 誰それ」
ピーリカの話を聞くも、シャバはキョトンとしていた。
「誰って、知ってるでしょう。貴様らよく遊んでるじゃないですか」
「貴様て。まぁいいや。オレあんまり他の民族と会った事ないんだよね。ピピルピだって、今回の大会準備のために師匠についてきたら知り合った感じだし」
「あぁ、まだ出会う前って事ですね」
「出会う前?」
「こっちの話です。その大会って、もしかして全民族の代表が来てる感じですか」
「代表に限らずお偉いさんは全員呼んだけど、中には仕事があるからって断る人もいたってさ。でも一般客の席はチケット売ったら即完売だったって、師匠大喜びしてた」
「じゃあ白の代表は」
「来るよ、珍しくね。体弱いからって、当日しか来ないみたいだけど」
「よし、じゃあ白の代表にはそこで会うです。チビ共、どうせ暇でしょう。ちょっとマージジルマ探すの手伝えです」
ピーリカはすぐさま立ち上がり、十年後に自分達が住む家のある森へ向かった。ほうきで飛べば恐らく五分ほどで着くが、チビ二人を連れて飛ぶ事を面倒に思い徒歩で進みだす。歩いた所でさほど遠い距離でもないと判断したが、実際は二十分以掛かる上、その道は山道である事にピーリカは気づいていない。そしてそれは、シャバとピピルピも。
「確かに暇だから行くけど、このお姉さん口が悪いな」
「口が悪いのは黒の民族性よ」
「納得いかない」
ブツブツ言いつつも、シャバとピピルピも徒歩でピーリカについて行った。
ようやく目的の場所へたどり着いた三人。森の中にポツンと立っていた一軒家を前に、ピーリカは汗を手で拭った。
「ふぅ、ようやく着いた。いつもより草木ボーボーで来るの大変でしたよ。全く、こんな山奥に好んで住んでるなんて師匠は本当にダメですね」
ピピルピも同じように手で汗を拭い、背後に立っていたシャバに顔だけを向ける。
「あっつぅい。夜の運動以外でこんなに汗掻いたの初めてよ。タオルもないし、肌荒れちゃいそう。シーちゃん、後でお薬塗って? 全身に素手で塗りたくって?」
「うん後でな」
「ついでだから一緒に夜の運動しましょ?」
「うん後でね」
この時代のシャバは既にスルースキルを身に着けている。逆にそんなスキルは持ち合わせていないピーリカ。
「何ですか、夜の運動って」
大人が分からない訳がないと思っているピピルピは、にっこにっこの笑顔で答える。
「やだお姉さんったら、決まってるじゃない。セッ」
シャバがピピルピの背後に立ち、彼女の口を片手で塞ぐ。
「こらピピルピ、お外で知り合ったばかりの人相手にそういう事言わないの。はい舐めない」
チュッ、くちゅっ、と無駄にリップ音をあげながらピピルピはシャバの指の内を舐める。
行動自体は何て破廉恥な、と思ったピーリカだが、二人の距離感だけは羨んだ。
「貴様ら本当に仲良いですね」
まだ指を舐められたままのシャバは、反対の手でピピルピの頭を撫でながら答えた。
「うーん、まぁ。桃の民族は基本的にエロい事しないと精神的に死ぬらしいから。いろんな意味で仲良くはなりやすいかな。そんな中でもピピルピはちょっと度が過ぎる位エロいけど、桃の代表候補としてはその位でちょうどいいらしい。見てるこっちは不安になるけど」
「……やっぱりエロくないと男は好いてくれないのでしょうか」
「そんな事はないけど。何お姉さん、男と喧嘩でもした? あ、ソイツがこの家に住んでるマージジルマとかいう奴なの?」
「住んではいますが、喧嘩した訳じゃあないです。ただこんなにも美少女相手に振り向かないから、頭おかしいなとは思ってますけど」
「そういう態度が原因じゃないかな……あとオレ的にはその頭のリボンが子供っぽいんだと思うけど」
「これはダメです。死んでも外しません。おっと、こんなカッコつけポエミーと話してる場合じゃなかったです」
「カッコつけポエミーって何」
ピーリカは目の前にある家に再び目を向ける。
くすんだ赤色の屋根に、元は白のようだが汚れて灰色っぽくなっている壁。その前には美味しそうな野菜がたくさん実った畑があった。
いつもピーリカが師匠と住んでいる家と変わらないのだが、いつも以上にボロい気がした。
「おかしいですね。ここまでボロいなんて。師匠にはお似合いですが、これじゃわたしには似合わない」
ぼろクソ言うピーリカに、シャバはある疑問を持つ。
「よく分かんないけど、お姉さんその師匠っていうか、マージジルマって奴の事好きなの? 嫌いなの?」
「何言うですか。どちらかといえば好きですよ」
「そうは見えないんだよなぁ」
「貴様の目がおかしいだけです。まぁ師匠には絶対言いませんけどね。今言った所でまだ未熟なわたしは相手にしてもらえないので。将来的にはひれ伏すようにさせるですけどね」
「何でオレがおかしいって言われてるんだろう」
ピーリカは畑の前に座り込み、そこに生っていた赤い実をもいで食べた。少し酸味があるものの、後味は甘く。パリッとした皮に、柔らかく水気の多い中身。黄色と黄緑色の種も、硬くなくそのまま食べられた。シャバから口を離したピピルピは、ピーリカの隣に座る。
「お姉さん、それ勝手に食べていいの?」
「良いんです。将来的にわたしのものですから。うん、味も師匠が作る野菜と同じ。やっぱり師匠の家で間違いないですね」
「確信する方法もっと他にあったと思うんだけど。まぁいいわ。いっぱい食べる人はステキよ」
シャバとピピルピの心配を他所に、ピーリカは赤い実を食べ続ける。一つ目の実を食べ終え、二つ目の実に手を伸ばした、その時だ。
「おいこら何してやがる、この野菜泥棒!」
家の扉が勢いよく開いて、中から少年が飛び出してきた。真っ黒なボサボサ髪に、両袖を肩まで捲ったヨレヨレのシャツ。一言で言うのであれば、とてもみすぼらしい。
ピーリカは自身の口元を手の甲で拭い、自信満々に言い放った。
「失礼な。泥棒なんて下劣な真似はしないです」
「窓から見えたぞ、食ってただろが!」
「これはいずれわたしのものですからね、食べて何が悪いんですか!」
「悪いわバカ! ってか何でお前のものなんだよ、俺のだわ」
「わたしのですよ、将来ここで暮らすんですから」
「野菜だけじゃなく家まで狙ってんのか。何だ、取り立て屋か? うちは借金ちゃんと返したぞ!」
「違います、将来二人で一緒に住むって言ってるんです」
「……うん?」
言葉の意味をそのまま受け取ると、少年にとっては目の前の美人なお姉さんが家族になるという事になるが。
そんなまさか。そうすぐに判断し、ピーリカ達が歩いてきた山道の方を指さした。
「とにかく出てげください!」
いや、まだちょっと動揺してる。




