師匠、何かを隠す
「おーい、マージジルマぁ!」
「マー君、マーくぅん」
まだ空を飛び始めて五分ほどしか立っていない距離の場所。
マージジルマがふと下を見ると、草原の中に小さな子供が二人。こちらに手を振っているのが見えた。
ピーリカも同じく足元にいる子供達を見た。
「何ですか、師匠を名前で呼ぶなんて生意気な子供達ですね。無視しますか」
「お前ほど生意気な子供なんていないと思うが……ちょっと降りてみよう。なんか気になる」
「気になる? 師匠あんなチビッ子がお好みなんです? 変態?」
「そういう意味じゃねぇよ」
ほうきは徐々に降下し、二人は地面へ再び足をつけた。二人の元へ駆けよってきた子供達。子供と言っても、ピーリカよりは頭一つ分大きい。
「マージジルマ、何でお前は普通なんだよ」
「そうよ。皆小さくなっちゃって、魔法使えないのに!」
何やら子供達は焦った様子でマージジルマを見ていた。
一人は白色のパーカーにジーンズと大分ラフな格好で、何故か口元を黒い布で塞いでいる赤髪の少年。
そして海辺でもないのに紺色ビキニ姿の桃色髪の少女。頭にはいかにも魔女がかぶりそうな紺色三角の帽子をかぶっている。全体がぺったんこなピーリカと違って、スタイルが良い。
そんな子供達に対し、ピーリカは敵意をむき出しにしている。師匠と二人っきりの時間を邪魔されて、少々機嫌が悪い。だがそんな理由は表には出さずに。
「失礼な子供達ですね。わたしの師匠はいつでも普通じゃないです。他の男に比べたら顔も平凡。短足だから身長も小さめ!」
「うるせぇ!」
師匠に怒られた弟子は、頬を膨らませる。
「何ですか。まさか師匠の隠し子ですか?」
「隠し子も実子もいねぇよ」
「ですよね、師匠モテないですもんね!」
「大きなお世話だ。というかその恰好に喋り方……シャバとピピルピか?」
「何言ってるですか。こんなチビじゃなかったですよ。二人とも師匠より背が高いの。特に女の方はムカつく位の巨乳でした」
「お前な、仮にも代表相手なんだからもっと良い態度しとけよ」
「わたしだって、いずれは同じ力を持つ者。むしろ今から敬えですよ」
「俺らと同じを名乗るなんざ千年早いわ」
言い争ってる師匠と弟子に対し、放っておかれている赤髪は怒った。
「いい加減にしろって。んな事で騒いでる場合じゃない、国のピンチかもしれねーんだよ」
マージジルマは赤髪が口元を覆う黒い布を指先で下ろした。
「舌」
「ん」
赤髪は言われた通り、舌を出す。彼の長い舌には、大きく黒い三日月模様が描かれていた。
桃色髪はくるりと振り返り、背中を見せた。肩甲骨の部分に、同じ三日月模様が描かれている。
「ちゃーんと私もあるわよ」
ピーリカは子供達の事をまだ睨み続けている。
「何ですこの落書き。体に落書きしてるような奴信用できねーです。師匠、帰りましょう」
「帰る訳ないだろ。それに落書きじゃねぇよ。代表印だ」
「代表印って、魔法の代表者七人の印の」
「そうそう。俺の腹にもあるだろ」
「見てないですよ。師匠、本当に師匠ですか?」
ピーリカの問いに呆れた様子をみせたマージジルマは、長いローブを下からめくりあげ。腹部を露出させた。
「何疑ってんだか。ほれ、好きなだけ見ろ」
ズボンの上、腹の右側に浮かぶ三日月。
腹だけと言えど、見慣れていない男の体にピーリカは思わず照れた。
「ひょあっ、別に見せなくても良いですよ。そんな貧相な体!」
「お前が疑うからだろが。まぁいい。代表印は代表引継ぎの儀以外、どんな魔法でも消せないし、作れない。ちゃんと魔力も感じるし、コイツらは本物だ。でも何でチビになってんの? というか何年前の姿だそれ」
マージジルマはローブを下ろし、子供二人をまじまじと見る。
ピピルピが笑顔で答えた。彼女は内心、見られて興奮している。
「何でかは分からないけど、この姿は十年前の姿ね」
「何で十年前って分かるんだよ」
「私のバストサイズ的によ」
「マジかお前」
ピピルピは己の胸を優しく持ち上げる。俗称をつけるのなら、ぽいん。
シャバは下げた布を元の位置に戻してから喋る。
「何でこうなったかなんて、オレらが聞きたいっての。黄色代表のパンプルも、青代表のイザティも小さくなってたし。何でマージジルマだけ変わってねぇんだよ」
「俺だけなのか? じゃあマハリクのババア死んでないんだな」
「勝手に殺すな。ちゃんと生きてる。けど若返った事に喜んでて、今の内に出来ない事やってから今後どうするか考えるとか言ってるから。あんまり当てにならない」
「あのクソババア一万歳超えてるくせに何言ってんだ。何一つ変わらないだろ」
「言ってやるなよ。あとは……白代表がどう動くかだけど、テクマは頻繁に行方不明になるからなぁ。今も一応白の領土探してきたけど、見つからなかったよ」
マージジルマはピピルピに抱きつかれ騒いでいるピーリカを見つめながら話を続けた。
「ならどこにいるんだか。黒の領土にいたりすんのかな」
シャバも同じようにピーリカを見つめ、話を合わせる。この男達は、何かを隠している。
「分からないけど、そもそも最後にマージジルマが他の白の代表を見たのっていつよ?」
「テクマならこの間、ムーンメイク王国からのパレード依頼された時に見たけど。その前は、うちにフクロウ預かってくれって来た時だから……五年前か」
「そんなに前か……つーかさ、これ絶対呪いじゃん。こーゆーの解けるのも白の魔法使いしかいないってのに。というかだけど、まさか呪ったのってお前?」
「お前ら呪って何になるんだよ。俺は金になる事しかしないぞ」
「だよなぁ。お前は昔からそういう奴だ」
「悪いが全く心当たり……おいピーリカ」
ピーリカは気安く頭を撫でてくる桃色髪を睨みつけている。男達は内心、会話を聞かれてなかった事に安堵して。再び弟子を呼んだ師匠。
「ピーリカ、おいピーリカ。聞いてんのか」
「何です師匠、今わたし忙しいんです」
「睨んでるだけだろ。ってか何で睨んでるんだよ」
「巨乳は滅びよ」
「そんな理由で睨むな。お前だってあと数百年すればデカくなるかもしれないだろ。ほら、お前の母親も巨乳なんだし」
「その数百年の間にこの万年水着痴女が師匠を誘惑したらどうするんですか。師匠の事はどうでもいいですが、可愛い弟子の座は誰にも渡しませんよ」
「今更ピピルピをそんな目で見る気もないし、ピピルピ既に代表なんだから弟子になる事ないだろうし。あと、お前を可愛い弟子と思った事ないわ」
「何てこと言うですか!」
ピピルピはピーリカの両肩を優しく包む。
「そうよ、ひどいわマー君。ピーちゃんはこんなに可愛いのよ。むしろピーちゃんが私に襲われないかとか考えないの?」
「考えた事ない」
師匠よりも自分が襲われる危険性を感じた弟子。サッと逃げて、マージジルマの後ろに隠れた。
マージジルマは己の背中に話しかける。
「それよりピーリカ、お前俺がハゲる呪いかけたとか言ってなかったか?」
「言いましたよ。かけました。何故か発動しなかったんですけどね。でも失敗じゃないです。わたしが失敗する訳無いじゃないですか」
「それだ」
「何がです?」
「お前の失敗した魔法のせいで、国がピンチだ」




